第二江東市の一幕
噂だけは耳にしていたし、危ない場所だから近寄ることもないと思っていた。
悪い大人がたくさんいるところだと、祖父から聞かされたことがある。
それがこの――
「第二江東市の歩き方は単純明快」
「喧嘩は売らない。売られた喧嘩は5倍にして返せ。返す力もないなら、大人しく目立たないよう息を殺しているといいと言われています」
建物から出て数分歩いた場所。唐突に俺と結依を見て絡んできたチンピラをワンパンで気絶させた和泉さんと識文さんが日常茶飯事とでもいうように放り投げる。
「キョドってると目つけられるから堂々としてた方がいいよ。僕らもいるし」
和泉さんが手首をぷらぷらとして何事もなかったかのように先導する。
識文さんは俺と結依の横でニコニコと声をかけてきた。
「大丈夫ですよ。和泉はともかく、自分たち結構上澄みなので、変なのが寄ってきたら速攻スマブラみたいにぶっ飛ばしてあげるので」
本当に、同じ国にいるんだろうか?
――――――――――
第二江東市。
もはや一般人や防人衆が出入りすることも稀な、この国におけるある種の退廃地区とも称される街。
吉田さんの指示で識文さんと和泉さんも一緒に、俺と結依は街へと出る。
ガラの悪そうな人間はもちろん、それを意にも介さないように活気ある屋台や露店の主。チカチカと昼間なのに光るネオンの下には派手な服装をした女性が声掛けをしており、悪い意味で騒がしかった。
一応、普通の店や建物もあるようだがどうしても喧騒の中では目立たない。
東京という分類のこの街は異世界かと思うほど現実感がない不思議な空間だった。
「すっげー人の数……」
「異能者も多いけどここらへんにいるやつらの半分以上は裏社会側の人間とか、普通の生活が厳しい貧困層がいるからね」
「なんかそういうの、現代にもあるんすね……」
「さすがに例の災害がなければこんな場所もできなかったと思うよ。一応、昔からこのへんに住んでた人とかみたいなケースもいるし」
和泉さんから説明を聞きながら歩いていると、結依がふと立ち止まり、和泉さんの裾を掴む。
「和泉さん。この前言ってたお店ここ?」
「ああ、うん。ここだよ。どうせなら寄ってく?」
「寄りたい! 識文さんと時葛もいいでしょ?」
興味があるのか結依がこちらに懇願するような目を向けてくる。
識文さんと俺は何かよくわからないがそこまで物欲しそうにしているなら……という気持ちになり、識文さんに判断を委ねることにする。
「自分は構いませんけどなんのお店ですか?」
「食べ物系?」
看板と匂いからしてそれっぽいが街全体がごちゃごちゃしているのもあって地味めな店は何を扱っているのかはぱっと見てわからない。サレ&シュクレという店名からじゃ情報が得られない。
「和泉さんが前、ここのクレープが美味しいって教えてもらって……その、一人だと食べられないから……」
クレープの店だったのか。和泉さんもいいと言ってたし、識文さんも反対はしていないのでそのまま店内へと入る。まばらに人が入っており、4人くらいで座れる席は一応2つくらいは空いていた。
席につく前にレジ横で結依はメニューを眺め、どうしようかなとそわそわしていた。
俺もメニューを横から覗き込んで見ることにする。
クリーム、カスタード、チョコ、フルーツ、アイス。まず目に入ったものはそれだ。
すごい甘そう。甘いものは嫌いじゃないが今は甘いものより腹に入るものがほしい気分だ。
別のメニューを見て見ればそちらはクリームたっぷりのミルクレープみたいなもののようらしい。こんな街でよくこんな店がやれるなぁ……。
「あ、私これ! ストロベリーショコラ!」
「じゃあ僕はトリプルベリー」
「二人とも、時葛くん一応病み上がりなのわかってます?」
識文さんが普通に甘いものを食べようとしている2人に呆れながら俺に別のメニュー表を差し出してくれる。
「普通に食事として食べられるメニューもありますよ」
そう言って示してくれたメニュー一覧はデザートより小さめに扱われているが種類はなかなか豊富だ。
