術式理論
非魔法訓練でのエリュシオンの暴走があった次の日には、何事も無かったかのように授業が再開されていた。といっても実技ではなく座学なのだが。
それに、問題を起こした本人は午後になった今でも教室に顔を出してはいない。
午前中は魔術具や魔法陣を組み立てるのに必要な術式文字の勉強、午後となった今はその文字を使って簡単な魔術式を組み立てている。
術式文字(魔法文字)は基礎文字が16、補助文字が56となっている。
基礎文字と言われるものは術式を書くために必須で、どの属性なのかを示す文字となる。
火、土、金、木、水を示す文字が15(各3つずつ)、光を示す文字が1となる。
属性が増えれば増えるほど作成難易度は上がり、意味が破綻せず成立させることは極めて難しくなる。
光属性だけは特別で神の属性とも言われている。
光を入れる場合は他の属性を入れることは出来ず、単一でしか使うことは出来ない。
補助文字というのは、基礎文字で示した属性がどのようなプロセスで行われるのか、または規模や持続時間といった細かな決め事を記すための文字である。
一文字で意味を表す基礎文字と違って、複数文字を組み合わせることで初めて意味を成す。
補助文字をどれだけ少なくし、意味を重複させ、形を整えるかが腕の見せ所である。
例えば、一瞬だけの発火であれば、基礎文字の火の2(便宜上この書き方をする)を核としその周囲に補助文字で発火させる場所、時間、規模、威力、温度を計算し必要な魔力量を書き込む。
これを発火させる場所は術式から1メートル前方、時間は1秒、規模は3センチ以上5センチ未満、威力は微弱、温度は1,400℃(ロウソクと同等)、消費魔力は5。
このように火をひとつ、1秒とはいえ術式で生み出すのにこれほどの情報を記さなければならない。
距離は離れれば離れるほど、時間が長くなればなるほど、規模が大きければ大きいほど、威力が高ければ高いほど、温度が高すぎたり低すぎたりすれば消費魔力は大きくなる。
温度に関しては本来、火とは熱いものであり冷たいものでは無い。という考えが定着しており、冷炎を生み出そうとすれば温度を下げるというプロセスが必要となるため、工程が増える分消費魔力が増える。
他には規模の振れ幅によって消費魔力の上下が発生し、消費魔力の変動を記さなければならなかったりとより詳しく説明すればキリがない。
事実、ハヤト達特進クラスが組み立てている術式も簡単なものだ。
さすがに火をつけるだけとはいかないが、各々が課題を決めて作成に取り掛かっている。
初めての術式作成には簡単な初級のものでも30分程度かかってしまい、術式にミスがあれば不発もしくは暴発が起こり得る。
今回の授業では完成時、専門の先生による確認を経て使用する。
無事、使用の確認が取れれば本日の授業は終わりとなる。
魔法文字の研究者にして、術式の専門家であるティアーユ先生はこの時間が何よりも嫌いだった。
これからの若者に知恵と機会を与えることには賛成なのだが、初級の術式すらおぼつかない初心者に教える時間があれば研究に時間を割きたいと常々思っている。
中級者や上級者相手になら、新たな発想や運用方法の議論をしたりとまだやり甲斐はある。
だが、いくら特進クラスといえどもまだ一年生。
世界を代表する術式の専門家として、退屈よりも時間の無駄と思ってしまうのは無理もないだろう。
だが今年は珍しく見応えのある学生が3人いた。
ゼペット・ガルブレロ、ダムエル、ハヤトの3人だ。
ゼペットは騎士の家系ということから術式作成時の視点が普通とは違い、鍛えればなかなかに面白いものを作りそうだ。
ダムエルは非魔法血統の農民だったことから、かなり実用的なものを作ろうとしている。
もし、ティアーユの予想通りにダムエルが成長するのなら、食糧生産を徐々にとはいえ増やしていくことが出来るだろう。
ハヤトは視点が違う2人とは違い、あくまで魔法を使うものとしてのイメージ力が桁違いだった。
術式を作成する時にはある程度のイメージ力がなければならない。
火を生み出すのに大きさが分からなければ大きさを調整出来ないし、威力が分からなければ思ったものを作れない。温度も数字だけでなく火の色の違いを書き込むことでよりイメージに近づけなければならない。
もっと言えば、なぜそのような現象になるのかを知らなければならない。
ハヤトはこれらが、既に出来ていると言えよう。
まず現在、ハヤトが作成しているものは砂鉄を1箇所に集めるための術式。
目隠しや攻撃手段として、砂鉄を撒き散らす術式は既にあるが、その逆はなかった。
