<男は狼>
家の外、テーブルと丸太を切っただけの椅子に座ってのんびりしているとマリアは俺の対角にすわった。
「サクラは?」
「ぐっすり眠ってるわよ」
「早いな」
「お湯につかって気持ちよかったみたいね」
川沿いにある洗濯場の上流には温泉がある。洗濯場と同じように石で区切られた場所にお湯が沸いており、そこに川の水を少量引き込んでいるという設計の温泉だ。
基本的に毎日入るのは俺ぐらいでマリアやサクラ、ルーナたちは狩りをした時や汗をかいた時だけの入浴だ。今日はサクラとマリアの二人は対人戦の特訓で汗をかいたので二人ともすでに入っており、マリアは入浴後の油を髪と耳に塗っている。
「そう言えばその油は何の油だったっけ?」
「オリーブオイルよ。お湯で油分が洗い流れちゃったからこうして髪と耳に塗っているの。サクラには寝てる間に私が塗っちゃたわ」
長いうさぎの耳を手に取ってオリーブオイルを塗っている様子はウサギの毛づくろいのようでなんだか微笑ましい。そんな時こちらを向いたマリアと俺の目が合う。
「なあに?」
「いや、なんでもない」
「そんな顔して何もないわけないでしょう」
やはりマリアには敵わない。諭されるようで微笑みかけられるような話し方、雰囲気には何でも話してしまいそうになる。
そこで俺はマリアの隣に座り直し、一つ気になっていることを聞いてみた。それは俺にはマリアやサクラのような強さはない。俺は男としてずっとそこを気にしながら生きてきたということである。
「なあ、一つ聞いていいか」
「ん。なに?」
「俺はお前よりも弱い」
「ええ」
さも当然の如く、というよりは当然なのだがマリアは肯定する。
「・・・」
「私はあなたに強さを求めたわけじゃない。あなたの事を好きになっただけ」
「俺のどこを好きになったんだ?」
「私にもわからない。でも、あなたという存在を好きになったの。好きだから好きなの」
そう言うとマリアは俺を力強く引っ張って俺の体を引き寄せて、半分ずつ一緒の椅子に座らせる。
「好きに理由なんてない。ただ好きなだけ」
そういうと顔を近づけてくるマリア。もちろん俺もそれに応えるがそれだけでは治まらない。マリアを抱いてそのまま地面へと押し倒す。
「あなたも悪い人ね」
「いいや、もしかしたら可愛いウサギを狙っている悪い狼かもしれないぞ」
「うふふ、可愛いウサギって私のことかしら」
「そうだな。今日は一晩中、狼が可愛いウサギを襲っちゃうな」
くだらない冗談を言い合いながら俺たちはお互いに抱き合ってキスを交わす。だが、マリアだってただ可愛いだけのウサギではないのである。
二人仲睦まじく愛し合う中、可愛いウサギが悪い狼に一言告げた。
「あなた、忘れてない?私はウサギはウサギでも狼だって狩れたり手懐けたりできちゃうウサギなのよ」
しばらくして、ウサギを襲った狼が返り討ちにされたのは言うまでもなかった。
・・・・・
数か月後―――
マリアのお腹に耳を当てるタマルであるが、突如としてマリアのお腹が歪んだかと思うとタマルの頭に強烈な一撃を加える。
「にゃあぁぁぁ!頭蹴られたのにゃ!」
今、マリアのお腹の中には二つの小さな命が芽生えている。
「本当によく動く子たちね」
「元気いっぱいだな」
「私の時もよく動いたの?」
「いいえ、サクラはもっと大人しかったわ」
家族で話し込む中「少しはにゃあの心配もするのにゃー」とタマルが騒いでいるが、ただ構って欲しいだけなので家族の雑談はそのまま続く。
幸せな生活にさらに幸せが増えた。これほどうれしく楽しいこともないだろう。
そして俺はマリアのお腹をやさしく撫で、マリアと二人の子供たちの無事な出産を願ったのである。