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  弟と王の語らい②


 コルセスカが頬杖をついて独り言のようにぽつりぽつりと語り始めた内容に、ルカは眉を寄せた。


 彼女曰く、彼女たちの国は、五年ほど前からじわじわと()()に蝕まれているという。


 国に住まう獣人の族長たちの中、その違和に気が付いた者たちと、その違和に()()()()()者たちで、小競り合いが発生。

 リィカ族の長――コルセスカの兄は、違和に支配された方だったらしく、違和に気が付き群れを守るために動いていたコルセスカには、それが我慢ならなかった。彼女が、彼女に賛同した群れの女たちと最愛の妹を引き連れて群れを、国を出たころには、小競り合いが国を二分する内戦に発展していたそうだ。

 

「もともとな、リィカ族の女は年頃になると連れだって群れを後にする。まぁ、リィカ族の縄張りの中には留まるがな。そうして、他の群れの強い男と仔をなして、リィカ族は強くなる。しかし……」


 コルセスカはそう言うと、腹の上で指を組んで、憂いを帯びた目を空に向けた。空になびく雲を追いながら、彼女が続ける言葉をルカはじっと聞いていた。


「今回は、それでは駄目だと、蝕まれた国を出ねばリィカ族に未来なぞないと……そう感じたのだ」

 

 何に蝕まれているのか、とルカが聞くと、コルセスカは難しい顔をした。


「……わからん。わからんが、あの時は国の中で頻繁に()()()を見た」

 

 エルフ、とルカはゆっくり目を見開いて首を動かした。彼の濃い琥珀の目に映るのはフィオナで、彼女もこの話に耳を傾けていたらしく、緊張した顔でこちらに駆け寄ってきた。イグニアも柵越えをやめてフィオナについて来て、ルカの膝に手を置くとその金の目でルカたちを見上げた。


 ルカがイグニアの両手を捕まえたところで、フィオナが不安そうに胸の前で手を組んで、コルセスカの前に立った。黒い目がフィオナを映す。


「あの、それは……」

 どういうことですか、と続けようとしたらしいフィオナに、コルセスカは柔らかく笑みながら顔の前で手を振った。

「そんな顔をしなくていい。匂いでわかる、あそこで見かけたのはこの国のエルフ(お前たち)ではない」

 そうですか、とフィオナは安堵と不安を混ぜ込んだ目を伏せた。

 

 コルセスカは思い出したようにパンケーキを口に運んで、こくりとそれを飲み込むと、苦い顔をした。

「とにかくな、私たちはその違和から逃げてきたのだ」

 情けないことではあるが、と彼女は言葉を切って、それから気持ちを切り替えるように足を組み直した。


「あわよくば、ここで強い男を見つけ、祖国を救いに行ければ、と思っていたが、そう上手くはいかんなぁ」

 コルセスカは、打って変わって楽しそうにからからと笑って、アルヴァに目を向けている。


 ルカは彼女の横顔を見ながら、真剣な顔をしていた。



 彼女たちの国があるのは、アングレニス王国の西、ヘクセルヴァルト公国の更に向こう側。

 地続きである以上、コルセスカの言う『違和』が、この国まで来ないとも限らない。



 そんなルカの不安を感じ取ったのか、フランキスカが彼の腕をトントン、と叩いた。

 振り向くルカに、フランキスカは彼を安心させるように笑んでいた。


「あの、大丈夫です。私、この国に来てから、怖い感じとか、不安な感じとか、感じたこと無いです」


 だから大丈夫です、と笑うフランキスカに、ルカは心に灯った不安を隠して笑みを返す。コルセスカが、アルヴァとカトラスの組手から目を逸らさずに、それに同意するように口を開いた。