せっかくなのでハムチーズのものを注文してみる。これくらいなら食べれないってこともないだろうし。
識文さんは肉を葉野菜で包んだものという結構ガッツリしたものを頼んでいた。
「食べ終わったら日用品と食材を買って帰りますが、時葛くんは他に必要なものはありますか?」
注文を終えて届くのを待つ間、席に座っていると識文さんが気を使ってくれてるのか確認してくれる。幸い、自宅に一回戻る許可は出たので必要以上に物を買ってもらうつもりもない。
「いえ、特には……後で家から必要なもの持ってくるつもりなんで」
「そうですか。でも他に欲しいものがあったら早めに言ってくださいね。なにせ一人でフラフラ歩くにはかなり厄介な土地ですから」
そうだろうなぁ……。
「武装は?」
和泉さんが全員分の水を持ってきながら席につく。和泉さんの言葉に識文さんはけらけら笑いながら悪びれる様子もなく言う。
「いきなり持たせても使えないですよ、どうせ」
「それもそっか」
和泉さんも秒で納得していてなんだかちょっと腹が立つ。いや、多分正論なんだろうけどなんだろうこの、言葉にできないイラ立ちは。
「しかし結依ちゃんの独断もびっくりですが、それに首を突っ込む子がいるとは思いませんでしたね」
「ごめんなさい……」
「すいません……」
さっきの説教を思い出して反射で結依と一緒に謝ってしまう。俺からすればループの事情もあるがループについては明かすべきか迷っていた。
この周の結依にも説明していないし、本当に吉田さんたちに教えてしまっていいのかという警戒があった。
「ああ、別に自分は怒ってませんよ? 死んだら残念だとは思いますが」
こっちはこっちでやっぱり怖いんだよな……。識文さんは優しそうな感じはするが、どこかこうやって冷たく感じるようなことがある。
「結依ちゃんがずっと友達とか作らなさそうと思っていたのでそこが意外だっただけです。微笑ましいですね」
「微笑ましいねぇ……」
和泉さんが水を飲みながら胡散臭げに俺と識文を見る。視線こそ感じるが悪意はなく、ただちょっと警戒心は滲んでいた。
「まあ田吉も許可した以上、僕はこれ以上文句は言わないけど。それより厄介事増やして僕に負担はかけないでね」
和泉さんは識文さんより言い方が突き放し気味だったり、面倒そうという感じが伝わってくる。しかし、識文さんより怖いとは思わなかった。
「それにしてもなんか戦闘に巻き込まれたんでしょ? 怪我したとはいえよく無事だったね」
このことについてもどこまで話すか悩む。あの銀髪の名前を知ったのは別の周なので、無闇に口にしたらいつ知ったのか、と疑問を持たれかねない。特に今は横に結依がいるので諸々バレるかもしれないし。
「あ、それが途中であの鈴木夢子が乱入してきて……」
結依が何気なく発した名前に識文さんと和泉さんが硬直した。目に見えて動きが止まるほどには驚いているようで、結依に付け加えるように俺も続ける。
「でも一応俺たちを助け……助けっていうか借りみたいな……とにかく代わりに敵を引き受けてくれまして」
「あの子に借りですか……」
「妖怪みたいな存在に借り作っちゃったんだ……」
この世の終わりみたいな反応を揃ってされたらさすがに不安にもなる。
今にも「あーあ……」みたいなことを口にしかねないくらい2人の表情は暗い。しかも揃いも揃って妖怪だのなんだのとみんなが口を揃えて言う。
「あの……人間の話ですよね?」
「oss界隈じゃ、まあ有名人ですからね」
「とにかく自分本位に異能者に試合とか言って戦闘をふっかける上にやたら強い。政府に未申告のossは連行したら賞金が出るもんだから最近はossか、異能者相手を狙う反社どもをカモにしてるらしいね」
あれ……多分俺たちとそう変わらない学生のはずだよな……?
なんだかまた会うことになりそうな嫌な悪寒がしたが気の所為だろう。
「私も初めて見たけどすっごいね……同じ生成系なのに全然練度が違うもん」
生成系?
