防衛戦
「一挙手一堂を見逃すな!!ヤツは何をしかけてくるか分からんぞ!初撃は全力で止めろ!」
ガイルは様子見をするため、初撃を受け止めるよう指示を出す。
これで受け止めれるのなら徐々に出力を落とし、より長く戦えるようにする。
最大出力でさえ受け止められないのなら、作戦自体を変えなければならない。
何より、異形型は歴史的にも例が少なく、数百年単位でしか現れることの無い物だ。
王国にある文献にも当時のことが書かれているが、正直真実味が少ないものだった。
ただ、視認出来るほどの距離で理解出来たことはある。
恐らく十一騎士でも、勝てるとは思えない存在感。
核を覆う魔素の密度、まるで人型のような姿。
内包される魔素が全て解放されれば、街ひとつは余裕で破壊できるだろう。
ガイルはたらりと冷や汗を流しながら、魔者を観察していた。
魔者はマシな餌が何かを叫んだのを感じ、思わず飛びついた。
薄い餌が邪魔をするのでそのまま蹴散らすつもりで体をぶつける。
しかし、突如周囲の魔素が形を変えた。
「グギャ!?」
大盾隊はガイルの怒声とも思える指示により、人ひとりを覆える大盾の術式を起動させた。
この魔術具は大盾ひとつでは普通より頑丈になるだけだが、大盾同士をくっ付け隙間を無くすことで共鳴し、強度が増す。
大盾の数が多くなるほど、消費魔力は減り強度も増す。
大盾ひとつひとつが六角形を型取り、それを複数組み合わせることでハニカム構造の様に防御魔法が展開される。
もちろん衝撃も分散されるので、何とか耐えることが出来た。
もし、一人でも隊列を乱されたならこの集団防御術式は機能しなくなる。
ガイルは戦慄していた。
今の突進は、ただ単に走っただけなのではないかと。
そして、視線が自身に向けられていると。
しかし、幸いな事に防御は上手くいった。
あとは出力を落としながら試し、完全に防げるならそのまま囲い閉じ込めることも出来る。
戦場となっているここは街からも近く、後先を考えなければ応援が着くまでは耐えきれる。
そう、対処出来る人間が来るまで耐えきればいい。
決して倒す必要はない。
この異形型は、完全体なのか不完全なのかすら分からない。
最大の攻撃力は?
魔法は使うのか?
なぜ俺を狙っている?
もしかしたらヤツは言葉を理解して……
いかん、今は目の前のことに集中しなければ。
俺の判断ひとつで前線がいつ崩れてもおかしくはない。
「予備の大盾隊も出せ!術式の多重運用だ!魔法士隊と冒険者に合図をしたら魔法を放つように伝えよ!」
ガイルは考えるより指示を出す。
近くにいた騎士は予備隊に指示を出し、陣形を組み替えていく。
魔者が防御魔術にぶつかってから数秒経つが、未だに動かず見えない壁を観察している。
ガイルは陣形の変更を確認するなり魔法攻撃の合図を出す。
「総員、撃て!」
騎士団の魔法士隊からは焼き尽くす炎と雷の魔法が。
冒険者達からは様々な、しかし魔法同士が相殺しない属性の魔法か放たれた。
自陣は防御魔術により魔法攻撃の影響は少なく済んだが、魔者が居た場所は地面が抉れ、焼き爛れていた。
一部を除いて。
「嘘だろ……」「やつは一体どれほど」
「狼狽えるな!ヤツは異形型だぞ!全ての攻撃が足止め程度にしかならぬと心得よ!」
(それにしてもなんという事だ、あそこまでの火力が直撃してもビクともしないとは……。)
魔者は突然の魔法に驚きながらも、その結果に歓喜していた。
濃度が薄いと目にもかけなかった存在が、ここまで濃密な魔法を撃てるとは。
ひとつひとつでは物足りないが、全て喰らえば……
魔者は自身が内包する魔素が幾ばくか削られたのを理解し、更に喰いたくなった。
「グギャギャギャギャギャ!!」
魔者の凶悪な笑い声が戦場に響く。
魔者はひとしきり笑い終えると、目の前にいる餌を。
否、敵を喰らう為、飛び上がる。
蹴り飛ばした地面は、ボゴッと陥没し踏み込みの強さを証明する。
