聖女になるのが嫌で逃げ出したらサキュバスに【魅了】スキルを授けられ、王宮に戻ったらなぜか女の子ばかりに好かれ困ってます
「聖女……ですか」
「そうです。ルシア様」
突然王都から田舎に訪ねてきたのは、きっちりとしたスーツを着こなした初老のおじさまだった。
いくつかの占い・魔術・予言によって今日この村にいる私が聖女と認定されたらしい。
……そんなことある?
私、農作業と料理ぐらいしかできない田舎者ですけど。
「王命によりあなたを連れていかねばなりません。……どんな手段を使ってでも」
ローレンと名乗った彼はそう言った。
聖女になる娘は天涯孤独の身であるというお告げがあったらしく、私もその通り血の繋がった家族はいなかった。
だけど村のおじいちゃんおばあちゃんたちは優しくしてくれていたし、みんなに迷惑をかけたくはない。
「……わかりました。王都、行きます!」
……というのは建前で、実は都会に行けるのがめちゃくちゃ嬉しかった。
こんな何も無い田舎からタダで都会に出られるなんて!
やったー!
* * *
……と、思っていた時期もあったんです。
実際に来て見ると、王宮は地獄でした。
「聖女とはこの国を古の魔神の呪いから守る存在で」
「その為には第一王子と聖女が結婚する必要があり」
「生涯その身を王宮の中に埋め、命を保護されて」
「……初耳なんですけどっ!!!」
宮殿の中の小綺麗な部屋に通され、そして綺麗なドレスに着替えさせられた後、お付きの世話係に聞かせられたのはそんな話でした。
「――聖女としか聞いてない!」
「言っておりませんので」
「王子と結婚しなきゃいけないとか王宮から出られないとか、そんな話全然聞いてなーい!」
「決まりですので」
文句を言って暴れたところで、誰も私の味方をしてくれる人間なんていなかった。
……辺境の小娘の話なんて、誰も聞く耳なんて持っていないのだ。
「――あらあら、そんなに大声ではしたない。これだから田舎者は」
そんな私の様子を見て話しかけてきたのは、赤黒いドレスに長い黒髪をアップにまとめた同い年ぐらいの少女だった。
彼女は小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、私に近付いてくる。
「どうせ田舎者が王宮に呼ばれたことで、舞い上がっているんでしょう?」
「そんっ……! ……な……こと、ないですけど……!」
――否定できないのがムカつく。
たしかに都会に夢見て来たのは事実だ。
だけどこんな勝手な仕打ちをされるなんて聞いてない……!
彼女は私の言葉を受け流しながら、手に持った扇で口元を隠す。
「あまりギャーギャー騒いで宮廷内の品位を下げないでもらえるかしら? 王子と結婚できるだなんて言っても、あなたは所詮ただのお飾り……。寵愛を受けた真の妃はべつにいるのですから」
「……は!? 何それ、聞いてない……!」
「あらあら、これだから世間知らずは。もうすでに我が姉、アーリエッタのお腹の中には王子の子がいるのですよ」
「――はぁ!?」
聖女と結婚するはずの王子に、既に子供がいる――!?
驚きを隠せない私に彼女は目を細めて笑う。
「そういえば、あなたが結婚したら私と親戚になってしまうわね。……私の名前はメルルーカ。お願いだから、私に恥をかかせないよう大人しくしていてちょうだいね?」
彼女はそう言うと、高笑いしながら部屋を出ていった。
――お飾りの王妃?
――捕らわれの聖女?
話が違う。
そんなの――全然聞いてないっ!
私の行動は早かった。
一週間後の結婚式が済めば、私は無事王子の正式な妃となってしまう。
その前にここから逃げ出す必要があった。
……まずはターゲット探し。
丁度いい背格好の少年が庭師の一人にいた。
私のドレスに縫い込まれていた宝石をちょっとだけ失敬して、彼を買収する。
買収は上手くいって、一週間かけて少しずつ彼の服を王宮内に隠してもらった。
――そして結婚式の前日。
わたしは国を挙げての結婚式に向けて慌ただしく準備に駆け回る人々の中、庭師の少年の服に身を包んでいた。
出入りの業者に紛れて、深く帽子をかぶって監視の目をかいくぐる。
――野山を駆けまわって育った田舎者の行動力、舐めんなよー!
