試験官
指定?された時間に冒険者組合に来ていた。
周りは仕事終わりだろう冒険者で溢れかえっていた。
始めてみる人間が入ることでジロジロ見られることも無く、テンプレのように絡まれる事もなく受付にて渡されていた木札をを渡した。
「はい、確かに確認しました。それでは案内しますね。」
見渡しての昼間の受付嬢は居らず、別の人に対応してもらっている。
受付嬢に案内されるまま、窓口の裏の奥にある勝手口から屋外試験場へと向かった。
「では、こちらでお待ちください。直ぐに試験官が参りますので。」
試験場はそれなりの広さがあり、十人くらいであれば窮屈せずに動くことが出来る。
そんな中に一人ぽつんと待たされるハヤト。ダリアは入口近くで待機しているので孤独感が凄い。
それほど時間が経たないうちに、昼間にあった受付の女性が来た。
「では始めようか。まずは私に攻撃をしたまえ、遠慮はいらない。」
「はい?」
「二度は言わないよ?本気で来なければ痛み目を見るのはそっちだ。」
「んん??!」
「鈍いな……。状況把握が全く出来てないし、身構えることもしない。減点。」
女性は混乱しているハヤトに構わず採点しながら迫ってきた。
そのまま驚きと混乱で硬直してしまったハヤトの懐に入り、背負い投げ……というより本当に投げた。
2.3m、若しかすると5mくらいは投げられたのかもしれない。
正直まだ混乱はしているがこのまま落ちると危険なのは嫌でもわかるので、必死に覚えたての魔法を使う。
「《風よ!我が身に纏え!》」
「ほう、風を使えるのか。ではこれはどうだ?」
何とか落下速度を緩め、空中で体制を整えることが出来たハヤトにすかさず追撃が来る。
ハヤトが魔法を使い、着地するよりも早くどこからか取り出した金属の棒で足元を薙ぎ払われた。
未だ空中にいる状態ではかわせる訳もなく、かと言って素直に金属の棒で脛を打たせる訳にもいかない。
「くっそ!《我が足に纏うは金剛の鎧!》」
すると、「ガキン!」とおよそ人体が発するような音ではなく金属と金属がぶつかるような音が響き、ハヤトは無事(?)に地面に降り立つことが出来た。
「なるほど、戦闘になると判断速度も魔法の発現速度も悪くは無いな。」
「……まさか、受付にいた人が試験官だなんて思いもしませんでしたよ。」
「相手の実力を見極めるのも、情報を集めることも冒険者として必要な能力です。兼業ならいざ知らず、専業なら余計に。」
「試験は既に始まっていたと言うやつですか?」
「……いえ、それは私の趣味ですね。」
「それはいいご趣味でっ!」
出来るだけ気付かれないように慎重に空気中の魔素を取り込み、一気に放出する。
発現させる魔法は火、発現時間は一瞬で範囲は広域。
見た目に反してなんてことのないはったり。
ハヤトは目眩し魔法を発現させた瞬間、前に駆け出し試験官の腹部を狙い拳を突き出した。
「発想はいいが、経験値が足りないな。気配を殺すことを覚えろ。」
「ッ!?ぐ……」
突き出した拳は試験官の腹部に当たる直前に片手で受け止められており、もう片方の手で鳩尾を打たれていた。
「能力はまぁ悪くない、これならよっぽどのことがない限り死ぬことは無いか。」
そして、そのまま意識が落ちた。
「ふぅ……、演技疲れたぁ。」
「お疲れ様です。」
「いいの?護衛対象なんでしょ?」
「手加減してくれてるんでしょ?それに、こういう経験は必要なことは分かってるから。」
「あら、あなたにしては珍しいのね。てっきりもっと冷たくしてるのかと思ってたわ。」
「普通の護衛対象ならそうしたでしょう。でも、ハヤト様は違う。この世界に来てまだふた月も経ってないのにギリギリとはいえ反応し、魔法を使えている。」
「でも、それだけじゃないのよね?」
「えぇ……。才能だけでも、ドレアス様ですら底がしれないと言っていた。それに、一緒にいると何故か落ち着かない。きっと何かすごい力が……」
「ほぅ……。つまり、彼に恋してると。」
「なっ……!?」
「あの堅物がねぇ?」
「け、決してそんなやましい感情など!」
「はいはい、さり気なく膝枕しながら言うセリフじゃないわよ。」
「こ、これは!」
「普通の護衛対象にそんな事しないでしょ。まぁいいんじゃないの?私もあなたも結婚していてもおかしくない年齢なんだから。」
「はぁ……。そう言うミリスこそどうなんですか?」
「私はその気がないからいいの。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ん」
「目が覚めましたか?ハヤト様。」
「ダリア?」
「はい。」
「僕はどれくらい気絶してたの?」
「二十分も経ってないですよ。」
「んー、手も足も出なかったなぁ……やっぱり経験不足か。」
「それは仕方がないです。というより、魔法使った時はさすがに肝が冷えました。あれだけ制御を覚えるまではと言いましたのに。」
「あー、ごめんごめん。でも、あのままじゃ不合格になると思ったから。」
忘れてたなんて言えるはずもなく、嘘にならない言葉で誤魔化す。
「とりあえずはいいです。ミリスが目を覚ましたら組合長室に来るように言ってました。」
「ミリス?さっきの人の名前?」
「はい、ミリスは私の学生時代の同期ですのでこうなってしまうこともまぁ予想はできていました。私を怒りますか?護衛失格だと。」
「ん?そんなことはしないよ。僕にとって必要だと思ったからそうしたんでしょ?さすがにそれくらいは分かるよ。」
「そう……ですか。ありがとうございます。」
お礼を言う彼女の顔は滅多に見ることの無い笑顔だった。