<二人の危機>
「お母さんいつ帰ってくるかな?」
「もう少し時間がかかるんじゃないか」
薪を割るサクラは手を止めて俺の方へ振り返るとそう聞いてきた。今日、マリアはルーナとともにイナエの町へと出かけている。前回は毛皮だけであったがこの前大型獣を狩ったこともあり大きな毛皮と多すぎるほどの干し肉が作れたので町へと売りに行ったのだ。
それに、質も量もなかなかのモノを売るとなると受け取る金額はそれなりのものになるため、大金を持ち歩くにしても俺なんかよりもずっと強いマリアの方が安全なのである。
・・・・・
「どうかしたか?」
「何か獣が近づいてくるみたい」
急に薪割りをやめて耳を立てるサクラに俺が言葉をかけるとサクラはそう返してきた。森で他の獣に追われたのか何やらこちらの方へ近づいてくる獣がいるようだ。
そしてサクラは弓を持ち出したかと思うと、物干しの支柱である丸太へと飛び乗ってしっかりと弓を引きながら近づいてくる相手へと備える。
「来た!」
サクラがそう叫んだ瞬間、森の中から中型のイノシシのような獣が飛び出してきた。なにやらすでに興奮しているようでまっすぐにこちらめがけて突っ込んでくる。
「外れた!」
そしてサクラはそのイノシシの脳天めがけて矢を射ったのだろうが、惜しくも外れてイノシシの尻に刺さる。そしてイノシシは矢が刺さったにも関わらず勢いを緩めることもなくまっすぐこちらに突進を続ける。
もちろんサクラも二射目を射るために矢をつがえるが、イノシシはサクラが乗っている物干しの支柱である太い丸太に突進するとそれを根元から粉砕しサクラは地面へと投げ出された。
「うぐぅ・・・」
受け身も取れないまま地面へと落ち、一瞬だが意識を失いかけたサクラはイノシシを見失っていた。真後ろから再び迫りくるイノシシにまだ気づいていないのだ。
下手に手負いにしてしまった獣は想像もしない強さを見せつけてくることがあり、もし一歩でも間違えば逆にこちらが狩られる側になるといつの日かマリアが言っていた。そしてそんな状態の獣が今まさにサクラのもとへと向かっている。
こんな状況を父親として黙って見過ごせるはずがなかった。
フラフラとしながら立ち上がろうとするサクラがイノシシに気が付いた時にはもうすぐそこまでイノシシが迫っていた。
「きゃあああああ!」
頭を押さえただおびえることしかできないサクラ。そしてそんなサクラを間一髪で掴み上げると俺はサクラを力一杯投げ飛ばした。そして・・・。
ドン!
そしてサクラを投げた瞬間、俺はイノシシに跳ね飛ばされてさらにその上をイノシシに踏み轢かれる。
「お父さん!」
サクラはすぐに俺の方へ駆け寄ってくるが、俺の方は下手したら足の骨が折れているかもしれない。
「サクラは大丈夫か?」
「私は大丈夫だけど―――」
「立てるか」
俺とサクラの二人が話している間にもイノシシは再びこちらへ向けて突進を始めていた。サクラにはケガ一つさせたくはない。怪我一つ、後遺症一つでサクラの冒険者になるという夢が断たれるかもしれないのだ。生まれ持った才能、マリアから受けた教育のすべてを遺憾なく発揮できる状態でサクラには旅に出てほしいのだ。
「サクラ、何とか逃げろ。あとはこっちで気を引く」
「それじゃあお父さんはどうなるの!」
「そんなのいいから早く行け!」
「私の方がお父さんよりも強いもん。お父さんは私が守る」
強情なサクラはマリアの古い短剣を手に俺とイノシシの間に割ってはいる。だが、完全に足手まといになった俺がいては真正面から相手をするしかない。はっきり言ってあの突進力をサクラが抑えることは不可能だ。
「きゃ!」
イノシシの突進してくる瞬間、俺はサクラの腰を引っ張って横に投げ飛ばした。あとはイノシシが俺に向かって突っ込んでくるだけ、そう覚悟した。だが・・・。
「二人とも大丈夫?」
その人影はイノシシの首を叩き落したかと思うと、惰性で俺の元まで飛んできたであろう首のないイノシシを数十メートル先まで蹴り飛ばした。
サクラの「お母さん」という声が聞こえる。だが一方の俺は突進され踏みつぶされ既に満身創痍だった。、あとはマリアに任せることにしよう。そう考えた俺は静かに目を閉じて脱力した。