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俺の幼馴染の髪が日に日に短くなっている件  作者: 日常の謎をミステリとは絶対認めないおじさん
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もしかして時間が逆行しているかもしれない件

 天音の髪が少しずつ短くなっている。

 傍から見れば些細なことかもしれないが、俺はとても気になった。髪って普通少しずつ伸びていくものであって、縮むということは考えられない。切っているにしても、あんなにチマチマ短くする理由があるだろうか? いかにも不自然だ。こういう小さな変化が、何か大きなアクシデントのフラグだったとか、よくある話じゃないか。

 クラスで天音の席は俺から見て三列右に位置している。俺が窓際、天音は教室の中央あたり。やや離れているが、横目で見えない距離でもない。俺は授業中もじっと天音の様子を観察していた。

 こうして見ると、たしかに数日前より髪は短くなっているような気がする。しかしそれに今まで気付かなかったのは、アハ体験のクイズみたいに徐々に短くなっていったからだ。ちなみに俺はあの種のクイズで正解がわかった試しがない。今回天音の髪の変化に気付いたのは奇跡と言っても過言ではないだろう。

 だからこそ、何か重要な意味が隠されているのではないかと思うのだ。


 だが、こうして眺めている限り、天音の様子に変化はない。英語だかフランス語だかドイツ語だかわからない数学の授業を熱心に聞きながら、ずっと真面目にノートをとっている。普段の天音そのものだ。

 綺麗に研ぎ揃えられた鉛筆、落書きのない教科書、純白の消しゴム。書き損じが少ないせいか、天音はほとんど消しゴムを使わない。授業中を主に睡眠時間に充てている俺は天音のノートを写させてもらうことが多いのだが、天音のノートに消しゴムのカスが挟まっていたことは一度もない。字は綺麗で読みやすく、内容もよく整理されているので、教師のだらだらとクソ長い授業を聞くより天音のノートを見た方がよっぽどわかりやすいと思ったりもする。あとで今日のノートも見せてもらわなきゃな。

 不意に天音がこちらを振り向いたので、俺は慌てて視線を逸らし、黒板を見つめた。黒板はまるで象形文字みたいな意味不明の記号と数式でびっしりと埋められている。無限ループと錯覚してしまいそうな、退屈で平凡な日常そのままだ。


 無限ループ……いや、待てよ。俺の頭にあるアイディアが閃いた。

 もしかして、天音の髪が短くなっているのではなく、俺が存在する時間が逆行しているのではないだろうか?

 ハゲをいじられた某大企業の経営者はかつてこう言った。『髪の毛が後退しているのではない。私が前進しているのだ』と。そう、視点の転換である。もっと視野を広く持ち、事象の全体像を掴む必要があるかもしれない。先の発言に倣えば、天音の毛先が後退しているのではない。俺の世界が逆行しているのだ、となるか。これはなかなか有力な仮説だと思われる。

 俺は黒板の隅に書いてある日付に着目した。今日は7月9日木曜日、天気は晴れ。昨日は何日だったっけ……? いや、全く覚えてない。日々の生活にとって重要なのは次の週末まであと何日か、という点であって、日にちなんて単なる数字、記号のようなものに過ぎない。

 では昨日は何曜日だったか? えーと、たしか水曜日だったような気がするが、それも確実とは言えない。というのも、昨日が水曜日だと思うのは今日が木曜日であるとたった今確認したからであって、昨日の時点で今日が水曜日だと意識しながら過ごしていたわけではないからだ。

 もしかしたら昨日は金曜日だったかもしれない。金曜だったらもう少しウキウキ気分で過ごしたような気もするが、絶対有り得ないとも言えない。いや、それ以上に問題なのは、もしかしたら俺は一昨日や一昨昨日、つまり土曜や日曜だったはずの日にもバカ正直に学校に行っていた可能性があるということだ。土日まで登校するなんて正気の沙汰じゃない。まるでブラック企業じゃないか。まだ社畜なんかになりたくないンゴ!!