そうして私は無事、王宮から逃げ出すことに成功したのだった。
* * *
「どうして人生は上手くいかないの……」
私は王都から逃げ出すべく飛び乗った馬車の中で、頭を抱えていた。
王都の外は魔物の世界。
だがそれはあくまでも比喩の話であって、本当に魔物がうじゃうじゃいるというわけではない。
……はずなのに。
「ぐわっ!」
「やめろぉ! 誰か! 助けてくれぇ!」
馬車の外にいる護衛だったはずの屈強なお兄さん方がなすすべもなく倒れていく。
どうやら相手はかなりの上位モンスターらしく、私は乗り合わせた他の乗客たちと肩を寄せ合って馬車の隅で震えていた。
どうやら話によれば、最近この周辺ではモンスターによる人間狩りが行われているとのこと。
捕まったら最後、魔族たちの国に連れて行かれて死ぬまで働かされるらしい。
……こんなことなら大人しく王宮にいた方が良かったかも。
一瞬そう後悔したそのとき、馬車の扉が開いた。
周りの乗客たちが体を強ばらせる。
「……六匹だね」
そこに現れたのはおっきなおっぱい……じゃなかった、露出度の高い服を身につけた人型のモンスターだった。
初めて見るが、噂では聞いたことがある。
男をたぶらかす夢魔種のモンスター――サキュバス。
「さぁ、お姉さんの奴隷になりたい子はいるかい?」
彼女は優しく囁いた。
すると隣にいた乗客のお兄さんやおじさんたちが「なる!」「なります!」と手を上げて、自ら外へと出ていく。
その異様な光景に、私は不気味さを感じた。
奴隷契約をする魔術は本人の承諾が必要だと言う。
なのに彼らは自ら望んで魔物の所有物になるというのだ。
次は私の番かもしれない――!
恐怖に耳を塞ぐ私に、サキュバスが近付いてきた。
「――おや? キミ、女の子? なんで男の恰好なんてしてるんだい?」
彼女は優しく私の耳元で囁く。
彼女はわたしの被る帽子をそっと取ると、首を傾げながら尋ねてきた。
「……一応、私たちにもルールがあってね。酷い扱いはしないよ。特に女の子にはね」
……私のこと、騙そうとしているのでは!?
疑ってみるも、どうにも彼女が嘘をついてはいないように見えない。
「何か事情があるなら話してごらん。力になれることがあるなら協力するよ」
信じていいのだろうか。
……でもどうせ、私には他に頼れる人もいない。
人間に頼る事ができないなら、いっそ――。
「……実は――」
私は王宮であった事を洗いざらい喋る事にした。
* * *
「それは酷いね……可哀想に。辛かったろうね」
意外にもサキュバスは私の話を聞き終わると、同情するような言葉をかけてくれた。
「私たちも魔族の間でははぐれ者だからね。頼る者がいない女の子の気持ちはわかるつもりさ」
そう言って彼女が後ろを振り返ると、別のサキュバスが馬車の戸の隙間からこちらの様子を窺っているのが見えた。
「あの子はサキュバスだけど、戦いでケガを負ってからはまともに暮らす事ができなくてね。私が拾って育ててる。……私たちは奴隷商人だし、キミたち人間を商品として扱っている事に言い訳をするつもりもない。だけど……」
彼女は笑顔で私の顔を見た。
「……もしキミが良ければ、わたし達と一緒に来ないかい? 悪いようにはしないよ」
……この人なら――人じゃないけど――信じていいかもしれない。
一瞬そうは思ったものの、私は首を横に振った。
その好意は嬉しいけれど、べつに私は人間が嫌いになったわけじゃないし。
……それに、魔物に混じって暮らしていける気もしなかった。
彼女は「そっか」と残念そうに言うと、その綺麗な指先をわたしのお腹に当てた。
「それじゃあ代わりに、これをあげよう」
「……えっ!? ちょ、なにを……!?」
彼女の指先に光が宿る。
――魔法!?
もしかして何か呪いでもかけるつもりなんじゃ……!?