「姫の言う通りだ。この国は竜に守られた強い国だ、そこを蝕むなど――」


 コルセスカの声を切るように、貴賓席に男を一人小脇に抱えた獣人が飛び込んできた。



「王さま! 侵入者です、大勢です! 今は私の妹たちが監視していますが、もうすぐこちらまで来ます!」



 獣人に抱えられていたのは、ルカの腕輪を外した王室魔導士で、彼は目を回しながら、か細く口を開いた。


「お、お、王室魔導士です、王さま。この目で見ました、間違いありません。嫌です王さま、私はもうあそこに戻りたくない。私はずっとずっとここに居たい、ここでシャムシールと一緒にっ……」

 威厳ある王の顔で立ち上がったコルセスカが、男の声を手をあげて遮る。


「シャムシールよ、サリッサとククリと共に、戦いに向かぬものと人間たちを避難させよ」

「はっ!」

 シャムシールと呼ばれた獣人は、男を抱えたまま飛び出していった。


「誰ぞ余の槍を持てい!」

 呼ばわるコルセスカの声に、侍女の一人がサッと動いた。


「……ああ、つまらぬ邪魔が入ったな。もっともっとお前たちとは話していたかったが、巻き込むわけにもいかぬ。この集落の裏手に川がある。それを辿れば、時間はかかるが森から出られる。早く行くといい」


 コルセスカは残念そうにそう言った。彼女の様子に、ルカは「王室魔導士」と言う言葉が出た時から、言おうか言うまいか迷っていた言葉を口にして、頭を下げた。


「すみません、巻き込んだのは僕たちの方です。王室魔導士は姉上を――僕たちを追ってきたんです。だから――」

 できることがあるなら、と続けたルカの口をコルセスカの長い指が塞いだ。言葉を飲み込んだルカの前で、彼女はマントを脱ぎ去って椅子に掛けるとルカの頭をくしゃりと撫でた。


「ならばなおのこと。……全く、竜の国に二度も手を出すなどと、機国の蛮勇もここまで来ると笑えんな」

 

 ぼそりと呟いて、コルセスカは柵に手をかけた。


「カトラス! その者と共にこちらへ!」

 その声に、闘技場のど真ん中に立っていたカトラスが、アルヴァを横抱きに抱えると、ひょいひょいと観客席を蹴って、ルカたちのもとへと昇ってきた。


 土埃にまみれたカトラスが、同じ様子のアルヴァをそっと下ろす。ケネスが彼女に駆け寄って、抱き寄せるように立ち上がらせた。

「ああ、すまないな。ありがとう」


 ……まさか横抱きにされる機会があるとは。


 立ち上がってから彼女が感慨深そうにぽそりと呟いた声に気が付いたのは、寄り添うケネスと、近い距離にいたルカだけだっただろう。

 切り替えるようにアルヴァが柄頭に手を置いて、コルセスカに顔を向けた。


「何か、ありましたか」


「何、お前が気にするほどのことでもない」

 コルセスカが侍女から差し出された三叉の槍を掴んで笑う。


「お前の名は?」

「アルヴァ。アルヴァ・エクエスです」

「そうか、アルヴァよ。お前は私のカトラスに見事勝って見せた。約束通り、全員無事に森から帰す」


 コルセスカは満足そうに笑んで、闘技場の後ろに広がる森を指さした。


「向こうへ行くと、川がある。それを辿れば、時間はかかるが森から出られるぞ。所用が入った故、送りをつけてやれぬことを、許せよ」


 そう言ってから歩き出したコルセスカの隣にカトラスが寄り添った。


 貴賓席から出る前に、コルセスカはふいにルカたちを振り返った。


「そうそう。お前も、お前の弟も、お前の連れ合いも――今ここにいる者たちは皆、この森に自由に遊びに来てくれて構わんぞ。皆の者にもよく言い含んでおく、安心して遊びに来るといい」


 彼女の言葉にカトラスが頷いて、目を輝かせてアルヴァを見ている。コルセスカは、にっと笑うと言葉を続けた。


「――お前たちの事情が片付いたら、ゆっくり遊ぼうではないか。アルヴァ、今度は私の相手もしてくれよ」


 ルカが姉を見上げると、彼女は大きく頷きを返していた。コルセスカは深く笑うと、王の顔で前を睨み足早に去っていった。



  

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