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鈴が呼ぶけど名残惜しい

 わたあめを食べ終えてからはずっと踊っていた。

 踊りに踊って矢倉を回ってお神輿を追い越して、そうしていたらもうすぐ九時になるくらいだ。ただでさえ電灯は最小限しかないど田舎だから、提灯から離れれば一寸先は闇。でも提灯だってろうそく一本分の灯りでしかなくて、自分の前に踊る誰かが本当に自分の知っている誰かなのか、――村人の形をした影法師でしかないのかも、わからなくなってくる。


 踊る誰かの上に揺れる灯りも。遠くに動く屋台の影も。漂うわたあめの匂いは私からしているような、後ろの妹の動きに合わせて薄まったりまた香ったり。それらが本当にあるのかわからなくなってくる。

 ただその中でただ一つだけはっきり認識していられるものがある。ずっとお腹に響いている太鼓の音、踊りのリズムだ。ずっとずっと踊っていられる。いやむしろ踊るのを止めることなんて、輪になった誰にもできないんじゃないかってくらい、これだけは確かに私と一緒にある。

 たとえ自分が踊り進む先にあるのが人のいる世界じゃないのだとしても。電灯ももうつかない、暗闇に残された廃駅に導かれていたとしても。きっとずっと私の中に響き続けるって、いや、でもそれは変だ。

 歩いてじゃなくて神輿に乗って帰らないと――遠くで鈴が鳴り始めているのが聞こえるから、もうそろそろ乗らなきゃいけない……。

 体がふらりと揺れる――その時また太鼓の音が響く。

 あれ? 私、何考えていたんだっけ――鈴の音がまた聞こえる。


 もう乗らないと――いや、まだ乗りたくないなぁ――




 ――たくさんの涼しい音が大きく聞こえてきて、そんな夢心地から覚めた。

 神様をお見送りする時間がきた。村のおじちゃんたちが揃って真っ白な甚平で広場に現れる。そして後ろから、同じく真っ白な浴衣を着たおば……おっととと、女性たちが、それぞれ小さな鈴を持っている。

 みんなの鈴が鳴っている。いや、ずっと鳴っていた。


 鈴が祭りの終わりを呼んできた。

 神様をお神輿に呼んできた。


 今もずっと鳴っている。神様を案内するために。


 この広場まであの小さな鈴を鳴らしながら村中を練り歩き、どこにいるのかわからない神様に呼び掛ける。きっと来てくれているのなら、鈴の音を聞いた神様はお神輿に入って運ばれていく。そして廃駅で村人を見つめて、山の上に帰っていく。

 もうこの村に住んでいるみんなには説明のいらない常識だ。


 広場に響いた太鼓は止まった。成り代わるのは鈴の音。

 提灯が広場からいくつか外されて、お神輿の先を照らす準備が始まる。きっと遥か昔から変わらないお役目を今日も誰かが拝命する。

 屋台の人たちはお見送りが終わった後に食べたい人の分だけ作って、もう店じまい。広場には祭りの熱気の代わりに涼やかな神域への期待が満ちる。


 一年の一日だけの神事が始まる。そしてあっという間に終わってしまう。いつもならこんなこと思わないで、ただ特別な日なんだとちょっとわくわくしているだけなのに、神様が来ているかもなんて聞いただけで違って見えるのは私が単純だからなのかな。それとは違う何かなんてあったっけ。さっきからなんだか落ち着かないのはどうしてなんだろう?


「お姉ちゃん!」


 はっとした。妹が慌てたような声で呼ぶから、私は慌ててかけつけた。


「どうしたの? けがしたの? 転んだ?」

「う、ううん、そうじゃなくてお店が閉まっちゃうから」

「お店?」

「あのお店。あのお面が欲しいの」


 自分の店のことだと気がついたおじちゃんが振り返る。その手にはおかめのお面。


「これかい?」


 おじちゃんが店の残りわずかな商品の一つであるおかめ面を掲げる。


「ううん、あの、狐さん」


 指差した先には暗闇でも目立つ白い狐面が飾られていた。


「あれか。千円だけど、お小遣いは残っているのか?」

「え、えっとどうだっけな」


 私の現在の所持金、……1050円也(瀕死なり)