 こうして、平凡でも平穏でもなくなったかもしれないが相変わらず退屈な一日は過ぎていった。



!i!i!i!i!i!i!i!i



「いってきま~す」


 俺は眠い目を擦りながら玄関を開けた。

 このところ前日の疲れが抜けなくてヤバい。金曜日の朝は誰にとっても憂鬱なものだろうが、さらに眠気も相俟って非常にダルすぎる。特に昨日は授業中あまり眠れなかったせいで疲労が蓄積している。晩飯を食ってすぐ眠気が襲って来て、朝まで10時間ぐらい爆睡したのにまだ眠い。これも時空が歪んでいるせいかもしれない。人間の自律神経は低気圧程度のことで気分が優れなくなったり体調を崩したりするほど脆いものである。時差ボケという現象もある。時空が歪んでいるなら無限に眠くなっても仕方ないだろう。


「おはよう、彰斗」


 天音は今日も俺を待っていた。俺はすぐに天音の髪の長さを確かめた。昨日よりさらに短く、セーラー服の襟ラインの上2センチほどのところまでしかない。やはり天音の髪は縮んでいるのだ。


「……な、なによ」


 と、天音はまたほんのり頬を赤らめた。俺のようなイケメンに凝視されて赤面しない女子などこの世におるまい。いや嘘です。赤面する女子は画面の中にしかいません。天音にしたって、頬を赤らめているんじゃなくてただ単に暑くて顔がほてっているだけかもしれない。なにしろ毎日暑い。その上毎日晴れである。梅雨の時期は青空が恋しくなるが、夏になったらなったでもう少し雨降ってくれてもええんやでと思う。

 しかしゴリラ芸雨、いやゲリラ豪雨は困る。あれは百害あって一利なし、雷様は加減というものを知らない。過ぎたるは及ばざるが如しとはこのことだ。いかりや長介一人では手が回らないのだろうか。志村けんはあのコントに出てなかったし。ってこれちょっとネタが古すぎるな。俺は正真正銘十四歳の中学生です。

 俺は挨拶も兼ねて天音に尋ねた。


「おはよ。今日って何日だっけ」

「今日? 7月10日だよ」

「何曜日だっけ」

「金曜。彰人が金曜日を忘れてるって珍しいね」

「いや忘れてるわけじゃないんだけど」


 俺は自分のスマートフォンをポケットから取り出して日付を確認した。天音の言う通り、今日は7月10日、金曜日である。

 いや、でもまだわからない。騙されないぞ。もしかしたらこれも何かのトリックかもしれない。もし時間が逆行していたとしたら、今日は本当は呪わしき月曜日かもしれないのだ。


 退屈な一日はあっという間に過ぎ去り、7月10日金曜日とされている日の深夜を迎えた。一日単位で時間が逆行しているのだとしたら、何かが起こるのは日付が変わる瞬間である可能性が高い。俺は今日から新しく始まったソシャゲのイベントを爆走しながらその時を待った。


 午前0時。スマホの表示は7月11日土曜日となっている。ソシャゲのイベントもなんら滞りなく進んでいる。俺は部屋の窓から外の風景を眺めた。俺の部屋は自宅の二階である。家の前の通り、いつも天音が待っているあたりを見下ろしてみたが、特に何もない。まあ深夜だから当たり前か。

 いや、もしかしたら俺が眠っている間になにか起こっているのかもしれない。俺はさらにソシャゲを爆走しながら、一睡もせずに朝が来るのを待った。もし今日が土曜日でなくなったとしたら、また天音が家の前で俺を待ち受けているはずである。


 しかして次の朝、土曜の午前8時過ぎ。

 家の前に天音の姿はなかった。念のため天音にLINEもしてみた。今日に限って天音が寝坊している可能性もないとは言えないからだ。それは首都直下型地震より遥かに低い確率ではあるが。

 既読はすぐについたが、返事が来るまでには数分の時間を要した。

 天音から返ってきた一言はこうである。


「休みの日の朝っぱらからLINEなんかすんなよバカ。おやすみ」

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