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  マリッジブルー・イン・エレミア前編②


 オアシスを抱く町で保存食を補給したルカたちは、町で手配した馬車に乗って街道を走っていた。馬車を引くのはラクダ達。よく見る馬車より大きな窓を全開にして、ルカは風を感じて遠くを見つめる。


 町はとっくに後方の景色となっている。

 せっかくオアシスがあるんだ、と促すエクリクシスの言葉に従って、フォンテーヌを再び召喚して、彼には常若の国へ戻ってもらった。だから、今ルカのそばにいてくれているのはフォンテーヌだ。深く優しい魔力に気が安らぐ。

 エクリクシスがなぜ自分よりも彼女を側にと推したのかと言えば、彼女が一番魔力操作に長けているから。加えてエクリクシスは、魔力操作が一番下手なリュヒュトヒェンがいる間にどんなことがあったか、すれ違うよりも短い僅かな時間でフォンテーヌへと伝えたらしい。彼女は何度も何度もルカの体調を確認しては、リュヒュトヒェンの代わりに、と謝罪と溜め息をこぼしていた。


 かたたん、と言う小さな揺れに、ルカは少し前の記憶をなぞることをやめた。


 ルカが渡した魔力に加え、彼らが買い物に行く間に豊かなオアシスの水の魔力を存分に蓄えた彼女は、ひんやりした体でルカの頭に寝そべって、酷使した頭を冷やしてくれていた。

 ルカの頭の上から幾度目かの溜め息が零れ落ちてくる。

「あの子も、もう少し魔力操作が上手にならないとだめねぇ……。今度泉に風を運んできたら、捕まえてお勉強させなきゃ……」

 悩まし気な声に、ルカは窓枠に頬杖をつきながら目を伏せて笑った。車内を抜ける風は春風と言うには温い。

「仕方ないよ、だってまだ若いんだから」


 精霊の中でも自由気ままで気分屋な風の精霊は、魔力の質と量すらも気分によってころころ変わる。高位精霊ともなれば落ち着きが出るのだが、そこまで何百年もかかるのが風の精霊だ。

 子供は風の子と言うが、その風は随分長い時間を無邪気な子供で過ごすのだ。でなければ、あれだけ多彩な色をもって縦横無尽に空を駆けることもできないだろう、と言うのがルカの見解だった。


「若いって、精霊にも年齢があるんですか?」

 隣に座ってうとうとしていたカレンが、ハッとルカを見て、それから逆隣りにいるフィオナにも目を向ける。カレンの向こうから顔を出した彼女にルカは、どうぞフィオナ先生、と促すように視線を向ける。

 やっぱりルカは乗り物が苦手だった。前世は馬車に轢かれた猫かなにかだったのかも、と思いながら、必要以上に口を開きたくないルカは、窓枠にもたれてじっとフィオナを見つめていた。何度か目をぱちぱちさせてから、フィオナは微笑みを乗せた唇を開いた。

「ええ。年齢はありますよ。ただ、現世(コチラ)常若の国(アチラ)では流れる時間が少し違うので、大まかなものですけどね」

「へぇー……フォンテーヌさんは何歳なんですか?」

「あらあ、淑女に年齢を聞くなんていい度胸してるわね」

 くすくす笑って、フォンテーヌがルカの頭の上でころりと寝返りを打った。ルカの濃い琥珀は、あわあわしているカレンを映す。

「あたしなんか、もうおばさんよぉ。百はとっくに超えたもの」

「ひゃ、ひゃく!?」

 そうよぉ、と楽しそうなフォンテーヌに、ぐぐいっとカレンが顔を近づける。必然、ルカの目の前には彼女の胸部が迫る。香る柔らかい花の香りをごまかすように、ルカは半目で彼女のループタイを睨んだ。


「あの、あの、本当に百歳越えてるんですか?」

 ええ、とフォンテーヌが答える。ふすふすと鼻息荒いカレンがどんどん近づいてくるのを、ルカは顔を逸らして距離をとろうと身をよじる。

「えー、見えないです!」

「あら嬉しい。ね、ね、聞いてた? ルカもそう思うー?」

 弾んだ声に小さく笑いを溢しながらルカは破顔して笑っているであろうフォンテーヌを想像して静かに言葉を紡ぐ。

「君は出会ったころから変わらず麗しいままだよ、フォンテーヌ」

 やぁだぁウフフ、とルカの頭の上でコロコロ暴れるフォンテーヌに、カレンがルカに迫ったまま再び質問をしようと口を開く。彼女が首を傾げたようで、ループタイが小さく揺れる。

「じゃあ、あの風の……りゅ、りゅふ、りゅひゅ……」

 舌がこんがらがりそう、と少し体を引いたカレンの向こう、向かい側に座っているアルヴァが兜の下でニコニコしているような気がして、彼女を睨みながらルカは口を開いた。

「リュヒュトヒェン。彼女は五歳ですよ」

「ご、五歳……なんていうか、幅が広いですね」

「精神年齢で言えば、もっと幼いんじゃないかしら?」

 つい、と姉から視線を動かしたルカは、自分の向かい側に腰かけていてストールの隙間からにやついた赤紫をこちらに向けるケネスの脛を蹴る。


 ルカが彼女の質問に答える気がないことを察したらしいフィオナが微笑ましそうに笑いながら口を開いた。

「先ほども言ったように、向こうの世界は時間の流れが違いますからね。よくコチラとアチラを行き来する風の精霊は、他に比べて年をゆっくり取るのですよ」

 異なる世界に迷い込んで、戻ってきたら何十年後。時間のずれは異郷訪問譚にはよくあることだ。常若の国もその字が表すがごとく、国の奥へ奥へ行くほどに時間のずれが大きくなる。ルカはフィオナの言葉を記憶を引き出されて、昔、授業で学んだことを思い出していた。


 ふへぇー、と頷いたカレンの興味はフィオナに移ったようだ。好奇心は旺盛なほうなのだろう、彼女がフィオナを質問攻めにしている。離れた距離に何となくほっとしながらそれを眺めていたら、何か面白いお話? とでも言いそうなイグニアが、小さく揺れる狭い車内をのしのし歩いてやってきてルカの前にペタリと腰を下ろした。大きな金の目の中心、縦長の瞳孔を丸くしながらルカの足に顎を乗せた――やっぱり見かけよりずっと重い――イグニアがカレンをじっと見上げているが、彼女は気が付きもしない様子だった。


 イグニアと一緒になってカレンを見ていたルカの頭を、小さな手がぽんぽん、と撫でる。

「取られちゃったわねぇ」

「やめてよ、フォンテーヌまで。――静かでいいよ、この方が」

 言いながらルカは目を車内から窓の向こう、進行方向へと動かした。砂に煙る向こう側に、アングレニス王国で二番目に大きな都市が見え隠れしている。


 長い城壁のその奥、そびえるのは球体を突き刺したようなシルエットの塔。尖塔の多いイグナール城とはまた違った荘厳さと美しさで、エレミア城がそこにあった。

 砂漠都市エレミアまでは、あと一時間弱ってところかな。ルカはそう考えながら、ぼんやりとエレミアの都のシルエットを眺めた。


 砂漠都市エレミア。

 遥か昔はエレミア王国として地竜の加護の下、砂漠に君臨していたこともあるその都市は、何十年何百年経った今も、変わらぬ地竜の寵愛の下に麗しく花咲く歴史深い都だ。

 門で領主息子様が、子犬のようにしっぽを振って姉上を待っていたらどうしようか――とルカはそんなとりとめのないことを考えながら、馬車に揺られねばならない一時間をやり過ごすことにした。

 


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