そういえば銀髪も生成系がどうのって口にしていた気がする。
すると、識文さんが顎に手をやりながら何か思うところがあるのか結依に向けて言う。
「んー……強かったでしょう?」
「うん……それにすごい応用力だった」
「まあ……そうですね。時葛くんは異能についてはどこまで知ってますか?」
急に俺に話を振ってきたのでびっくりして飲もうとしていた水を少し多く飲み込む。
どこまで、と言われると正直知らないことが多すぎる気がしてうーん、と首を傾げてしまう。
その様子で識文さんは察したのか、苦笑しながら言う。
「その様子だとあまりみたいですね。せっかくですから食べながら話をしましょうか」
ちょうど、できあがったクレープが運ばれてきたのでそれぞれ受け取る。
結依と和泉さんは見てわかる通り糖分の塊とも言えるようなクレープで、俺のはシンプルなハムとチーズが入ったホットクレープ。
ひとまず一口いってみると、思ったより生地がしっかりしていて食べごたえがある。もちもちしていて、中でとろけたチーズがほどよく塩気を主張しており、せっかくなのでお好みでと渡されたケチャップを少し追加してみる。うん、これはこれで美味しい。
一方、隣の識文さんからは牛肉を甘辛く焼いたものをレタスで巻きそこからさらに生地で包んでいる。甘辛い香りが食欲を刺激してきて、自分もあれを頼めばよかったかもしれないと少し後悔する。
「異能には大きく分けて4種類の分類があります。といっても、異能についてはまだまだ未知数な事が多く、明確に4つに分類することはできません」
結依と和泉さんがもくもくとクレープを味わっている横で、識文さんも食べつつも合間合間で話をしてくれる。
「結依ちゃんの異能は生成系。これは物を生み出したり、物を変化させる異能のことですね。結依ちゃんは典型的な生成系と言っても過言ではないでしょう」
なるほど、文字通り物を作る異能。とすればあの鈴木夢子も確かに何かを作っていたので生成系というわけか。
俺の異能って……なんなんだろう? ループしているのもあるが、一応時間を遅くしたりもしているので時間系だとは思うのだが。
「生成系は4種類の中でも下から2番目の数なので全体的に見ると希少とされています。まあ詳しい分類については……またそのうち勉強会でもしましょうか。君が遭遇した鈴木さんは生成系寄りの能力者で、恐らくこの東京における異能者の中でも上位5指に入るでしょう」
「そんなに!?」
東京で5指って東京以外にもいるとしてもだいぶ規格外ではなかろうか。
でもよくよく思い返してみると、あれは何を作り出しているんだろう? 箱? コンクリートの塊?
「あの、すごいのはわかったんですけど、あの人って結局何を生成してるんですか?」
「ああ、『足場』ですよ」
足場、と言われて少し理解ができずにホットクレープを咀嚼しながら識文さんを見る。
識文さんはその視線に対してなぜかもう一度、少し言い直して言った。
「『足場』を作る能力です」
「あしば」
足場ってあの足場?
「そう。足場。自分の望んだところに足場を作り出す能力とされています」
鈴木夢子が異能を使っていた場面を思い出す。
……足場にしてた回数の方が少ない気がする。
「あの……足場以外に使ってた気が……」
「はい、まさにそれです」
識文さんは自分のクレープから垂れたソースが指についたのを舐めてから言葉を続ける。
「異能の使い方が彼女は上手いのですよ。結依ちゃんも生成系としては分類が近いので、あれくらい応用できればもっと異能者として強くなれます。異能者は異能のスペックも、もちろん高ければいいですが、何より応用力が物を言うのが生成系と言っても過言ではないでしょう」
「極論、生み出したところでどう使うかが肝だからね」
もう自分のクレープを食べきった和泉さんは手を合わせて口元を紙ナプキンで拭う。
「あの好戦的な部分はともかく、彼女の戦いを見れたなら参考にできるところは取り入れていけるといいですね。……そういえば時葛くんはどんな異能を?」
なんか上手いこと触れないままでいけないかなと思っていたがやっぱりいつかは聞かれることを突かれてしまう。
識文さんは自分のクレープを食べながら俺の答えを待っている。和泉さんも、じーっと俺の方を見てくるし、誤魔化すには流石に分が悪そうだが……。