空高く飛び上がった魔者は、落下するスピードを活かし端にいた敵を頭から喰う。
口のようなものをガパッと開け、頭から順番に齧る。
魔者は、滴る紅を啜りながら思わず呟く。
「バグギ……」
騎士からすれば、それはあっという間の出来事だった。
魔者の姿が消えたと思えば、隣にいた同僚の頭が無くなっているのだから。
そして、それを理解した瞬間、目の前にいた魔者の異質さを肌で感じる。
同僚を殺したヤツが憎いなどとは思わない。
ただ、ヤツが呟いた言葉が、同僚を喰い殺した感想が、「まずい」と聴こえ、怒りが込み上げてくる。
「きさっ……ァ」
視界は黒い闇に囚われた。
そして……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ハヤト達冒険者は、前衛を務める騎士達の後ろで魔法攻撃をする準備を終えていた。
初撃で相手の攻撃力と防御力を測り、それ以降は任意の判断で動いてよしと副団長からは言われている。
これは騎士団と冒険者が連動することによって、攻撃パターンが敵に知られるのを防ぐ目的があった。
魔者にそれが理解出来るとは限らないが。
「合図だ!」
冒険者の誰かが、魔法攻撃の合図を知らせる。
(ここは最大火力で……)
ハヤトは練り上げた魔力を一気に解放し、より明確なイメージを作るために詠唱する。
(騎士団が炎ならそれを利用するか)
「《我が求めるは破滅の暴風、地を抉り、天をも貫く一撃となれ!!》ハリケーン!」
ハヤトが放った魔法は炎を、雷を取り込み、魔者に襲いかかる。
軽くレンガの家が吹き飛ぶ一撃に、炎と雷によって焼き尽くされる一撃となった。
「これで動けなくなってくれればいいんだけど……、そうもいかないよね。」
ハヤトは未熟な魔法使いであるものの、魔者の保持する魔素の量が僅かに減るのを確認しながらボヤく。
(僕でもこれだけ分かるんだから、上の人はどうするのかな?)
「二人とも、アレはほぼ無傷だよ。少しだけ魔素を削れたみたいだけど。」
「そう見たいね、私でもわかったわ。きっと魔法特化タイプじゃないかしら。」
「決めつけるのはまだ早いです。異形型を常識で考えては滅ぼされた小国の二の前です。」
「ダリアの言う通りだね……。アイツ、笑ってる?」
「不気味ね、姿形といい、あの声といい。まるで生物みたい。」
「もしかすると、異形型は生物を取り込んだ個体のことを言うのではないでしょうか。話によると調査に出た騎士が戻らないそうですし……っ!」
「消えた……?」
「二人とも、私の後ろに。」
冒険者の中で、魔者が飛び上がったのを僅かながらでも視認出来たのは数名だった。
ダリアはすぐさま盾を構え、二人に下がるように伝える。
幸い、こちらには来なかったが、前線の端が騒がしくなる。
「不味いです、ヤツは最前線の騎士を端から喰っているようです。」
「端から?」
「はい。いくら防御魔術を使おうとも、両端は開いています。正面からの攻撃には強いですが、横と後ろが弱点とも言えます。本来、それをさせないために、両端には実力のあるものを置き、対応出来るようにしていますが……」
「魔者が一瞬で詰めて喰ったと……?」
「恐らくは。詳しいことはここからでは分かりませんが、そう考えておいた方がいいでしょう。……もしもの事があれば、全てを捨ててでも逃げ延びてください。」
「なにを」
「私はあなたの護衛です。ここであなたを失う訳にはいかない!もとより、ここにいる戦力だけでは確実に負けます。負けて逃げるか、喰われて死ぬか、最終的にはそのどちらかしかありません。」
「……ッ!わ、わかった。けど、逃げる時はみんな一緒だよ。」
「……善処します。」
「ねぇ、それよりこの状況やばくない?さすがに味方を巻き込んで魔法は撃てないでしょ。かと言って打って出るのは無謀だし。」
「今は騎士団を信じて攻撃のタイミングを探るよ。攻撃が効くとはおもえないけど……。」