砂鉄を集めるという魔法はあっても、魔術でそれを行う意味が無いからだ。
魔術は魔法と違い、魔術具かスクロールとして運用しなければならない。
その場で術式を作れば魔法と同じようにできるのだが、物にしなければ魔術の利便性が失われる。
術式を組むのに時間がかかり、触媒が必要となる。
魔術とは予め準備しておくことに意味がある。
第一、砂鉄を集めるということはその後、撒き散らすか攻撃に用いると言うこと。
戦闘中に術式を作成することはまず無理であるし、準備時間があるのならもっと別の術式を組み立てる。
また魔術具やスクロールの購入費、制作費を考えれば砂鉄を一袋買った方が早いし安い。
ハヤトの組み立ててる、砂鉄を集める術式というのは言わば意味の無い術式だ。
だが、ティアーユにはその意図が理解出来た。
学院の生徒である限り、優秀な魔法使い、魔法士であることは証明されており、優秀であったり、才能がある事はある意味当然である。
そんな人間がわざわざ魔法で出来ることを魔術で行おうとしているのだ、何かあると考えるのは自然の流れ。
確かに、初級魔術の一例として挙げたものの中に砂鉄や砂などを撒き散らす魔術や土や石を一箇所に固める魔術は紹介はした。
だが、砂鉄だけを集めるものは紹介していない。
真似やアレンジをするとしても、砂鉄だけを集めようと普通は思わない。
何かの意図があるか、無能のどちらかしか選択肢がない中、後者は学院生である限り有り得ない。
そもそもそんなものが学院に、ましてや特進クラスにいるということ自体が学院の威厳に関わってしまう。
故に、どのような意図や意味があるのかを無意識に考える。
そしてティアーユが理解した意図は、魔法の効率化。
魔術によって魔法発動のプロセスの一部を肩代わりし、それにかかる魔力やイメージ力、時間をゼロにする。
正確には作成時にかかってはいるが、戦闘時などにはゼロといえる。
しかし、砂鉄だけを集めるのは魔法といえども困難だ。
砂などの中から砂鉄を取り出すのではなく、最初から砂鉄だけを集める方法はなかった。
だからこそティアーユはハヤトのイメージ力に心踊らされた。
ティアーユをもってしても成功するか分からない術式が組み上がっていく。
ティアーユが理解出来る範囲では破綻しておらず、術式も綺麗に整っている。
形だけを見れば成功するだろうが、ティアーユでさえ知らない知識が含まれている。
この術式が成功すれば、新たな術式がどれほど生み出されるのだろうか。
是非とも研究したい、と。
ゼペット、ダムエル、ハヤトの3人はオリジナルの術式を作っているので時間がかかる。
その間、紹介された術式やそのアレンジ、元から知っていた術式を作成した生徒は既に終わっていた。
術式作成が苦手な生徒が何とか終わり、ゼペット、ダムエルと術式を組立終える。
ハヤトは遅れること数分、確認のためティアーユの元に術式を書いたスクロールを持ってきた。
「遅くなってすみません。」
「いえ、問題ありません。貴方の術式は非常に興味が引かれるものですので。」
「そう、ですか?」
「ええ、とりあえず使用してみましょう。こちらのバットに砂鉄が含まれな砂があります。」
「分かりました、やってみますね。」
術式を書き込んだスクロールには既に魔力が込められているので発動を念じるだけでいい。
魔術は上手く発動したようで砂の中から砂鉄だけが一箇所に、ふたつの円を描いて集まっていく。
これはハヤトがイメージした磁石が日本の教科書に載っている写真をイメージしたからだ。
ふたつの円は次第に立体的になり、球の形に整っていく。
「ほぉ……?」
「成功……です。」
「よろしい、うまくいったようだな。」
「では、僕も失礼しますね。」
「待ちたまえ。」
「……なんでしょう?」
「来週にはゼミの見学が行われる、一年生はまだ所属しなくてもいいが、別にしてはならないと言うことではない。もし興味があるのなら、私のゼミに見学に来なさい。」
「は、はい。」
ハヤトは突然の誘いに戸惑いながらも、ゼミなんてあったのかと帰路につく。
ティアーユは研究のことしか考えていないのか、ハヤトの返事が肯定的なものだと勝手に解釈して満足していた。
「これで新たな魔術式が生み出せる……ふふふふふ。見てなさい、今年の論文コンペは私がとるのよ!」
第二席、タケミカヅチ・コウキ(18)
120年前に世に出てきた異世界人の末裔。
血族は雷霆と呼ばれる強力な魔法が使えると言われている。
ヘルメスに憧れているが彼の魔法適性的に言えば守りよりも攻撃の方が向いている。
雷属性の適性が最も高いが満遍なく適性があり、座学も優秀。