「あの……ちょっと時間が遅くなったりする……というか……俺もまだそこまでよくわかってなくて」
半分は事実だからセーフだと思いたい。
実際、全然試せていないこともあるので、俺すらループの法則を完全に把握できていないのだ。
「ああ、時間操作とかですかね? それはまた珍しいですね。特殊系濃厚ですし」
「ああー……そうなるとバレたら防人衆確定コースだね。面倒だ」
識文さんと和泉さんはこの説明で納得したのか、それよりも珍しい異能だから俺が申告しないことへの理解があったのかこれ以上異能を掘り下げてはこなかった。
ふと、結依から視線を感じてそっちを見ると何か言いたげだったが、視線をそらしてクレープを食べきっていた。もしかすると俺の異能についてなにか思うところがあったのかもしれない。
「にしてもその異能ならますます外出は厳しいんじゃない?」
和泉さんが言うには珍しい上にまだ本人もわかっていない異能ならちゃんと扱えるまで外に出すのは控えるように言われるのではないかと懸念しているようだ。
「ま、たっきーも別に一生閉じこもってろとは言わないでしょうし、しばらくは反省してるポーズでも見せてお願いしたら案外許してくれるかもしれませんよ」
「そうかなぁ……」
結依が不安そうに言う。俺もちょっと不安だ。めちゃくちゃ怒っていたし。初対面だというのにあんなに怒られたのは初めてだ。
「そういえば、お二人はなんでこの街に……?」
見た感じ、そんなにチンピラ感もないのだが結依みたいにわけありとかなのだろうか。
識文さんも異能者について詳しい様子だったし、二人共20代だったら本来は防人衆になっていても不思議ではないはずだ。
「あ、自分ですか? まあ、自分はやりたいことがあったからですかねー」
「やりたいこと?」
「はい。異能者は就ける仕事が限られています。特に、異能者について公開された今でも防人衆や一部の情報に関してはまだまだ公にはなっていません」
そういえば異能者は防人衆に所属するとは聞いていたがそれ以外については全然知らない。そもそも防人衆って魔物の対応以外にどんなことをしているのかも。
「昔から、自分は物を書く仕事をしたかったのですが異能者は一般人に向けたものを書く仕事は禁じられています。今売り出されている異能者関連や霊術の書籍は霊術師か一般人の書かれたものばかりです」
え、そうなの?
じゃあ俺の買った本は異能者じゃない誰かが書いたものだったということか。それって当たり外れがデカくないか?
あのとき、オススメしてくれた人は防人衆だったので、もしかしたらその中でもいいものを教えてくれたのだとしたら感謝しかない。
「まあ、古臭い慣習やらがまだまだ多い世界なんですね。自分はそういうの、面倒なので家出しました。一応他にも理由はありますが、3割くらいはこのためです」
残り7割の比重でかいから全然別の理由じゃないか?
でもまあ人に言えないこともあるだろうし深くは突っ込まないでおこう。
「明確に禁止されているのってなんでしたっけ」
「許可されているのを挙げたほうが早いよ。警察、医者や看護師、教師や教授、あとは実例は少ないけど弁護士あたりは特別に申請しなくてもいけたはず」
「ま、逆に言えばそれ以外は許可が降りなきゃなることはできないし、そもそも最初から禁止されているのもあるってわけです」
なるほど。警察は異能者関連の犯罪、医療系は異能者の治療、教師などの教職は異能者への対応などがあるからで、弁護士も異能者が関わっている事件の担当があるから異能者も許可されている……ということなんだろうか。
「防人衆なんて仕事にあぶれないという点ではありがたいかもしれませんが、職業選択の自由なんてものは実質存在しません。事務メインだと退職まで。戦闘系なら引退の申請が通れば引退してある程度自由にやれますがこのご時世ですからね。引退も簡単に通らないでしょう」
そう考えると確かに防人衆になりたくないと思う人がいるのも不思議ではない。なにせ、魔物と戦うことになるかもしれないし、今の状況ではやめたくてもやめられないかもしれないとくれば忌避感はあっても仕方ないだろう。
