生存者
「(あぁ、私は死ぬのか……。)」
ミコトは意識を失う寸前、グシャリという音が聞こえた。
「(我が主……申しわけありま──。)」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ガイルと名乗っていた魔者と、ミコトが打ち合わせたその場に立っている影はひとつだった。
魔者から吹き出した魔素と、巻き上がった砂埃が晴れ、膝を折った状態で仰向けに倒れ意識を失うミコト。
それを見下げる全身鎧。
その手には魔者の核らしき漆黒の球体を握り締めている。
「ミ、ミコト様!」
ミハイルは体裁などかなぐり捨ててミコトの元へと走り出す。
ここにいるのはオオヅチ騎士団副団長ミハイルではなく、姉弟子と共に生きると決めた一人の妹弟子だった。
ミハイルの方がミコトより七つ歳上ではあるが、傍から見れば姉を心配して泣く妹である。
ミハイルがミコトの傍まで駆け寄ると、全身鎧は静かに告げる。
「死んではいないが、瀕死だ。今すぐ王都で治療を受ける必要がある。」
鎧の中で声が反響しているのか、聞き取りずらくはあったが聞き逃すことは無かった。
遅れて近くに来る騎士達は、突然現れた全身鎧に警戒心を見せるが、その胸に施されたエンブレムを見ると納得の色を見せる。
そのエンブレムが示すのは、この国の最高峰、十一騎士の証。
武器を持たぬ全身鎧に疑問を持つものはいなかった。
皆、そういうこともあるだろうと何故か納得していた。
「誰か!今すぐ王都へ連絡を!ミコト様の容態を伝えよ!」
「確か、ミハイルと言ったな?」
「はいっ、オオヅチ騎士団の副団長を務めさせております。」
「ミコトに応急処置を施すゆえ、ここに天幕と長椅子を用意させよ。」
「はっ!……聞いたか!今すぐに用意せよ!」
この場にいる誰も、恐るべき魔者のことを気にかける者はいなかった。ミコトが生き延び、魔者の姿も気配もないのならそういうことだろうと。
周りが慌ただしく動く中、全身鎧の男は思い出したかのように核を握りつぶす。
そして核はサラサラと掌からこぼれ落ち、風に飛ばされていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ハヤト達は離れた場所から戦いを見守っていた。
途中、刀を持った少女が現れ魔者を圧倒的していたが、最後の魔者のまさに死力を尽くした一撃で打ち負けもう逃げるしかないと腹を括っていた。
だが、蓋を開けてみると少女は何とか生きている様子で魔者の姿が消え、いつの間にか現れた鎧姿の騎士(?)が事後処理を取り仕切っていた。
「何が起こったのか、全く見えなかった……。」
「私もよ、普通はあんなのに勝てるわけないのよ。」
「恐らく、おそこにいる全身鎧の方は十一騎士の誰かなのでしょう。でなければ得体の知れない強さの理由になりません。何より、オオヅチの騎士たちが言うことを聞いているようですし。」
「なら、もう安全ってことかな?」
「少なくともここよりは安全そうね。他の冒険者も降りて行ってるし、私達も行ったほうがよさそうね。」
「同意です、我々も山を降りましょう。」
山を降り、先程まで激闘があった場所に戻ると、他の冒険者も戻ってきていた。
見渡すと、冒険者の数は三割近く減っていた。
それでも騎士団の損耗率に比べればまだマシである。
本来であれば、街ひとつの戦力で対抗しきれる相手ではなかったのた。
むしろ、よくこの程度の被害で済んだなと言ってもおかしくはない。
このオオヅチで起きた異形型戦は後世の歴史家から、『オオヅチの奇跡』や『戦乙女が微笑んだ』とも言われることとなる。
話を戻そう。
ハヤトたちが戻ってきた場所は、騎士団の詰所や冒険者組合出張所があった場所だが、先の戦闘で最早、瓦礫しか残っていなかった。
もちろん、冒険者たちが使っていた天幕なども見るに無惨な残骸となっていた。
「こういう言い方するのはあれだけど、僕達もなにか手伝った方がいいよね?」
「いえ、ひとまずはここで待ちましょう。下手に動いて、要らぬ情報を聞いてしまったりすれば……。」
「あえて言わないのが余計に怖くなったよ。」
「私たちはあくまで冒険者としてここにいる訳だから、戦闘が終わった今はある程度距離を置いた方がいいのは確かね。今はまだ全員がピリピリしているし、騎士団も生存者確認などで忙しいでしょうから。」
騎士団の損耗率は半分を超え、副団長の一人を失うこととなった。
とは言ってもまだ街に残っている騎士や、遠征から戻ってきていない騎士もいるので、本当の意味での半分ではない。
ハヤト達冒険者は、騎士団から休息を進言されるまで待つことになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
用意された天幕の中でミコトは、丁寧に寝かされていた。
ほぼ間違いなく全身骨折しており、無事な箇所を見つける方が簡単な程だ。
また、筋繊維も断裂し暫はまともに動くことすら出来ない。
そんなミコトは、全身鎧の騎士によって既に応急処置は済ませている。
骨を繋ぎ直せるほどの治療を施せる者はいないので、これ以上悪化させない程度のものだ。
手足には添え木ならぬ添え鉄がされ、念のため首も固定してある。
「助けていただき、感謝します。」
「この国の騎士として、当然のことをしたまでだ。」
ミハイルは優しく微笑んだ顔で首を振る。
「いえそういうことではなく、私個人としてのお礼です。」
「……そうか。」
「はい。私にとっての生きる意味はミコト様なのです。ミコト様が生きる道を示して下さり、間違えば正してくださる。だからこそ、私も全てをミコト様に捧げると誓いました。」
ミハイルは優しくミコトの前髪を整え、話を続ける。
「ですが今回、私は何も出来なかった。盾となることも、敵の隙を作ることも。割って入ろうものなら、ミコト様の枷となることは私にでも分かりました。」
「自らの力量を弁え、認めることは必要な事だ。」
「ありがとうございます。しかし、それでも私は己の無力さを突き付けられ、最後のあの瞬間、私は私の全てを失いかけました。」
ミハイルは背筋をただし、まっすぐ全身鎧の騎士に向けて頭を下げる。
「この度はありがとうございました。ミコト様と、私の希望を救って下さり、誠にありがとうございました。」
瞳に溜まった雫は静かに落ち、騎士は静かに頷いた。