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  いざ、砂漠へ! ――精霊魔術とは⑤


 風精霊のリュヒュトヒェンは、ぎゅっと自分の頬をルカの頬に押し付けて、クスクスけらけら、とても楽しそうにしている。抱きしめてやる代わりに、ルカは指でその小さな頭を撫でてやった。 


「ルカー! ルカだ、ルカだっ! ねぇねぇ、元気だった!?」


 彼女は言うだけ言うと、ぱっとルカから手を離して、少し離れたところにいるアルヴァとケネスとイグニアをつむじ風に閉じ込めて挨拶し始めた。そして今度はカレンとフィオナに興味を示したようで、苦笑を浮かべるアルヴァたちに見送られたリュヒュトヒェンはカレンとフィオナにじゃれついている。


 相変わらずの落ち着きのなさ。春一番を()()()ルカに知らせに来てくれた時と全く変わりのない様子に安心して、ルカは微笑みを浮かべた。


 彼女たちの傍までヒュウと風と共に飛んで、下から上まで巻き付くようにして確認したリュヒュトヒェンは、きらきらと楽しそうに笑みを浮かべている。


「ワタシ、リュヒュトヒェン! ゼピュロス(西風)さまの、春風の子! よろしくね!」

 身に纏った風でカレンの髪を乱しながら、リュヒュトヒェンはどこまでも楽しそうだった。落ち着いておっとりしていたフォンテーヌに慣れていたからだろう、彼女の勢いにどこかしどろもどろなカレンが口を開く。


「あ、えっと、わたしはカレンです。よろし――」

 彼女の言葉を聞き終えずに、元気な春風は今度はフィオナにあいさつに行っている。


 横結びの髪を乱されようが彼女が全く動じていないのは、彼女が契約――しかも恐らく本契約だ。彼女は常に風の香りを纏っている――しているのが風の精霊だからなのだろう。年若い風の精霊にはリュヒュトヒェンのように元気いっぱいで好奇心旺盛な者が多い。


「ウワー! おねぇさん、風の匂いするね!」

「初めまして、春風の子リュヒュトヒェン様。私はフィオナ。風の精霊様たちにお力を貸していただいているエルフです」

 どうぞよろしく、とふわり微笑むフィオナに、リュヒュトヒェンは大きく何度も頷いてから、思い出したようにルカの頭の上へと戻ってきた。


「ねぇ、なんで喚んでくれたの?」

 もしゃもしゃとルカの髪の毛で遊んでいるらしいリュヒュトヒェンの声に、ルカは、すり、と顎を擦った。

「砂嵐避けをお願いしようと思って。――あ、そうだ。ついでに、僕らの匂いを散らしてほしいんだけど」


 もし相手が匂いでルカたちを追えるような手段を持っていた場合の、保険のようなものだ。ルカは、どうかな、とリュヒュトヒェンを窺った。


「いいよ! 砂嵐避けと、匂い散らし……なんで匂いを散らすの? 狩りでもするの?」

 ルカの頭に陣取ったリュヒュトヒェンが彼の目の前に逆さまに顔を出しながら首を傾げている。

 好奇心に満ちた大きな黄色の目に、ルカは簡単に現在の事情を教えてやった。


 聞き終えたリュヒュトヒェンは目をぱちくりさせて――もしかしたら、ルカの説明の半分も聞いていなかったかもしれない。それくらい、彼女の興味は四方八方へ向いている――頷いた。「ルカたちって大変なんだねぇー」と言うと、リュヒュトヒェンはルカの頭のから飛び立って、ぐるりぐるりとオアシスを、ルカたちの周りをまわり始めた。

 イグニアが目を大きくしてリュヒュトヒェンを追っているが、彼女が風に溶け込んでからは不思議そうに鼻を鳴らして周囲を見回しはじめた。


 オアシスの外に砂が巻き上がるが、内側は凪いだものだった。


『ねぇー、ルカも一緒に()()()しようよぉー』

 お願いおねがーい、と脳内に響く媚びた声に、ルカは苦笑して頷いた。


 右手をあげて、空を混ぜるようにくるりくるりと伸ばした人差し指を回すと、それを待っていたようにルカに風の魔力が流れてきた。

 ヘリオドールを通して伝わる魔力は彼女の性格を表すようにムラがある。弱い波の時はいいのだが、ぐん、と強く風の魔力を流されると、ヘリオドールを通しても魔力が変換しきれずにそのままルカに渡ってくる。


