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  いざ、砂漠へ! ――精霊魔術とは③


 森の中で夜を明かした一行が砂漠への橋へとたどり着いたのは、その日の昼前だった。橋、と呼ぶには少し頼りない物の下を、結構な急流が流れていく。川の音を聞きながら、一行は昼食をとって橋を渡った。


「んー、三年も経つとやっぱり森って結構変わるなぁ」とは対岸へと橋を渡り切って、森の方を振り返ったアルヴァの言葉だ。嫌に明るい声に、ルカは姉の目の奥を見ようとのぞき込むが、アルヴァは素早く振り返って歩き出してしまった。


 今、先頭を歩くのはアルヴァだけだった。ケネスはしんがりを務めている。

「……大丈夫かなぁ」

 前を行く姉の背を見ながら思わず溢した呟きを拾ったのは、ルカと手を繋いでいるイグニアだけ。



 前に砂漠に行った時(三年前)もこの道を通ったんだよな。じゃなきゃ橋があるって知らないだろうし。

 ……三年前をなぞるような行動で、記憶が想起されないわけがないよな。


 そうは思うが、下手に声をかけるのも憚られる。姉との間に空いた数メートルが、嫌に遠かった。

 イグニアが金の目でルカを見上げているが、憂いを帯びた目で前を見るルカは気が付かない。しばらくルカを見上げて歩いていたイグニアの目が、何か思いついたように瞬いた。

「……んー。ん! んー!」

 自分を見上げながら繋いだ手を大きく揺らすイグニアに視線を落としたルカは、表情から憂いを消して妹分を見下ろした。

「ん? どうしたのイグニア……ああ、姉上のところに行くんですね」

「んー!」

 転ばないようにね、と言いながらゆっくり手を離したルカに、イグニアがほんのり目を細める。鱗と爪が物騒なごつごつした手でルカの腕を優しくポンポン、と擦ってから彼女は駆け出した。

 



 イグニアと手をつないで歩いていたアルヴァの足が止まる。

 理由は後ろを歩いていたルカにもすぐにわかった。


「着きましたね、砂漠に」

 カレンの声に、アルヴァが振り返った。

「――うん。ここからもう少し進むと本格的に下が砂になって歩きにくくなると思うけど、頑張ろう」

 その整った顔に一瞬苦みが浮かんだのを見逃すルカではないが、しかし、声はかけられなかった。

 言葉の代わりのため息が渇き始めた風に攫われていく。

 

 自分が姉の力になれるのかどうか、それに関しては、フィオナの励ましのおかげでルカはもう悩んではいない。

 目下の悩みは、彼女の心の奥底、かさぶたの奥にしまい込まれた記憶だ。

 人の体の不調を取り除くすべは、ルカだって持っている。その人に合わせて薬を調合すればいい。


 しかし、心はダメだった。


 上辺だけの付き合いの人間の悩みには簡単には、生ぬるく甘くて優しいアドバイスを返せるルカだが、深く自分を知る相手、殊、家族や親友へとなると、全くダメだった。


 優しくなんて励ませない。つっけんどんに言葉を吐いて、きっと姉上を更に気落ちさせてしまう。


 ルカは植物が少なく乾燥した地面を睨んだ。

 心のケアは、アルヴァの得意とするところ。彼女は上手に相手に寄り添って、相手に合わせた言葉を贈る。時に優しく時に厳しい言葉は、落ち着いた柔らかい中音で相手の鼓膜を揺らして心の傷までしみ込んでいく。


 姉上を励ますのがうまいのは、とルカはちらりと後ろに目をやった。ケネスは周囲を警戒しつつ、心配そうな顔をアルヴァに向けている。普通なら彼女に駆け寄るケネスが大人しくしんがりを務めているのは、その彼女に「ここからは障害物が減るから」と後方の警戒を頼まれたからである。



 どうしよう。本当にそっとしておいて大丈夫なのか? でも僕の励まし方は『ナイフでめった刺しにした後にその傷の一つ一つに軟膏を塗られる感じ』らしいから、黙ってるべきだ。……いや、でも、やっぱり下手でも声をかけたほうがいい?



