鉱山の異変
廃坑調査仮本部となっている鉱山麓の騎士団詰所に、冒険者が集まっていた。
ハヤト達が戻った一時間後には、ほとんどの冒険者パーティーが同じ違和感を感じたようで急遽戻ってきた。
「なるほど、今回調査した廃坑全てで魔物自体の数が少ないと。確かにそれはおかしいな、少なくとも昨日、変異種が見つかったと聞いてからは誰も入れていないはずだ。依頼を受け入っていった者たちが既に中に居ないことも確認している。念の為この件は上に伝えておく、皆には悪いが今夜は街に戻らずここで待機しておいてほしい。食事や天幕はこちらで用意する故、事が動くまで英気を養って欲しい。」
「ひとついいか?」
一番年上だろう冒険者が代表して手を挙げた。
「うむ、なにか?」
「見張りの順番はどうするつもりだ?」
「それは我らが引き受けよう。今、調査に出している部隊に戻るように伝えてある、時期に戻ってこよう。」
「了解した。それじゃあ俺たちは休ませて貰う。」
食事、天幕、夜間の警戒は騎士団持ち。
冒険者は状況が変わり次第、即時動けるように待機となった。
報告を終えた冒険者は、そのまま手配された天幕へ休みに。
副団長のガイルは今回のことを上に報告するため、詰所内へと急いだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「誰か早馬の準備を。直ぐに報告をまとめる故、準備出来次第私の部屋に来い。」
「了解しました、直ちに準備させます。」
ガイルは魔物に対して詳しい訳では無いが、過去に起きた事例を騎士団が纏めた資料は一通り読んでいた。
そして、疑問からひとつの仮説が浮かび上がっていた。
(もし仮に、仮説が正しければ間違いなく強力な個体が現れる。だが、確かな情報はない。万が一の時に打てる手を準備しておかなければ、多くの人が悲しむ結果となってしまうか……。)
ガイルは執務机で手早く報告をまとめ、暫くすると来た伝令に渡す。
「至急、第一騎士団本部に届けて欲しい。あくまで万が一に備えてだが、できる限り早く目を通して貰えるように伝えろ。」
「かしこまりました!では失礼します。」
「頼んだぞ。」
報告書を受け取った伝令は、すぐさま部屋から出ると用意した馬へと走った。
伝令にガイルに対する疑問や不信感はない。
それは皆がガイルの勘や、そこから来る行動を間違えたことがなかったからだ。
ガイルが万が一といえば、万が一起こり得る。
取り越し苦労で終われば、それに越したことはない。
用意した馬に乗るとそのまま街へ向けて走らせる。
馬車で三十分という短い距離ではあるが、馬を全力で走らせ駆けていく。
詰所に残った騎士たちは、万が一に備えての行動方針について話し合っていた。
「では残りの騎士たちが戻り次第、順次休息を取らせこれからに備えましょう。」
詰所近くに用意された大きな天幕内で部隊長クラスが今後について話し合っている。
ここには既に六人が居て、まだ戻ってきていない四人を待っている形となる。
今回の調査には、第一騎士団副団長をトップに第一から第三騎士団(数字によって主な業務が異なる。騎士団長は全て同じだが、実質的に運営しているのは各騎士団に二人いる副団長となる。ガイルもそのうちの一人。)の中から選ばれた計十隊。
一隊が部隊長含め十一人いるので、全隊で百十人+ガイルとなる。
オオヅチ所属の騎士団(正式に国に雇われている)がおよそ二千人。
全体の二十分の一の戦力が投入されている。
これは余程のことがない限り、十分に対処可能な数であるのは間違いないだろう。
「とりあえず今いる部隊から休息を取らせるとしよう。休息は三部隊ずつの三交代制として、余る部隊は予備部隊としてガイル副団長直轄として動いてもらおう。」
この場を取り仕切っているのは、第一騎士団所属の部隊長ナグリ。
基本数字が若い方が上と見られるがそんなことは無いく、彼がただ経験豊富なベテラン騎士だからだ。
同意を求める意を込め周りを伺うが反論はなく、話しは進んでいく。
「俺としては一番若い衆が多い部隊に予備部隊となってもらいたいのだが、皆の意見はどうだろうか。」
この天幕内にいる部隊長は三十代から四十代、ナグリが五十代に差し掛かるといったところ。未だ戻らぬ調査部隊に一人だけ二十代の部隊長がいる。
彼はまだ部隊長に就任してから日は浅く、経験が少ない。
そして、ナグリの息子でもあった。
しかし、消してナグリの息子だからという訳ではなく、未来を期待され若くして部隊長に昇格することが出来た。
「うむ、我々としては異論はないが彼が納得するか?」
「せねば力ずくで納得させるまでだ。あいつは親の俺から見ても才能も実力もある、しかし経験が足りない。それは部隊にいる奴らもだ。やる気に満ちているのは喜ばしいことだが、組織というものがどのようなものか理解せねばなるまい。」
「我が子可愛さでは無いことはよく知っていますよ。貴方は職務に忠実だ、だからこそ私たちはあなたの指示に従うことに躊躇いはない。」
「……うむ。ではこの件は俺から奴に伝えておこう。皆は部隊に戻りこれからの事を伝えてきてくれ。休息の順番は調査の時と同じで良いだろう。」
「では後程に。」
各部隊長が戻り、天幕にはナグリ一人となった。
「職務に忠実か……。俺は所詮、仕事しか出来ないだけだ。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
待機と言われたハヤト達は、用意された天幕で休んでいた。
「やっぱり魔物の数が全体的に少なかったようね。」
「全体的にって妙だよね?」
「普通であれば一部が少なくなることはあるのですが、全体的にと言うと変ですね。魔素の森が縮小したり、消滅していれば魔素溜りの影響が考えられますが、調査した騎士によればそれらに異変はなかったと。」
「だとしたら、考えられるのは共喰いかしら。」
「共喰い?魔物同士がってこと?」
「そう、前に一度組合の資料室で読んだことがあるわ。魔物同士が喰らい合い、その力を取り込んで行く。それが一回や二回ならたまに居るんだけど、中には数え切れないくらいの魔物を喰らう個体がいるらしいくて。それ以上は書かれていなかったけど、いい予感はしないわね。」
「まさかそれが異形型とは言わないよね?」
「残念ながら、否定は出来ないわね。なんせ記録まともに残っていないのよ?最悪の事態も想定しておかないと。」
「もし、そうなると今の戦力じゃ足りませんね。最低でも十一騎士ランクの何人かは欲しいところです。」
「まだそうと決まった訳じゃないわ、ただ単に魔素の濃度が減っただけかもしれない。それに、もしこの現象がそうだとしても、言えば混乱を招くだけ。それなら言わない方がまだマシよ。」
「こればかりは、騎士団の情報待ちだねぇ……。」
「今私たちが気にしてもしょうがないわ、ここは遠慮なく休みましょ。」