「ここにいるのは半グレや社会不適合者、そしてやりたいことをやるために防人衆に背を向けた人たちや逃げてきた人たち。結依ちゃんの兄であるルフくんも例外ではありません」
識文さんもクレープを食べ終えて、俺も完食すると水を飲み干しながら思い出すように識文さんが呟く。
「彼は防人衆を敵視していました。結依ちゃんのことも、防人衆や何かから守ろうとたっきーに託してましたからね」
そういえば、結依の兄貴である人はルフと呼ばれているのはわかったが、具体的にどういう人かは全然わからない。
見た目もそういえば知らないんだよな。
「あの、結依の兄貴ってどんな人なんですか?」
見た目とかも含めて識文さんと和泉さんに聞いてみる。結依に聞いてもいいが、第三者の視点もなぜか気になってしまった。
「アホ?」
「すぐ騙されるヤツ」
「ああ……じゃあよく似てると……」
なんとなく、結依の男版を想像してしまった。
「時葛、あんたちょっと叩いていい?」
テーブルの下で足で小突いてくるのを足裏で防いでおく。一応、付け加えるように識文さんが「見た目は結依ちゃんと似てますよ。髪色とか雰囲気とか」と補足してくれた。
でもやっぱり男版結依しか想像できなかった。
――――――――――
クレープ屋を出てから本命の買い物をしにちょっと外観が古い建物に入る。
ぱっと見はスーパーのようで普通に食料品や日用品が並んでいる。
服はともかく下着とかは買うことにして、あとは食料品を買い込んでレジに行くとちょっとガラの悪そうなおじさんが識文さんたちに気づいて「おお」と様子を変える。
「吉田のとこのやつらか。なんだ、新入りでも入ったか?」
「そんなところですね」
どうやら識文さんと和泉さんはそれなりに有名というか、吉田さん関係で知られているようで、俺と結依は後ろのほうでちょっと緊張していた。顔が結構怖い。
「ちょうどよかったな。あと少ししたら今日は店を閉じるつもりだったからよ」
「え、なんかあった?」
和泉さんが驚いたように自分のラムネをカゴに追加する。
店員のおじさんは困ったようにため息をつきながら商品を数えていく。
「近頃”赤ずきん”の噂もあるから夜に店をやっても儲かりゃしねぇ。この街じゃ危機感失ったやつから死んでいくからな。安全を取っただけよ」
「赤ずきん?」
「なんだ、知らねぇの?」
赤ずきんの噂。
夜道を歩いていると少女に声をかけられるのだという。
その少女は真っ赤なフードを被っており、音もなく近づいてくると……
『あなたはオオカミ? それとも――』
と、質問してくる。この質問にうっかり答えるか、何か赤ずきんに危害を加えようとするとひどい目に遭うと言われている。
まさに赤ずきんの怪。
「死人が出たんですか?」
識文さんが現金を取り出しながら尋ねると、おじさんは渋い顔で腕を組む。
「さあなぁ……半グレどもやチンピラも被害にあってるようだから正確なことはわからねぇ。でもとんでもなくおっかないらしいからな。用心するに越したことはないだろ」
「それもそうですね。あ、レシートください」
不穏な話はあったが、夜に出歩くこともないので心配することもないだろう。
そう思い、荷物を用意してあったエコバッグに詰め込んで、俺も持とうとしたが病み上がりだからと結局大人2人が荷物を持つことになった。
ふと、後ろを向く。後ろは人の多い通りになっており、知らない人間が次々と流れていく。
「どうかしました?」
「あ、いえ」
漠然となにかがいるような気がしたが、結局それがなにかわからずそのまま4人でアジトとやらに戻るのであった。
――――――――――
「で、あれが目標で間違いない?」
赤いずきんの女の子。
路地裏から先程の4人を確認していた少女はフードを深くかぶり直し、通信相手に悪態をつく。
「ああ、そう。で、目標の女だけは殺さないようにってことで合ってる? キョウスケ」
『はい。その通り。それ以外は殺しても構いませんが、多分無理でしょう』
通信相手の断言する様子に、少女は眉根を寄せた。
「あたしの実力を疑ってるの?」
『いえ、君は確かに強いです。ですがあれらはもっと強いので』
通信相手の声はひどく落ち着いた声で少女をなだめる。まるで幼子に言い聞かせるように、男は言う。
『そちらに人手を送りました。合流し次第、ことに当たってください』