 そんな風に考えを巡らせて難しい顔をするルカの顔を、砂の混じった風に弄ばれる髪が撫でていく。鬱陶しそうにかき上げたルカに、隣から声がかかった。


「ヘアゴム、使いますか?」

 返しましょうか、とカレンが自分のポニーテールを指している。

「返してくれるんなら、そりゃ助かりますけど、君は? 解いたら鬱陶しくなるでしょう」

「わたし、首の後ろが涼しいとなんだか気が落ち着かなくて……」

 だから返します、とカレンがしゅるりと金糸をくくっていたゴムを抜き取ってルカに差し出している。

 森にいた時よりも広い空から降り注ぐ太陽の輝きを空へ帰すように煌く金の髪は、癖の一つもつけることなくフワリと彼女の背中に落ちて行った。 


 それじゃあ、と返ってきたヘアゴムで髪をハーフアップに適当にくくって団子にしたルカがまた思考の海に戻る前に、再び声がかかった。


「ああ、ルカ、駄目だわ。ここ乾燥しすぎてどんどん魔力を吸われてる」

 ルカの目の前まで降りてきたフォンテーヌが、申し訳なさそうに眉を下げながら続ける。


「誰かと交代してもいいかしら?」


「そっか、そうだよね。ごめん、気づけなくて……」

 そう言いながら、ルカはショルダーバッグを探って本の形の小物入れを取り出した。歩きながら、落とさないように気を付けて小物入れを開いたルカの手元を、隣からはカレンが、前からはフォンテーヌがのぞき込む。


「わぁ……宝石がいっぱい……」

 なんでこんなに? と言う彼女の疑問に答えたのは、フワフワと後ろ向きで飛ぶフォンテーヌだった。


「こっちと常若の国(向こう)を繋ぐ道で、毎回同じところに出るのって稀なのよ」

 くるん、と仰向けになってクッションを抱きしめるフォンテーヌが続ける。

「そうすると、もし素敵な人に出会っても、もう二度と会えない、なんてことも多いのよねぇ」

 素敵な人、と言うところでルカを見てウインクするフォンテーヌに、ルカは照れたように微笑んで、それからそっと、リングブレスレットの台座からアクアマリンを取り外した。


「それって悲しいじゃない? だから、ずっとずっと昔の精霊は気に入った人間が居たら自分の魔力でマーキングしてたの。そうすると、自分がどこにいても、その相手の声が聞こえるようになるのよ」


 ふんふん、と宝石とフォンテーヌを交互に見ながらカレンが頷いている。

 

「でもね、あたしたちの魔力は、そのまま人間に触れさせちゃうとその人の心を――壊しちゃうの。昔はね、心を壊しちゃったら、常若の国へ連れて行って、ずっとずっとその人と暮らしたらしいんだけど……」


 それも悲しいじゃない? 


 静かなフォンテーヌの静かな笑みに、カレンが小さく頷いた。

「だから、昔の精霊たちがね、気に入った人間と一緒に、楽しく過ごせる方法を探したの。で、それが宝石(コレ)なのよ」


 彼女はうつぶせに戻って、ルカの手からアクアマリンを受け取った。


「宝石って、魔力を貯めこんで世界に合ったカタチに変えるのが上手なの。自分の魔力に合った宝石を見つけると、精霊は魔力を込めて、それでね、気に入った人間に渡すのよ。そうすると、人の心を壊さずに、いつでも会いに行けるようになる。昔、宝石は、こちらとあちらを繋ぐ鍵だったのよ」


 アクアマリンを撫でてから、それを小物入れのクッションの上に寝かせたフォンテーヌが顔をあげた。

 彼女の言葉を引き継ぐように、ルカが続ける。


「それを、今は精霊魔術師が利用してるってわけです。昔は精霊から受け取っていた宝石を、今は僕らが差し出す。そして、そこに魔力を込めてもらうことで――僕たち人間の短い一生に、精霊たちを巻き込むこともなくなる」


「寿命に巻き込む?」


「ええ。今、フォンテーヌが君に教えた通り、魔力でマーキングをする他に、もう一つだけ、人間と精霊が繋がる方法があるんです」

 

 しゃくしゃく、と砂の多くなってきた地面を踏みしめて歩きながらルカは口を開いた。



「本契約」

「本契約?」



 オウム返しにするカレンに頷いて、ルカは目の前を漂うように浮かんでいるフォンテーヌに手を伸ばし、そっと指を触れたせた。ひんやりしたフォンテーヌの頬をくすぐると、彼女は幸せそうに目を細めた。


「ええ。今、僕とフォンテーヌたちが交わしているのは仮契約。宝石を介した繋がりで、精霊魔術の行使権を借りている状態です」

 本契約とは、とほんの少しだけ目を伏せたルカはフォンテーヌの頬を指で優しく撫でながら続ける。



「命を繋げること。人間の短い命に、彼らの命を混ぜ込んで、そうすることでその精霊魔術師は人間でありながら精霊と同等、もしくはそれ以上のことができるようになるんです」



 あたしはそれでもいいのに、とフォンテーヌの蕩けるような声が砂に浸み込むように落ちて行った。



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