表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

何を楽しむかはそれぞれ次第

 大人たちほど綺麗にはできないけど、自分達で浴衣を着て、草履を履いて、和風な見た目で雰囲気を壊さないかごのバッグを装着。

 ふふふ。完璧。この文句のつけようがない日本のお祭りファッション。を、着こなす妹。天使すぎてお姉ちゃんは感激だよ。


「かわいいよ~ちひろ~」

「えへへへへへ」

「せっかくだから何か髪に飾る?」

「いいよいいよ! 早く踊ろう!」


 待ちきれない! とそわそわする姿もかわいい。そういえばもう七時過ぎだ。焼きそばでふくれたはずのお腹はもうへこんでしまったし、妹の言うとおり早くお祭りに行かないと。昼間は買わなかった、りんご飴やわたあめが私を待っている。


 純粋にお祭りを楽しみにしている妹と違い、食欲で動く姉。自分でも少しダメかなーと思うけどこれもお祭りの楽しみ方として正しいはずだ。うんそうだ。




 広場は昼間とは雰囲気が違っていた。満月の黄色い光以上に、たくさん吊るされた提灯のオレンジ色があちこちを照らしていて、屋台で作る人と買う人が笑っているところも、お神輿がそばに置かれた矢倉も、矢倉のてっぺんで太鼓を叩く男の子も、隅ではお酒を飲んでいる大人も、明るいけど少しぼんやりして見える。

 昼間は屋台もそんなにやっていなくて、人も少なくて、何もかもはっきり見えた。今の広場はちょっと目を離したらすぐに迷子になりそうなほど何もかも輪郭が曖昧で、活気づいていた。

 そして目を輝かせて今にも走り出しそうな妹。まずい、あっさり見失いそう。走り出されたらもう追いつける自信がない。


「ちひろ、はぐれないでね」

「大丈夫! あ、あれ食べたい!」


 出かける直前までは盆踊りを楽しみにしていたはずのまいすいーとえんじぇる、すっかり忘れてイカ焼きに目をつける……。

 やっぱり食欲が勝つよね。うん。いいよいいよ、かわいい妹と楽しいお祭りを過ごすんだからね、今日はお姉ちゃんが奮発しちゃうよ~!


「おっ、浴衣じゃーん! かわい~よ~ちひろちゅわわ~ん!!」


 ……でもそんな甘い一時にやってくる、空気の読めない奴がこの村にはいたんだった。うちの妹に妙なちょっかいをかけないで欲しいんだけど。とにかく思いっきりそいつを睨みながら妹を背中に隠す。まったくもう、妹が(けが)れそう。


「おいおいおい楽しいお祭りにそんな顔するなよ~」

「あんたが変なこと言ってくるからでしょ!」


 こんな奴が一番年の近い幼なじみだなんて。それもこいつの方が一歳年上だから町の学校では先輩として接しないといけないなんて、これだからど田舎は……!


「女子の着物なんてお祭りくらいでしか見られないし、いいじゃん」

「彼女にでも着てもらえば? 今日は呼んでないの?」

「俺に彼女がいないことを知った上での嫌みかそれは」

「学校ではいつもたくさんの女の子と一緒にいるでしょうが」


 こんな……こんな奴がモテると知った時の私のショックは並みのものではなかった。なぜこんな奴が。こんな変な奴なのに、みんな騙されている……。


「そんなことないけどな。男とふざけているのがほとんどだって。それより今年は神様が来ているらしいって聞いたぞ」


 お神輿が重たかったってじい様が喜んで言っていた話だ。でもそれ、本当にいいことなの?


「それさ、神様は村にとっていいことしてくれるらしいけど、代わりに村から誰か連れていかれちゃうって聞くんだけど」

「あーあれ? あの駅まで神様を神輿で送っていって、本当に神様が来てくれてたら神輿から出てきてくれるんだろ」

「でも村の誰かの姿をしてて、その姿の人はいなくなっちゃうんでしょ」


 小さい頃から聞かされた話だからみんな知っていることだけど、今考えると不気味。それって神隠しってやつじゃないの?

