非魔法戦闘訓練2
「ひとつ、お聴きしてもよろしいでしょうか?」
「なんじゃ?」
「お名前を、お伺いしても?」
「おぉ!そうじゃったな。わしの名はメギル。メギル・ケンシン・イワモト。しがない侍じゃよ。」
エリスは聞き覚えのある単語を聞き逃さなかった。
「ケンシン・イワモト……?侍の源流と言われているイワモト流ですか?」
「なんじゃ、知っておるのか?魔法が使えぬはぐれ者が集まっただけの流派じゃよ。」
「いえ、この世界に侍と刀をもたらした始まりの侍。異世界人ケンシン・イワモトを知らない武人はいません。」
「そうか……、じゃが今最も有名なのはかの流派じゃ。関係者以外に流派名すら口にすることを許されぬがな。あれこそがこの世界の侍の形。剣技と魔法の融合系、ワシらの流派は所詮伝統があるだけじゃ。」
「例えそうだとしても、イワモト流の価値はあるかと。」
「そう言って貰えるとワシらも報われると言うものじゃ。まぁ、ワシは家元を譲ってここに来ておるからなんと言われようが関係ないがのぉ!ふぉっふぉっふぉっ〜。」
「そうでしたか……。イワモト流前当主にお相手願えるとは、巡り合わせに感謝を。」
服装をただし、改めて深く一礼をする。
「畏まらんでも良い。ワシは所詮死にかけのジジイじゃ、死ぬまでに広き世界を見てみたかっただけじゃ。そして今はこうして未来ある子らに魔法以外での生き残る術を教えてるに過ぎん。少なくとも、ワシは死ぬまでここにいるつもりじゃ、それまでであればいくらでも相手しようぞ。」
ハヤトはメギルと名乗るご老人とエリスの打ち合いを少し離れたところから見ていた。
エリスが放った突きは辛うじて見えたが、メギルの老体とは思えぬ一撃には驚愕した。
魔法を使ってないと言うことと、エリスの持つ刀が斬られたということから、いつの間にか刀を抜きエリスの持つ刀を斬ったあと鞘に納めたことだけは分かった。
「魔法を使わずにあの速度、早いってもんじゃないな……。」
「おう、ハヤト……だったか?何見てるんだ?」
ほとんどが武器を選んでいるか、教師相手に武器の手応えを確かめている。
そんな中でハヤトに声をかけてきたのは第二席のタケミカヅチ・コウキ。
手には盾とハルバードを持ち、今から試す様だ。
「えっと、コウキだよね。今はエリスが刀を試していたようだから見学してただけだよ。」
「ほぉ……刀か、それも悪くないな。んで、どうだったんだ?」
「正直にいえば、全くもって見えなかった。」
「へー、エリスってのはそこまでやるんかね。」
コウキはハヤトの言う見えなかった、をエリスのことだと勘違いしているようだった。
「いや違うよ、見えなかったのはエリスじゃなくて相手をしていた教師の方だよ。」
「なに?……あのおじいちゃん先生はそこまでなのか?魔法ではなく?」
「非魔法戦闘なんだから魔法はないよ。それに、魔法を使った形跡は全く感じなかったから。」
「……よし、決めた。俺行ってくるよ。」
「決めたって、なにを……」
話しかけておいて一方的に話を切り上げ、コウキはメギルの元へと走っていった。
「決めたって、そういうことね。」
きっと、見えなかったと言った一撃に興味引かれたのだろう。
自己紹介の時に盾使いのヘルメスのようになりたいと言っていたし。
「ねぇ、貴方。」
次から次へと話しかけてくるなぁ。と思いつつ振り返るとそこにはエリスがいた。
「びっくりしたぁ……、エリスか。」
「何勝手にびっくりしてるのよ。」
「それで、何か用かな?」
「貴方、さっき私のことを見ていたでしょ?」
「あぁ、気に触ったのならごめん。」
「そうじゃないわ……。私はこの中では一番強い自身がある、それでもいつ刀を抜かれたかすら分からなかった。」
「あははは……、あれは無理だね。あれで魔法使ってないとなると現状、手の施しようがないね。」
「ふむ、それは確かに同感だ。して、魔法ありだとすれば……」
「ハヤトだよ。」
