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13. 弟と王の語らい①


 喝采を浴びる姉を見下ろして、ルカは大きなため息を吐いた。


 良かった、勝った。怪我もない。


 口の中だけで呟いて、ルカは身を乗り出さんばかりの勢いで掴んでいた柵にもたれる様に体重を預けて脱力する。


 柵から放り出された彼の腕に、鈍色の腕輪はない。

 この豪華な観客席に案内される間に、昨日の王室魔導士がやってきてルカとフィオナの腕から精霊魔術を封じる腕輪を外していったのだ。


 いざというときの為に嵌め込んでおいたアクアマリンを一撫でしてもう一度安堵の吐息を漏らすルカに、隣でアルヴァを応援していたフォンテーヌが「良かったわねぇ」とおっとり声をかけた。


 顔をあげたルカは、彼女に笑みを返してから、横でかぶりつく様に決闘の行方を見ていたケネスを見上げた。

 彼もルカ同様、あるいはそれ以上に安堵したようで、ここしばらくずっと刻みっぱなしだった眉間の皺を消して深い深い溜息を吐いていた。


 アルヴァが勝った。これで、約束通りなら全員無事に森から出してもらえる。そんな風に考えて、一瞬気が緩んだところで斜め後ろから声がかかった。 


「おい、そこの」


 ルカはぎくりと身を固くしながらゆっくり振り向いた。


 豪華な椅子に腰かけて、一口サイズのパンケーキを摘まみながら、コルセスカがにんまり笑っている。

 パンケーキで生クリームを掬い取って口に放り込んだ彼女は、それをゆっくり咀嚼して飲み込むと、ぺろりと唇を舐めて笑みを深くした。

 微妙な顔で動きを止めているルカに視線を定め、彼女の手が、こいこい、と上下する。 


「お前だお前。近うよれ」

 自分の剣が負けたというのに嫌に上機嫌な獣人の王は、ニコニコと笑ってルカを手招いている。


 近寄って大丈夫か? とルカが眉を寄せて考えていると、彼女は焦れたように軽く眉を寄せて「早く」と彼を急かしてくる。



 姉上が勝ったのに、ここでこの人の機嫌を損ねたら約束も反故にされかねないか……。



 しぶしぶ、と柵から体を離してコルセスカに近付くルカを止める者はいない。


 ケネスは、もう一回! とカトラスに強請られているらしいアルヴァの様子を追うのに夢中だし、カレンはコルセスカたちが用意した朝食を頬張るのに忙しい。フィオナはいろんなところに興味を持って、挙句アルヴァのもとへ行こうと柵によじ登るイグニアを力いっぱい引き止めている。


 ルカの肩に座って、庇うように彼の頬を抱きしめたフォンテーヌが、危険な香りがしたら水ぶっかけてやるわ、と息巻いているのを、コルセスカは気を悪くすることもなくクスクス笑いながら見つめていた。


 ルカは野良猫のように警戒を表情に出しながら、にじにじとゆっくり彼女に近寄った。手など届かない間を開けて足を止める。

  

 その距離、たっぷり人間三人分だ。


 しかしコルセスカはこれを良しとしなかった。

「もっと。ほれ、この椅子にかけろ」

 彼女は自分と妹の間の椅子をポンポン叩いた。フランキスカが不安そうに自分の姉とルカを交互に見つめて眉を八の字にしている。

 しばらく口を真一文字にしてコルセスカを睨んでいたルカだったが、彼女の目には悪意も企みも見つけられなかった。


 しぶしぶ、と前を横切るルカをコルセスカは柔らかい瞳で追っている。ルカは居心地悪く鼻に皺を寄せて、椅子に腰かけた。


 座りましたけど、と目だけで彼女に問えば、コルセスカはそんな彼を無視して、その向こうのフランキスカに笑みを向けた。



「それで、姫よ。どこの馬の骨ともわからん童子なんぞは噛み殺すところだが、コイツなら許すぞ。婿にもらうか?」



 思わず「はい?」と聞き返してしまいそうになるルカをよそに、コルセスカはフランキスカを見つめたまま、手探りでパンケーキを摘まんでクリームに浸した。目測を誤って指まで突っ込んでしまっているが、コルセスカは気にもしていないようだった。


