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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

雄弁な唇/成長痛

作者: 荊汀森栖

『雄弁な唇』


 駅から自宅までの道程を、影のような大きな背中を眺めながら傘を差しとぼとぼと歩く。

 高校に進学して急に背が伸びた幼馴染みは、手を伸ばせば触れられる距離にいるのに僕を捨て置くようになった。

「お前は思春期かよ。」と笑い、「俺も思春期かよ。」と泣いた夜。荒く息を乱し、掌をしっとりと濡らした白濁の意味を否応もなく思い知る。

 幼馴染みの果てには何があるのだろう。

 君は僕を置いて何処へ去ってしまうのだろう。

 人通りの途切れた路上で、せめてもの腹いせにと文句のひとつも背中に投げつける。最早、日課となった悪行。

 どうせ聴こえやしない。いつもいつも、これ見よがしにヘッドフォンなんてしやがって。


「異国の調べは君の鼓膜を震わせ、雨音や僕の存在を拒絶する。

 こんなにも君が好きなのに僕は一曲の歌にも劣る……。」


 ところが、目の前の壁は立ち止まりこちらを振り返ると、大きな手が包み込むように僕の両の耳を塞いだ。

 僕は身動ぎも出来ず、されるがまま唇を奪われる。

 やわらかくて温かな……

「俺も好きだよ。」

 鼓膜を震わせ血潮を滾らせる君の声。

 僕の耳に寄せられたゴツいヘッドフォンからは、いくら待っても何の音も聴こえては来ない。

 その瞬間、頭が真っ白になり言葉は霧散した。

 僕は腕を伸ばし瞳を閉じると、思いの丈を込めキスをした。




『成長痛』


 骨が軋んで悲鳴を上げる。

 眠れない夜、脳裏に浮かぶのはあいつの姿態。俺に都合よく変容し可愛く誘う、身のない劣化コピー。

 罪悪感も麻痺するくらい繰り返し繰り返し頭の中で犯し抱いた。その時だけは痛みを忘れていられたから。そんな言い訳で、俺はあいつの顔を、もうまともに見られない。

 リアルのあいつは笑わなくなった。

 俺がシカトするからだと自惚れそうになる。違う。誰だって、ずっと仲良かった幼馴染みが急に素っ気なくなったらムカつくに決まっている。疚しい気持ちなく触れられないくせに、気配だけでも感じていたいと、時折こっそり盗み見ては切なさに胸を焦がしても、あいつに想いを伝える術はない。

 幼馴染みという立ち位置だけは失いたくない。身体がどんなに痛んでも、図体ばかり育って、俺はちっぽけで情けない男に成り果てた。

 偶然を装い帰宅時間を合わせれば、あいつは昔みたいに俺の後ろを着いてくる。お互いの家はほど近い。行き先が同じだけでそこに他意はない。

 ヘッドフォンのバッテリー切れで、あいつが俺に向け罵詈雑言を吐いている事に気づいたのが半年前。決まって人通りの無くなるタイミングで。時に文句だったり泣き言だったりするあいつの言葉を、俺はリモコンをこっそりと操作し聞いた。回を重ねるに連れ、あいつは何故だか詩的な言葉を紡ぐようになった。詩人にでもなるつもりか。

 詩は恋を連想させた。また俺は都合よく曲解しそうになる。


「こんなにも君が好きなのに僕は一曲の歌にも劣る。」


 雨の日だった。

 あいつは、自分の声を聞かないという苦情を、俺には聞こえていないという安堵に乗せ吐露していた。

 ガチガチに凝り固まった心がその一言で瓦解するほど、渇望していた告白に体が動いた。壊してしまいそうで、喰らい尽くしてしまいそうで指先すら触れられなかったのに、凶暴な獣は鳴りを潜め、優しく振る舞えたのが我ながら嬉しかった。

 だから嘘も誤魔化しもなく、真っ直ぐに気持ちを伝えた。


「俺もお前が好きだよ。」


 俺を鎮めたあいつが、キスで再び火を点ける。

 その日、詩人は俺の恋人になった。

初出 2018.03.09 Twitter

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