「失礼。魔法ありだとすれば、ハヤトはどうする?」
「まず近づけさせない。仮に近づいてきたら高く飛ぶ、かな。」
「横にでは無く、縦に逃げると?」
「魔法が使えるのならまた別だけど、魔法が使えないのなら絶対に追いつかれない場所に逃げるのが一番安全だよ。特に侍は間合いと読み合いが特に重要になるから、横に逃げても必ず離れずついてくる。」
「侍についてやけに詳しいな、参考になる。」
「そんなことよりほら、始まるよ。」
二人が話をしている間にもメギルとコウキの準備が整ったようだ。
「よろしくお願いします。」
「コウキと言ったな。ハルバードと盾、まずはどちらから使う?」
「では、盾からでお願いします。」
「ではワシから攻撃するとしようかのぉ、段々と速度をあげるゆえ集中を切らさぬ事だ。」
コウキは返事の代わりに盾を構えた。
本当は大盾を使いたかったのだが、今のコウキには扱いきれる自信がなかったため、盾を使っている。
メギルは散歩をするかのような足取りで、盾を構えるコウキに近づいていく。
互いの距離が1メートル程になると無造作に鞘の先を盾に押し当てる。
なんでもない行動に思えて、結果はそうでも無い。
芯を突かれたコウキは思わず後退りをし、盾を体の前から外してしまった。
「っな!?」
「ほれ、まだまだ行くぞ?」
2歩、3歩とコウキが後退りするのに合わせてついてくるメギルは続けて鞘の先で突く。
先程と違うのは盾ではなく、コウキの体を狙っているということ。
これに何とか盾を滑り込ませることに成功したコウキは完全にバランスを崩し、尻もちを着いてしまい打ち合いは終了した。
「ふぉっふぉっふぉっ、盾の扱いはまだまだじゃのぉ。まずは立ち回りを理解し覚えること、あとは体幹を鍛えることじゃな。言わば基礎を学び、自分自身のスタイルに落とし込め。」
「アドバイスありがとうございます。」
「ふぉっふぉっふぉっ、これも仕事のうちじゃて。して、もうひとつも試すかの?」
「お願いします。」
「ねぇ、彼は雷霆の末裔よね?私も人のことは言えないけど、手も足も出てないじゃない。」
「エリスは暴風の孫?だよね。」
「えぇ、でも私と違って彼には異世界人の血が流れてる。遺伝的に雷霆と呼ばれる魔法を使えてもおかしくはないし、無意識に使っている場合もある。」
「つまりは……?」
「雷霆の魔道士は反応速度を限界まで引き上げる魔法を使っていたと言われている。それが全てというわけではないが、確かにその能力があることは確か。反応速度が早いということは次の行動へ移る時に、無駄がないということ。しかも今回はコウキの防御が無理やり成功させた形になる。それなのにメギル先生は一撃目と同じように芯を突いた。」
「反応速度が早いはずのコウキが反応速度でメギル先生?に負けたってこと?」
「簡単に言えばそうなるかな。」
「ますますあの人は何者なんだ……。」
「あの方は────」
二人の意識は既にコウキに向いておらず、ハルバードを手に持つコウキがさっきよりも善戦していることも気づいていなかった。
エリスはメギルがどのような存在なのかを熱心に説き、ハヤトは興味深そうにその話を聞いていた。
イワモト流開祖
ケンシン・イワモト(岩元 剣心)
異世界人の侍。
約千年前にこの世界に来たとされている。詳しい時期や場所は不明。
刀の文化を最初に持ち込み、自身のイワモト流の弟子の育成に力を入れた男。
イワモト流の侍は魔法を使わず、剣技のみを追求する流派。
イワモト・ケンシンが魔法を使うことが出来なかった(使い方が分からなかった)ことと、イワモト流に魔法という概念がなかったことから、現代まで非魔法戦闘を貫き通す流派である。
イワモト流は原初の流派とされており、世に広まるまでに数百年はかかったとされている。
これはケンシン・イワモトが辺境で子供相手に刀を教えていただけで、広めるつもりがなかったことが理由だ。