相手が淫蕩の夢魔であるサキュバスなのもあって警戒するが、案外すぐにその光は収まった。
……お腹に変な様子は感じられない。
彼女は手を放して、クスリと笑う。
「何かあったときの助けになるよう、キミに【瞬間魅了】の魔術特性を授けたんだ」
「……瞬間魅了?」
聞き返す私に、彼女は頷く。
「誰かに向かって指をさして呪文を唱えれば、その相手を5秒間だけキミの虜にすることができる特性だよ」
「虜って……好きになっちゃうって事ですよね?」
「そう。よほど強い魔術抵抗でもない限りはね。5秒間だけど、キミにメロメロになる」
「そ、それはスゴいかも……。でも5秒でいったい何しろって言うんですか?」
「それはキミの工夫次第かな。キミの魔力……というか人間だと、その時間が限界なんだ」
彼女はそう言って私から離れる。
「呪文は使おうとすれば、頭の中に自然と思い浮かぶはずだよ。そして唱えている間は、キミの声は他人には聞こえない」
彼女は立ち上がると、私の被っていた帽子を自身の頭に乗せた。
「――これを使って好きな風に生きてごらん。私はキミのような女の子を見ると、つい応援したくなるんだ」
「……は、はぁ」
私が曖昧な返事を返すと、彼女は笑って馬車の扉をくぐる。
「……ここから街道沿いにまっすぐ行けば、日が暮れる前には王都に着く。――それじゃあ、幸運を祈ってるよ。お嬢さん」
そう言って横目でこちらを見つつ、彼女は馬車を出ていった。
* * *
しばらくすると、そこには馬も含めて誰もいなくなっていた。
きっと彼女たちが全てを持ち去ったのだろう。
私は行くあてもなく、王都へと歩き出す。
幸い山道で慣れた私の足腰なら、余裕で王都までは歩く事ができた。
夕暮れどきの王都のメインストリート。
人々の活気が溢れるその道の端っこで、私は一人途方に暮れる。
「……そうは言われても、一文無しじゃ好きに生きるも何も――」
「――あなた、どうしてここに!?」
聞き覚えのある声がかけられる。
声のした方を見ると、街を行く馬車の中から一人の少女が身を乗り出しているのが見えた。
あれはたしか――そうだ。王宮で会った、メルルーカとかいうイヤミな女……。
「あなたねぇ! 明日は結婚式なのにどこ行ってたの!? 王宮中があなたのこと探し回ってたのよ!?」
彼女はそう言いながら馬車を跳び降りると、こちらへと近付いて来る。
……マズい。従者でも呼ばれたら捕まえられちゃうかも。
ずんずんとこちらに向かって歩いてくる彼女に向かって、私は咄嗟に指を前に突き出した。
「何とか言いなさいよ、あなた! 田舎者のくせに、どれだけ私たちに迷惑かければ気が済むつもり!?」
頭の中に呪文が思い浮かぶ。
私はそれを口にした。
「――【MM5】!」
……何!? 今の呪文!?
私が自分が唱えた呪文に驚く暇もなく、メルルーカは近付いてくる。
「前から一度言っておきたかったんだけど、あなた――!」
そうして彼女は私に掴みかかってきた。
――ひぃっ!
さすがに魅了の呪文なんだから、男の人相手じゃないとダメか!
そんなことを思った私の前で、彼女は両手を広げる。
「――大好きっ!!!」
――そして、私に抱きついてきた。
……へ?
「……本当あなたって放っておけない人ね! もう、どこに行ってたのよ心配したんだか……ら……?」
メルルーカは私に抱きついたまま硬直する。
「……は? え?」
そして、困惑の声をあげた。
どうやら魅了の効果時間が切れたらしい。
……女の子にも効くんだ、このスキル……。
彼女はゆっくりとその手を話して、顔を真っ赤にしながら後ずさりする。
「ちが、違うの……今のは……!」
私は試しに、もう一度彼女に指先を向けてみる。
「【MM5】!」
「今のは『次に私を置いてどっか行ったら許さないから』って意味だからね!? わかってるの!?」
彼女はそう言ってこちらを指差したあと、正気に戻ったのかそのポーズのまま固まる。
次第に顔が赤くなり、涙目になっていった。
……どうやらこのスキル、連続使用も可能らしい。
勝手に彼女を魔法の実験台にする私の前で、メルルーカは自身の頬に両手を当てて叫んだ。
「なっ……何いまのっ!? すっごく胸が熱くなって……ていうか私、こいつの事こんな風に思ってたの……!?」
……混乱しているみたい。
面白いな、このスキル……。
私は彼女の肩に手を置くと、とびっきりの笑顔を作った。
「……私の事、心配してくれてたんだね! ありがとう、メルちゃん!」
「は、はぁ!? 何言ってんの!? 気安く呼ばないでよ! 誰がメルちゃんよ!」
「【MM5】」
「呼び捨てでいいに決まってるでしょ! あなたと私の仲なんだからっ!!」
彼女はそう言った後、頭を抱えてその場に膝から崩れ落ちた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ……!」
――こうかはばつぐんだ。
私は王宮を見据える。
……この力があれば、聖女でもなんでもやってやるのもいいかもしれない。
私はそんなことを思いながら、顔が真っ赤なままのメル(呼び捨て)と一緒に王宮へと戻るのだった。
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