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17. マリッジブルー・イン・エレミア前編①


 一行が歩みを止めたのは、朝日が顔を出してからだった。


「……もう、大丈夫だ」


 後ろの空を確認して、アルヴァがそう言った。その言葉が背に負われている自分への物だとわからないルカではない。

 燃えるように熱いヘリオドールに手を触れる。リュヒュトヒェン、と頭の中で声をかければ、なあに、と返事があった。


『もう、大丈夫。風を止めてくれていいよ』

『ええー、もう終わりなのー?』


 楽しくなってきたのにー、と言う言葉と共に、ルカたちを囲んでいた風の渦が孕んでいた炎を残して掻き消えた。行き場を無くした炎が不安定に揺れ動くのを、すかさずエクリクシスが手綱を取って空に逃がす。白い空に、炎は一瞬花を咲かせて消えていった。


 ヘリオドールから熱が引いていく。変換しきれないほどの異界の魔力の流れが止まったからだ。それと共に、ルカの頭痛も吐き気も収まった。

 ふうーっと大きく深く息を吐く。姉のうなじに額をすりつけてから、ルカは彼女の肩を叩いた。


「もう平気です、姉上。降ろしてください」

「ん、わかった」


 そっと砂漠の砂に足を着けたルカをアルヴァが振り返って、心配そうに見つめている。毎日の訓練のせいで厚くなっている彼女の手が、優しく優しくルカの頬を包む。じっと金の目でルカの濃琥珀をのぞき込んで、アルヴァは安堵の吐息を漏らした。


「うん、もう大丈夫そうだな」

「何が何がー?」


 ふわり、と二人の隣に下りてきたのは、先ほどまで風に溶け込んで空を舞っていたリュヒュトヒェン。ルカは不自然にならないように気を付けて手早く脂汗を拭って、リュヒュトヒェンに笑顔を向けた。


「何でもないよ」


 そっかあ、とにこにこ笑みを返してくる春風の精霊に、ルカはふと彼女がこちらに来た時に言っていた言葉を思い出した。


「ところでリュヒュトヒェン、あとどれくらいこちらにいてくれるの?」


 優しい笑みを浮かべたまま、ルカは彼女の頬を撫でて尋ねた。彼女は、うーん、と唸りながらくるりと仰向けになって空を見上げ、それから逆さまにルカを見た。


「もう帰る! またお仕事に戻らなきゃ、春風がないと起きないお花もいるしね!」

「そっか。ここまでありがとう、リュヒュトヒェン。とっても助かったよ」


 にっと歯を見せて笑いながら、リュヒュトヒェンの姿が淡くなっていく。ぽわぽわ、と集まる黄色の光球を纏いながら、彼女はルカに大きく手を振って光の収縮と共に消えていった。


 なんというか、忙しない方でしたね。

 その言葉は、オアシスと一体になった町を目指す前にとっている休憩で、朝食代わりのスープをちまちまとすすりながらカレンがぽつりと溢したものだ。


「風の精霊は大体みんなあんな感じですよ。上位精霊になるとまた別ですけど」


 ルカは閉じていた目を片方開けて、カレンを見ながら答えてやった。傍らで目を閉じて横になっていたルカがまさか起きているとは思わなかったのだろう、カレンがびくりと肩を揺らす。


「……わ、寝てなきゃダメですよ」


 体調悪いんでしょう? とカレンが心配そうに言う向こう側、小鍋を混ぜていたフィオナも顔をあげる。


「もう十分休みました」


 体を起こそうとするルカに、少し離れたところから声がかかる。


「いや、ルカはもっとしっかり寝たほうがいいよ」


 アルヴァの声だ。目を向ければ、自分と同じく砂に横たわって自分の腕を枕にしていたアルヴァの金と目が合った。徹夜が続いたのはあなただって同じでしょうよ、と返して頭を掻く。


「お前ら姉弟二人とも、寝ろっつったら寝ろよ、まったく」


 アルヴァの傍で干し肉をかじっていたケネスが呆れをおおいに含んだ声を姉弟に投げる。姉弟はそろって口元をもごもごさせて、ルカは起こしかけた体を横たえ、アルヴァは苦笑しながら目を閉じた。


「……エレミアの都についたら、宿をとろう。あそこは、領主が王室魔導士を嫌っているらしいから、彼らもそうそう簡単には都に入り込めないだろう」

 

 そう言えば、とルカはまだアルヴァが指名手配をされていたころのことを思い出した。

 イグナール城で出会った領主ご子息様(ラフ)はエレミアの都に届いた手配書を灰にしたと言っていた。流石に領主ご子息であっても、領主の断りを得ずにそんなことはできないだろう。


 ――エレミアで宿をとるのはいい考えかもしれない。あそこの宿は高いけど。


「まあ、あそこの都の宿は値が張っちゃうけどな」


 ルカの思考を読んだようにアルヴァが続けた。彼女の声にケネスが大げさにため息を吐いたようだった。


「寝ろって言ってんだ、聞こえなかったか?」

「ごめんごめん、寝るよ」

「謝る暇があったらさっさと寝ろ、アルヴァ」


 はいはい、と軽く返した姉の息遣いがゆっくりになる。薄く目を開けて二人を確認すれば、じっとこちらを見つめて干し肉を咀嚼するケネスの寄った眉の下、細くなっている赤紫と目が合ってルカは慌てて目を閉じた。


 休憩と、短時間の仮眠を終えた一行は、砂漠を歩いていた。オアシスの町ももう目前。先頭を行くアルヴァの頭を兜が覆っていた。


 そう、兜が覆っているのだ。


 カレンとフィオナの後ろ、しんがりを務めるルカとケネスの足取りは重い。間に入って二人と手を繋いでご満悦なイグニアだけが意気揚々と足をあげている。

 ルカは濁った目で前を見ながら、薄く開いた唇の隙間から重い息を溢す。


「……足の涼しさに慣れてきた自分が嫌だ……」


 ケネスはその言葉に答えるでもなく、顔と肩幅を隠すストールの隙間から濁った赤紫の瞳で前を見据えて、ぶつぶつ言っている。


「なんでまた女装……もういいだろ……王室魔導士いねえよ、多分……まだ素っ裸の方がましだ……」


 よろよろ歩く二人は、外見だけ見れば淑女だった。春と言えどほんのり熱い砂漠の日差しにやられた体の弱いご令嬢二人がふらつきながらも必死で歩いているように見えるだろう。

 実際は、女装と言う精神攻撃に心をやられかけている男二人なわけだが。

 モスグリーンのワンピースが風にあおられるが、そんなものは無視してルカは歩く。ケネスも、ワインレッドのロングスカートで精いっぱい足を大きく広げて歩く。

 イグニアだけが、楽しそうに二人の腕を振り回して歩いていた。


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