 もしかしたら私とか、このバカ幼なじみとか、山本のじい様とか、隣のおばちゃんとか、あそこで太鼓を叩いている子とか、もしかしたら、妹がいなくなっちゃうかもしれないのに。

 なんでじい様たちは喜んでいるんだろ。


「俺はなんというか、あー……あれだ、ドッペルゲンガーみたいな話だなって思ったな」

「ドッペルゲンガー?」


 なんだっけそれ。聞いたことがあるようなないような……。


「世界中探したら自分そっくりの人が二人だか三人だかいるんだってさ。でもそのそっくりな人に会っちゃうと、どっちかが消えてなくなるって怖い話だった」

「何それわけわかんない」


 自分とおんなじ顔の人に会ったら死んじゃうの? 絶対嫌なんだけど。いやそもそもどうしてお祭りなのに怪談なんて聞かされているんだろう。これじゃお祭りを楽しむどころじゃないじゃんか。

 これだからこの男は!


「あーもうそんな話しないでよバカかずき! この話は終わり! なんか食べてくる!」

「ごめんごめんって、まあ気にすんなよ」


 そう言うバカかずきはほっといて、妹を連れて今度はわたあめを購入。屋台のおばちゃんがにこにこと上機嫌でちょっと大きくしてくれたのが嬉しい。最初に買ったイカ焼きもちょっとまけてもらえたし、さっきの金魚すくいも最初のポイはかわいい子ボーナス! と言われてゼロ円だった。

 ……いつもならこんなことは起きない。みんな妹のかわいさについつい優しくしちゃうんだろうな。うんわかるよ、まるで私の財布の紐のごとくみんな気持ちがゆるーくなっちゃうんだよね~。それに、どれも喜んでくれるし。妹にあれこれ買ってあげるのがこんなに楽しいなんて知らなかったなぁ。




 大きなわたあめを食べるのは時間がかかるから、私たち二人はとりあえず広場の隅っこで休むことにした。これを食べたら踊るんだ。

 もう迷子になりそうな混雑はなくなっていた。かなりの人が一ヶ所に集まっているからね。


 盆踊りの輪は私たちが広場にやってきた時と比べて多くの人で出来ていた。矢倉は小さいけどそのそばにお神輿があるせいで自然と輪は大きくなるんだけど、人が少ないと一人で踊っているようになってしまう。それが今はちゃんと輪に見えている。


「ねえお姉ちゃん」


 ふと妹が声をかけてきた。


「さっき、村の誰かがいなくなっちゃうかもしれないって話してたでしょ?」

「ああ、あれね。でもよくわからないよ」


 電波やスマホみたいな科学の力で楽しく暮らしている今の時代に、神様とか神隠しとか本気で信じるような人なんてほとんどいなくなったとは思うけど、怖がらせちゃっただろうか。


「あのね……村から誰かがいなくなっちゃうのは、嫌?」


 妹は穏やかに聞いてきた。とても静かな声で、発言してたった一秒で祭りのざわめきに存在感をなくしそうなさりげない一言だった。でもね、お姉ちゃんだから、ちゃんと私は聞いているし答えるよ。


 神様が座る場所を布で隠してある以外は木で出来た、シンプルなお神輿を担いできたおじさんたち。お神輿を中心に踊るおばさんたち。真似をしている子供達。お父さん。お母さん。妹。そんな誰かがいなくなるのはね。


「嫌だよ」


 私は嫌だよ。


「私、この村が好きだからね」


 住んでいるみんなが、電車が来なくなって何十年も経つ小さな村が、夜の九時になると大きく鳴る時報の音も、夜の間ずっと忙しそうなカエルや鳥の鳴き声も、産まれてからそばにあった色んな何かが好きだからね。


「じゃあかずきくんも好きってこと」

「それは違うからね!」


 えんじぇるがとんでもないことを言い出した! ただしそれでもかわいい。なんて小悪魔。


「えー、かずきくんがいなくなるかもしれないんだよ?」

「あいつは一年くらい神隠しされててもいいよ」


 あんなんで私より一歳年上とか、絶対に認めない!


「お姉ちゃんは素直じゃないなあ」


 うふふふふ、なんて笑う妹はまさに天使。だけど、言っていることは事実と違う。これは全力で言い聞かせないと!


「ちひろ、あいつはとんでもなくふざけた奴で、私は昔に虫を投げられたし、多分町の女の子たちも違う意味で泣かせている奴だよ。いい、世の中にはね、調子のいいことを言ってるだけのろくでなしがいるんだから、そういうのに騙されないように気を付けるんだよ」

「かずきくんはろくでなしじゃないよー。女の子たちとはただの友達だって言ってたでしょ? 確かにお姉ちゃんのことはいじめすぎだと思うけどね」


 困った。妹はあんなちゃらんぽらん野郎の言うことを信じてあげるのか。天使、天使なんだけど、お姉ちゃんはちょっと心配だよ……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