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16. 砂漠の澱と篝火の光①


 すっかり闇に飲まれた砂漠を星々の心許ない光が照らしている。月は、空に戻ってきた雲に飲まれて見えなかった。

 星空を食べる雲をじっと見つめて、それからルカは焚き火に目を落とした。


 嫌な沈黙が続いている。

 

 誰と誰が喧嘩してる、と言うわけでもないのに満ちる緊張は、一見寛いで岩に持たれているように見えるアルヴァから漏れ出しているものだ。

 片膝を立てて、剣を抱くように座るアルヴァの、うっすら開いた黄色がかった琥珀は静かに辺りを見回している。


 まるで手負いの獣のような気配だった。



 ――僕らに話して楽になったなんて、やっぱり嘘じゃないか。



 ルカは溜め息を押し殺してアルヴァの方を見た。

 アルヴァは右手を柄に絡めて、何かあればすぐに抜き放てる用意をしている。

 戦いの最中のように、ゆっくり静かに、糸のように長く息を吐いている彼女に、側に座るケネスでさえ声をかけあぐねている。唯一アルヴァとくっついているイグニアは、心配そうに上目で見上げながら、彼女の太ももに顎を――そう、太ももに、顎を、乗せている。


「……イグニア、ちょっとおいで」


 放っておくこともできなくてルカが小さく声をかけると、ルカの可愛い妹分はパチリとした金の目を彼に向けて、よっこいしょ、と起き上がった。そのままポテポテと歩いてくるイグニアを、焚き火の中からエクリクシスが見上げている。


 彼女の腹についた砂を払ってやって、ルカは自分の太ももをぽんぽん、と叩いた。小首を傾げるイグニアはのそのそとしゃがんで、さっきのように腹ばいになるとルカの太ももに顎を乗せた。ずし、と見かけ以上の重さが足にかかる。


「イグニア、人の姿の時は空を見るように寝たほうが楽ですよ」

 その言葉に訝しそうに寝がえりをうったイグニアの目が見開かれる。キラキラ輝く目がルカを見上げた。


「ね、この方が楽でしょう」


 そりゃあ仰向けのほうが楽だろう。フィオナとルカが押し込んだとはいえ、今のイグニアは人の形をしている。背と首をそらせて太ももを枕にするよりは、空を見て寝るほうが無理がない。


「んー……!」

 驚きを混ぜ込んだ抑えた声に髪をすいてやったら、イグニアは目を細めてしばらくルカを見上げてから、すっくと立ちあがりアルヴァの方に駆けて行った。ルカが教えたように仰向けでアルヴァの太ももに頭を預けたイグニアが、じい、とアルヴァを見上げているのを見つめる。普段なら笑みを浮かべてイグニアをかまうであろう姉が、じっと動かない。


 重症だ、と喉の奥で呟くルカはふっと視線を横に向けて、怪訝な顔をした。

 彼の横、伏せをした犬のような格好のカレンが焚き火に顔をぐっと近づけている。


「……あの」

 ルカが見ていることにも気づかず、カレンが恐る恐る、とエクリクシスに声をかけた。

「ん? 何だい、嬢ちゃん」

 自分から声をかけた癖に戻ってきた言葉にびくんと肩を揺らしたカレンが、ぺろ、と唇を舌で濡らし小さく口を開いた。


「あの……精霊さんなら、知ってるかな、と思ったんですが……」


 あの、ともう一度言って、カレンが更に顔を近づけた。丸い頬を、つ、と汗が滑っていく。なんだ重要な話か? と意識をそちらにやるルカの耳を、カレンの綺麗なソプラノが擽る。



「わたしずっと気になってて……あの、彼女――イグニアって、ご飯食べなくて大丈夫なんですか?」



 皆さん気にしてないみたいで聞けなかったんですけど、とカレンが真剣な顔でエクリクシスを見ている。焚き火の中の彼はちらっとルカを見上げて、それから小さく目を見張ってクスリと笑った。僕変な顔してたか? とついつい頬を擦りながら、ルカは二人を眺める。ここだけ緊張感が薄くなった気がして、ルカのまぶたがほんのり重くなる。


 まあ、その程度の睡魔には負けないけど。


 そう思いながら、ルカはゆっくり瞬きをした。


「……よおし、おじちゃんが教えてやろう! まず大前提としての話なんだが、精霊魔術に使った後の属性魔力ってどうなるかは知ってるかい?」


「ごめんなさい、わからないです」


「よしよし、じゃあ、最初から教えてやろうな。えっとな、精霊魔術に各属性の魔力を使うとな――」


 エクリクシスのしている説明は、ルカがグラディシア学校に入った五歳の頃に学んだ内容だ。


 火、水、地、風の四大魔力と、その他の属性の魔力が自然には溢れている。


 精霊や妖精、属性竜などが力を行使する――精霊魔術を使うと、その精霊魔術に対応した属性の魔力から、()()が抜ける。その属性の抜けた魔力と言うのは、常若の国に満ちるのと同じ人の心を壊す魔力――こちらの世界では負の魔力と呼ばれる物である。

 

 人の心を壊すとは言え、精霊を介して人間に渡らなければそこまで大きな影響を及ぼすことはない。せいぜい濃度が濃くなると人を躁状態、興奮した状態にする程度の物なので必要以上に恐れなくてもいい。

 

 ――その負の魔力が現世(こちら)を満たしてしまわないのはなぜ?


 カレンの質問に、エクリクシスはこう答える。


 ――負の魔力を喰って属性魔力を放出するのが属性竜なのさ。


 その言葉のとおり、属性竜は負の魔力を食べて、自分に対応した魔力を――火竜なら火の魔力、雷竜なら雷の魔力、といった具合に放出しているのだ。


「年に一回くらいはパンの一切れも食べるらしいけど、口から体に取り込むのはそれくらい。後は、負の――無属性の魔力を食って生きてるんだ」

 エクリクシスはそう締めくくってにっこり笑う。


「ふえぇー、そうなんですか……」

 そう頷くカレンの頬が真っ赤だ。これには口を出さずにいられなくて、ルカはカレンの肩を叩いた。

 炎にあてられた顔で、カレンがルカを見上げる。


「君、少し離れたほうがいいですよ。顔が真っ赤だから」


 ぼんやりルカを見上げていたカレンの視線が、ふいに彼の後ろに動く。


 つられて振り返れば、か細く輝いていた星は消えて、夜空を黒い雲が隙間なく覆っていて、どうやらここにある焚き火だけが、砂漠に灯る唯一の光源になったようだった。





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