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  手紙と翼竜②


『陛下が、何をするにも王室魔導士に意見を問うようになったらしい』


 エヴァンの口から出たその言葉は、ほんの少しでも陛下に謁見する機会があった者には到底信じられないものだった。


 アングレニス王国国王、ルウェイン。

 勇猛果敢にして思慮分別を知る、民を導くために生まれてきたような人物。貴族からも平民からも慕われている名君だ。

 圧政を敷くことも、何者かの言いなりになることもない。そんな、竜歴史上屈指の賢王と名高い彼は、大勢の意見を聞いてまとめ上げることは多々あったが、自分の行動の全てを他者に決めさせることなど決してなかった。


「父上、それは本当ですか」

「エヴァンさん、本当なんですか」


 固まって目を見開いていたアルヴァとケネスの声が重なる。エヴァンは重い息を吐いた。


「……まだ、噂の段階に過ぎんがな」


 ルカは、夜に飲まれ始めた空から目を逸らした。いくら城の方角を睨もうとも、そこで何が起きているのかわかるわけでもない。

 切り替えるように父に目を向けると、エヴァンのブラウンの瞳とかち合う。ルカは静かに父を見ながら口を開いた。


「父上は、ただの噂とは思っていないんですよね?」


 ルカは確信を持った声を投げる。


「なぜそう思う?」

「陛下に関する話で、父上がたかが噂を根拠にするわけ無いからです」


 ルカが言い切ると、エヴァンは腕組みをして先程までのルカのように窓の外を見つめはじめた。しばらく闇を映していた瞳が伏せられる。そんな彼の口が、一瞬奥歯を軋ませてからゆっくり開いた。


「……謁見の願いがな、通らないんだ」


 えっ! と声を上げたのはアルヴァだった。


「父上で、駄目なのですか」

「そうだ。私だけではない、聖都騎士団長(陛下の近衛)だろうが筆頭貴族だろうが、駄目だ」


 ふぅ、と息を吐いてエヴァンは、続ける。


「願いが全てな、王室魔導士で止まる」

「いつからですか」


 ルカが間髪を容れずに尋ねると、エヴァンは重い息を混ぜ込みながら答えを返す。


「最後にお会いしたのは、十年前だ」

「じゅっ……!」


 ルカは絶句した。

 アルヴァが「十年」と噛みしめるように呟いて難しい顔をする。ケネスはぐっと眉を寄せてエヴァンの次の言葉を待っている。

 ほんの少し言い淀んでから、エヴァンは再び目を伏せた。


「陛下もお忙しい身だ。それでも、最初の方は手紙は受け取って貰えていたんだ。いくつか返事があったものもある。間違いなく陛下の字だった。――だから、私も油断した。そしたら、謁見拒否(この有様)だ」

 

 不甲斐ないことにな。


 溜息に混ぜこむように呟いて、エヴァンは口を閉じた。

 一気に部屋に広がった重苦しい空気に、カレンがおずおずと口を開いた。


「でも、陛下が、その――言い方は悪いですが、一介の騎士とお会いになるとは、考えにくいのですが。ましてや……」


 イの口を作ってから慌てて口を閉じたカレンは、不安そうにエヴァンを見ている。ルカはカレンから目をそらし、彼女と同じように父に目を向けた。


「そうですね、こんな『田舎』の騎士、普通なら陛下に会えないでしょう」


 重苦しい空気の中で、全員で難しい顔をしていたら問題が解決するならいいが、そうも行かない。

 だから、ひとまず重い空気を散らすべく、ルカはカレンの言葉尻を捉えるように言ってから、からかいを含んだ目を彼女に向けた。


「なっ! ちが、そういうことが言いたいわけではなく……!」


 見るからに狼狽しているカレンは、それだけ言って口を閉ざした。頬を膨らませてルカを睨んできているその様は、まるでリスか何かのようだ。その視線を受け流し、ルカはエヴァンに言う。


「姉上に様子を伺ってきてもらえばいいじゃないですか」


 話題に上がったアルヴァが眉間から力を抜いてルカを見た。黄色味の強い琥珀の瞳に一瞬疑問が浮かんだようだったが、流石は姉と言おうか、彼女はすぐにルカの言葉を正しく理解した。


「――あっ、そうか。私宛だもんな、この手紙」


 彼女は机に置かれたままの手紙に触れると、エヴァンに顔を向けた。


「父上、私は女王陛下に返事を持てと命じられています。その際、女王陛下にルウェイン陛下の事を確認してまいります」


 口出ししそうなカレンを目で止めて、ルカはアルヴァを見る。


「――それができなくとも、城内の人間にそれとなく尋ねるくらいはできる余裕があるはずです」


 アルヴァの金の瞳が部屋の明かりを受けて煌いている。エヴァンは難しい顔をして顎を擦っていたが、強く息を吐いて頷いた。


「……すまん、アルヴァ。お前に頼む」

「任せてください、父上」


 アルヴァが力強く笑みを返した。


 そうと決まれば、とアルヴァが手紙を丁寧にたたんで封筒にしまってから立ち上がる。彼女の笑みに見惚れていたカレンもハッとして立ち上がる。


「出発の準備ですね。わたしはいつでも出られます」


 いや、とアルヴァが首を振る。


「もう外も暗い。この暗さじゃ、まだ幼い『イグニア』は飛べないよ」


 イグニア? とカレンが首を傾げている。『イグニア』のことを知っているルカは、腕組みをしてアルヴァに尋ねた。


「というか、あの子は二人も乗せられないんじゃ?」

「んー、私がなるべく軽装なら……うん、なんとかなると思うよ」


 かなり軽そうだしな、とアルヴァがカレンを上から下まで眺めて言う。整った顔にじっくり見つめられて、カレンは顔を赤くしながら口を開いた。


「イグニアって、なんですか?」


 玄関の鈴がなる。エヴァンが立ち上がってそちらに向かうのを眺めながら、ルカは答えた。


「竜ですよ。あなたも見たでしょう、姉上が乗って帰ってきたの」

「りゅ、竜?」


 少し硬い声に疑問すら持たず、ルカは言葉を続ける。視線は未だ玄関の方に向いているので、カレンがどんな顔なのか、ルカにはわからない。


「ええ。手紙にあるんですよ、竜を駆って届けよ、と。急ぎなんでしょうね」


 ルカは、何でも無いようにそう言いながら、目をテーブルに戻す。そして、彼はコップを片し始めた。カレンの方を見ていないので、彼女の顔の青さには気付かない。


「……ん? あれ、どうされましたか使者殿。顔が」


 アルヴァの気遣うような声に、ルカはふと顔を上げる。だが、どうせ姉上の顔の良さにカレンが赤面してるだけだろう、と思ったらしい。彼が振り向くことはなかった。


「カ、カレンで結構です。口調も……わたし、さっきも言いましたが本当は学生なので。年も貴女の方がきっと上ですので」

「んん、わかったが……体調が悪いのか? 顔が真っ青だが」


 姉の心配そうな声と「真っ青」という言葉に、ルカはコップをトレーに載せながら振り向いた。

 そこにいたカレンは、顔を赤くしたり青くしたり忙しそうだった。


「いえ、あの……竜に、乗ったことがないもので……」


 控えめな声に、アルヴァが優しい笑みを返す。


「そんなことか。安心するといい、私にしがみついていてくれれば直ぐに聖都に着くよ」


 カレンはその言葉に引き攣った笑みを返していた。

 

 


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