「ダメかな……」


 そう言ってくる妹に私は迷わずお財布をひっくり返した。


「買った!」

「毎度ありぃ!」


 ふっ、これでお姉ちゃんとして妹を甘やかすラストチャンスを見事ものにしてやった。お財布はかごバッグの中で眠っててね。ちょっと今は直視したくない。

 ……なんてちょっとヤケになっている気持ちもあるけど、鈴の音を追いかけてそのまま戻ってこない自分を想像してしまったから、まあ、いいんじゃないかな。こうしてさっきみたいに、普通に過ごすのも。


「ありがとう、お姉ちゃん!」


 妹も喜んでいるんだしね。


「……本当にありがとう。ちゃんと持って帰るからね」


 ――そりゃそうだよ、なくさないでよ?


 そう言いかけて、その時に、鈴がまた鳴った――




「それでは出発だ。ついてくるものはそれぞれ提灯を一つずつ持ち、足元に気を付けてゆっくり進むように」


 食べ物屋の店じまいもほぼ終わりかけたところで、山本のじい様がやや曲がった腰をさすりながら広場にやって来ていた。お神輿を担げなくても廃駅に行かないという考えはないみたいだ。やる気満々で提灯を掲げている。


 お父さんたちはお神輿、お母さんたちはすぐ後ろを鈴を鳴らしながらついていく。最高にかわいくお狐面を頭にくっつけた妹と手を握って準備万端な私を含む、特にやることのない村人はさらにその後ろからつまずかないように、静かについていく。そう、静かに――


「よう」


 ――なんでだ。お神輿から遠い場所、お見送り行列の最後にいたのに見つかったんだろう。このバカ幼なじみに……。


「ほら、俺がいなくなってなくて安心した?」

「あんたは一年くらい神隠しされてた方がいい」

「なんで一年……」


 妹に似たようなことを言った気がする。やっぱり一年の差は大きいから、どうせ神隠しされるならこの差をきっちり埋めてきて欲しい。


「神隠しじゃなくドッペルゲンガーだと、どこかに連れていかれるんじゃなくて消えちゃうらしいけどな」

「それは嫌」


 私は今、右手に提灯、左手に妹という最強の構えをとっているんだけど、ドッペルゲンガーだといくら妹をつかんでいても守れないのかな?


「俺も嫌だよ」


 駅までの暗い道ではあんまりバカかずきの顔はよく見えない。でも付き合いの長さは裏切らなくて、笑っていたかずきが少し真面目な顔に変わったことだけは感じられた。


「なあ、ちい」


 昔から呼ばれているあだ名だ。そう、ど田舎であるがゆえに虫に馴れていて、怖がらない私に業を煮やしたこいつが毛虫を投げ付けてきて、大泣きした私を見た大人たちにこいつが説教されたくらいの頃にはこう呼ばれていたんだった。


「さっき、神様が来ていて、誰かがいなくなるかもしれないって思ったときに、誰がいなくなったら一番嫌なのかって考えたんだ」


 それは妹とやりとりしたのとは少し違った話だった。


「一番嫌なのか、じゃなくて、誰でも嫌だけど。でも私、さっきは自分がいなくなるような気がしたよ」

「おいやめろよ」


 お財布を見て現実に戻ったけど、とは続けられなかった。


「絶対にいなくなるなよ」

「自分で選べるなら、いなくならないよ。でもそもそも誰もいなくならないっていうのがいいんだからね?」


 最悪の話なんかしたくない。みんなみんなここでずっと暮らしてきたのが、このまま続いていって欲しい。それはダメなんだろうか。


 チリリリ――


 遠くから一際(ひときわ)大きな鈴の音が聞こえた。行列の先頭である灯り持ちの人たちが、あの廃駅に着いたって合図だ。


 なぜか満月でさえも、あの廃駅だけは絶対に照らさない。終わりのない闇が広がる中で蛍のような灯りが動く以外、あの神域は人の意思を受け入れないように見えた。


「大丈夫だよ、お姉ちゃん」


 道は暗くて、明るく話す妹の顔は窺えない。


「そうだね」


 私は答えた。かずきも言った。


「ちいも村に帰るんだからな」


 心配しなくてもそうするよ、なんて誰より廃駅から遠い場所でのやりとりなんか関係なく、お見送りの準備は進んでいった。

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