 ぴん、と大きな耳を立てたフランキスカが目を見開いて首を振る。その様子はどうも照れ隠しなどではないようで、フランキスカに恋してるわけでも、彼女に告白したわけでもないのに、なんだかルカは振られた気分になった。


 フランキスカが慌てて口を開く。

「お姉様! お兄さんはそういうんじゃ……あ! ちが、おに、じゃなくて、あの、このお姉さんはっ」


 目を見開くルカを、フランキスカが涙目で見て、それから弁解を始めた。そんな妹姫の様子に、コルセスカが哄笑(こうしょう)してからパンケーキを口に運んだ。

 指についたクリームを舐めとって、コルセスカは、知ってるよ、と言いながら背もたれに身を預けてくつくつ笑った。


「お姉様、このおに、お姉さんは……え?」

「ああ、久々に面白い芝居を観たような高揚した気分になった。礼を言うぞ、坊主」

 呆気にとられるフランキスカから目を離したコルセスカは、ルカに手を伸ばして、乱暴に彼の頭を撫でた。

 

 その手を享受する――ほかなかった――ルカは眉間に寄せていた皺を緩めて彼女を見上げた。

「……いつからですか?」

 ルカの問いにコルセスカは、最初からだ、といたずらっぽく笑った。


「安心しろ、お前たちが性を偽っていることに気が付いているのは()とカトラスだけだ。私たちは他より鼻が利くのでな」


「そう、なんですか……」

 はあ、と肩から力を抜いたルカの口に、パンケーキが捻じ込まれる。慌てて吐き出そうとしたルカの口を、コルセスカの無理やり閉じさせる。


「私のために用意された料理だ、何を入れるものもおらんよ。そら、食え食え」


 あはは、と楽しそうに笑うコルセスカに圧されて、ルカはしぶしぶパンケーキを飲み込んだ。

 ルカの口に次々とケーキを放り込みながら、「しかし――」とコルセスカが残念そうに決闘場に目を向ける。


 口に詰め込まれたパンケーキを何とか咀嚼しながら、ルカも決闘場を見た。

 第二回戦目を始めたらしいアルヴァとカトラスが、今度は素手でじゃれあうように組み合っている。


 恐らく人間よりも身体能力が優れているであろう獣人と、アルヴァは対等以上にやりあっている。


 

 我が姉ながらマジでおっそろしいな。



 ルカは、アルヴァが世間一般のように横暴で暴君な姉ではなかったことに心から安堵した。


 そんな彼の横、もちもち、とパンケーキを指先で嬲っていたコルセスカが頬杖をついて言葉を溢した。



「惜しい。実に惜しいなぁ、お前の姉は。男であればなぁ……王位を譲りたいくらいだよ」


 あれが男なら、腹に仔を欲しいところだ。


 そう呟いて、ぽんぽん、と下腹を擦るコルセスカに、ルカは口の中のパンケーキを喉に詰まらせてしまいそうになった。咽たルカに、フランキスカが慌ててコップを差し出す。それをもらって口の中の物を腹へと流し込んで、ルカは唖然とした顔でコルセスカを見つめた。

 

 彼女はうっそり目を細めてアルヴァを見ている。

「カトラスもきっとそう思ったろうなぁ。私たちは王足りえる強い(オス)を探して、群れを離れて――国すら捨ててきたのだからな」

「……国を捨てた?」


 思いもよらない言葉に、ルカは驚きの表情を引っ込めて、固い声を出した。コルセスカはちろりとルカを見ると、ああ、とため息ともつかない返事を返して、それから口を開いた。





    

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