1‐10 小さな一歩
どれくらいたったでしょうか、キャンプから乗ってきたウマが呼び笛もしていないのにそばにいました。彼はぶるる、と小さく鼻を鳴らすと顔を首筋に擦り付けてきました。
「そうだよね」
私の口から自然と呟きが漏れていました
「このままじゃだめだよね」
アマリィが暗闇の中で身じろぎするのが感じられました。
私は立ち上がってもう一度薪に火をつけました。周囲が照らされ始めるとうつむいているアマリィの姿が見えました。
「ねぇアマリィ」
アマリィがゆっくり顔を挙げて、うつろな目で私を見つめます。
「このままじゃだめだよ」
「……じゃあどうしろっていうのよ」
私をキッとにらみつけ、アマリィは立ち上がって叫びました。
「あんな規格外の化け物! どうしろっていうのよ! どうしようもないじゃない!」
「ちょっと落ち着いてって」
「落ち着いて!? アンタ分かってんの? アイツは川のこっち側から来てたのよ?
縄張りがこっちならいつまた鉢合わせしてもおかしくないじゃない!」
「そんなの分かってるよ」
「分かってないでしょ!? 次に会ったら助からないかもしれないのよ?」
「分かってるってば! でもやらなきゃ仕方ないじゃん! このまま帰るっていうの!?」
「そうはいってないじゃない!」
「じゃあやるしかないじゃん! いつまでもうじうじしてても何にもなんないよ!」
「どうにもならないから考えてるんじゃない!」
私もアマリィも肩で息をしていました。
にらみ合いを破ったのは、沢の方から聞こえてきた甲高い鳴き声でした。
瞬時にそちらに顔を向けた後に互いに目を合わせて、松明を片手にそちらに向かいます。
言葉を交わさなくても、アマリィも同じことを考えているはずでした。
思った通り、そこには小柄なメスのシカがかかっていました。
「「やった!」」
言葉では表しきれない嬉しさがこみ上げてきて、私たちは手を取り合って喜びました。