 つきりつきりと痛む頭をリュヒュトヒェンに悟られないようにしながら、ルカは彼女に合わせて指を振る。


 きゃあー、と幼子が興奮して笑うような声をあげて、空気に溶けて見えないリュヒュトヒェンがルカたちの真ん中から空へ向けて昇っていったのを感じたのは恐らく、宝石で繋がっているルカだけだ。一瞬遅れて風が、ごぉ、と立ち昇っていく。金の髪をなびかせたカレンが、驚いたように空を見上げた。


『やっぱりルカと風遊びするの、たっのしー!』


 ルカの脳内と空とに同時に響いたリュヒュトヒェンの声とともに、オアシスの上をまばらに飛んでいた雲が散り散りに消し飛んで、後には抜けるような青だけがそこに残っていた。




 リュヒュトヒェンによって作り上げられた砂嵐避けの風の壁――結果的に匂いの遮断にも役立っている――のおかげで、ルカたちの髪に今以上に砂が潜り込むことはなかった。常にそよ風が吹いているように風の壁の中の空気が動くから、春とはいえ、よそに比べると少し暑い砂漠を行く旅が随分楽になる。


「でもさ、ルカー。せっかく喚んでくれたの、とっても嬉しいんだけど、ワタシ、まだお仕事残ってるから、ちょっとしかいられないよ」

 さくさくと砂を踏むルカの周囲をくるくる飛び回るリュヒュトヒェンが詰まらなそうに言う。


「そっか、まだ春風を届けるんだね。あと、どこにいくの?」


「あのねー、こっちの世界は狭いからお仕事はもう終わったんだけどね、常若の国のあっちとこっちと、あと向こうの方がまだなんだよねー」


 ルカと手をつなぐイグニアの頭に腰を落ち着けたリュヒュトヒェンが足をプラプラさせながら身振り手振りで教えてくれるが、あいにく常若の国に行ったことのないルカにはどこがどこやらわからない。微笑みながら「そうなんだね」と返すルカの横、イグニアが寄り目気味にリュヒュトヒェンを見上げようと頑張っていた。


 それから、一行は黙々と砂漠を歩いた。唯一元気なイグニアが、空を舞って遊ぶリュヒュトヒェンを追いかけて楽しそうに目を輝かせている。流石に足場が悪いとキツイらしい、今度は一緒に先頭を歩いているアルヴァとケネスも口数が少なかった。


 やがて砂漠は赤に染まり、一行はもうすぐ夕闇に捕まりそうになりながら歩を進めていた。

 先頭を行くアルヴァたちの前、大きな岩がいくつか転がっているのを眺めていたら、アルヴァとケネスが何事か話してからこちらを振り返るのが目に入った。


 自然と足を止めるルカの横、カレンがへたり込みそうなのを膝に手をついてやっと堪えているようだった。


「アルヴァ―、どうしたのー?」

 勢いよく飛んできたリュヒュトヒェンを事もなげに捕まえたアルヴァの腹にイグニアが体当たり同然に飛びつく。たたら一つ踏まずに受け止めたアルヴァは、一瞬見せた難しい顔を隠し、ルカたちに向かって微笑んで口を開いた。


「……今日はここで休もうか」


 姉の言葉に、ルカはケネスに目を向けた。大丈夫なのか、と視線で問うと彼は苦い顔を返してくる。ルカは姉にかける言葉を探しあぐねてため息にすると、ショルダーバッグから火竜の牙のナイフを取り出した。


「お泊り? わーいわーい! みんなと一緒にお泊りー!」


 無邪気なリュヒュトヒェンの楽しそうな声が、暮れゆく砂漠を抜ける冷たい風に紛れて消えた。 

 



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