久々に遊びにやって来た
「自分達が作った駅が、とっくに電車が来なくなったあとに神社扱いされてるなんて知ったら、その人たちはどう思うんだろうね」
縁側でぼんやり外を見ながら時間を潰している私の、特に大きな意味のない言葉。妹は苦笑いしながら答える。
「一応、今でも駅として使われているから文句はないんじゃない?」
確かに、駅だけど。一年に一度のお祭りでお神輿が到着するだけだよ。電車じゃないし。それってやっぱり駅じゃないんじゃない?
妹は今度は苦笑いで誤魔化してきた。いいや、この話はもうやめよう。どうせ今日も、――そう、年に一度のお祭りでも、あの廃駅は一番の大舞台になるのだ。
私たちの村は山の上の方にあるど田舎だ。ど田舎だから都会のファッションだとか、映画館だとか、おっきな本屋さんだとか、きゃあきゃあ騒ぐようなものなんて全くない。それでも山の麓には大きめの町もあるし、村だけどたくさんの人が住んでいるし、何か困ったことは別にない。でもやっぱりど田舎だ。
こんな村に昔は電車がやってきたなんていうのがそもそもおかしいんじゃないか、と私は思うんだけど。でもあのぼろぼろの廃駅は学校や職場に移動する手段として、昔はとても大事にされていた存在らしい。
でもいくら大事だといっても、電車が来ていた時も今日みたいにお祭りの捧げ物の食べ物や色んなことが書いてある手紙みたいなものやいらない人形とかをあれこれ並べてなんかいなかったと思う。駅が駅としてがんばっていた時よりも、廃駅になっちゃって神様が勝手に利用している今の方が豪華なんて、なんだかなぁ。
「ちひろちゃーん」
村のおじちゃんたちが通りかかった。みんなすっきりした顔をしている。もうお昼はとっくに過ぎているから、この村と山のてっぺんにあるって話の祠との往復が終わって一休み、ってところなんだろうね。去年もこうして楽しそうに帰ってくるのを見たなぁ。
「お疲れさまー!」
爽やかに声をかける妹のきらきらした笑顔、ああ、かわいい。天使。おじちゃんたちも思わずといった様子でみんなにっこり。
「ほらほら、負けずに俺たちを労ってくれよー」
「お疲れさま~」
私は別に天使ではないので手を振るだけだ。それでも現役JKなのでおじちゃんたちから見たら愛嬌があるように見えるのか、みんなやっぱり笑顔だ。
「がはははありがとよ~」
「これで夜もがんばってくるよ~」
みんなはあっさりとどこかに行ってしまった。暑いし、早く家で休みたいんだろうな。お祭りはもう始まったけど、おじさんたちの一番の仕事はこのあとだもんね。
「お姉ちゃん、もうお神輿が広場にきたんでしょ? 早く行こう!」
「行こう行こう。まだ暑いし踊ってる人はいないだろうから食べ物だけ買って一度戻ってこようね」
「うん! じゃあ浴衣に着替えてくるね!」
お祭りが始まっていると知ってしまってもう待てないのか、喋りながら走って行ってしまった。元気だなぁ。一応現役JKだけどお姉ちゃんは走っていく元気なんかないよ。暑いもん。でもいくらお祭りだっていっても、ひとまず買い物して帰ってくるだけなら浴衣じゃなくてもいい。歩きにくいし。
「ちひろー!」
「なにー?」
とてもかわいらしいマイエンジェルの声が遠くから聞こえる。元気だなぁ。
「一回帰ってくるんだし、このまま行かない?」
「いいのー?」
「うん。早く帰ってこようね」
「わかったー!」
うわわ、いきなり目の前に我が天使が! あっちこっちに走っても元気だなぁ。ってさっきからこればっかり考えている気がする。もしかして私に元気がなさすぎるのかな。暑さのせいか、なんだか疲れている気がする。姉としてちゃんとしないと。
人が集まる前に、かき氷と焼きそばを買って家に帰る。涼しい家でお祭り気分を味わって、暗くなってからまた遊びにいくという完璧な計画を遂行するのだ。
そう気合いを入れて出かけたものの、勝手知ったる村の広場で買い物するだけだったから、特に姉として張り切る場面なんかないまま帰ってきた。ちひろは広場に置かれた古いお神輿や矢倉を見てはしゃぎ、かき氷に目を輝かせてと元気いっぱいだったけどね。
家に入ってすぐに、ちひろはリビングへと姿を消してしまった。待って、お姉ちゃんはそんなに機敏に動けないよ。置いていかないで……。
つい泣き言を言いそうになった私の後ろでまた扉が開いた。
「あれ? お母さん」
「あらちいちゃん、帰っていたのね」
広場では会わなかったけど、お母さんも外出していたんだね。私もお母さんも気が付かなかったみたい。
「家にいると思ってた」
お母さんはいつも夜の盆踊りにだけ参加するから昼間は家で過ごしていることが多いのに、珍しいなぁ。そう思って言った私に、お母さんは少し困った顔をした。
「うーん、それが今日はね、忙しいかもしれないの」
「どうしたの?」
「それがね、山の祠におじさんたちがお神輿を担いで行ったのよ。さっき帰って来たんだけど、一番の年嵩の山本のじい様が調子を悪くしちゃって。急だけど、うちのお父さんが夜は代わりになるんだって」
「えー、確かに今日は暑いけど、普段はあのじい様って元気なのに」
「そうよねぇ。ただ山本のじい様は、『今年の帰り道はお神輿が重たかった。神様がお越しになったぞ!』って喜んでるけどね」
「喜ぶくらいなら元気そうでよかったけど」
普段はあの廃駅に置きっぱなし――こんなこと言ったらじい様たちに怒られるから違う言い方をしよう。
廃駅に安置されているお神輿は、山の上にある祠に住んでいるという神様を村の男たちが迎えに行くためのものなんだとか。お神輿に神様を乗せて帰って来て、夜は神様が廃駅から帰るのをみんなでお見送りする、というのが今日のお祭りの大雑把な流れだ。
でも廃駅から帰るってなんだよ。電車なんか来ないよ。神様用の電車なんて存在したこともないよ。そうは思うけど、お祭りは楽しいので特に何も文句はない。
ただ、神様はいつもいつも毎年毎年、村に来てくれるわけではないみたい。たまーーーーにお神輿に乗って来て、ちょっと人間の集落を見て回って帰っちゃうらしい。見て回るついでに豊穣とか厄除けとかの色んないいことをしていってくれるらしくて、それが祀られている理由みたい。ものすごく気まぐれだと思うけどとにかくそんな神様らしいから、お祭りも年に一回だけで熱心に祈る人もあんまりいない。山本のじい様とかのお年寄りくらいかな。
「お父さんも張り切っちゃってね。ものすごく楽しそうだから、今年は私も鈴を持って一緒に着いていこうと思って準備しているところよ」
「じゃあ今年は踊らないの?」
「今年はやめておくわ。このまま草履だけ持ってもう戻らないと思うし。だからごめんね、私はいないから一人で楽しんできてね」
そっか、それは残念。神様が本当に来ているかどうかはともかく、お父さんががんばるならお母さんもお神輿の行列をやりたいよね。鈴を持って鳴らしながらお神輿のあとからついていくってやつ。仕方ないから娘はお母さんをお父さんに譲るよ。お父さんも喜ぶだろうし。
「大丈夫だよ。妹と遊んでくるね」
私はそう言って、まだ温かい焼きそばを頬張るために玄関から立ち去った。いつもとはちょっと違うけど、今年のお祭りも楽しもうっと!