長剣と舶刀の語らい②
真正面から舶刀を受け止めたアルヴァは、鍔迫り合いの当たりの重さに歯を食いしばった。ざり、と何とか踏み止まるが、それでもじわじわと後ろに押し下げられて、彼女は兜の中で唸りを上げる。
アルヴァだって鍛えている。決して力が無いわけではない。――それを凌駕する剛力で、カトラスがアルヴァを押し込んでいるのだ。
彼女の顔に表情は無い。
ただ、黒い目だけがほんの少しだけ、うかがうような色を乗せてアルヴァを見つめている。
――たくさん遊んでやってくれ。
コルセスカの柔らかい笑みが脳裏をよぎる。
彼女が言っていたのは本当だったんだな、とアルヴァは兜の物見から見えるカトラスの瞳を見つめ返した。
カトラスは今、目で、耳で、交わらせた剣の触りで、アルヴァが本当に自分の遊び相手足りえるのか、じっくりと値踏みをしているようだった。
本来の決闘ならあり得ない様子に、アルヴァは食いしばりながらも唇の端をくっとあげた。
好きなだけ値踏みすればいい、とアルヴァは一歩、また一歩、と押し込まれながら喉の奥で呟く。
アルヴァが三歩退いた、その時だった。
カトラスの瞳がふっと翳った。
値踏みの結果、彼女のお眼鏡に適わなかったらしい。
アルヴァが遊び相手足りえないことへの嘆きか、それともアルヴァを買いかぶりすぎたことへの憤りか、カトラスの黒は深く沈んだ色を見せている。
一瞬、ほんの一瞬、舶刀に込められていた力が弱まった。
アルヴァは兜で表情が見えないのをいいこと――ルカとケネスに見られれば『真剣にやれ』と説教確定だ――に、いたずらっぽく、食いしばった歯を見せて笑み浮かべた。
カトラスが目を見開くが、もう遅い。
アルヴァは踏ん張った足に込めた力を、気合の発声とともに流れるように上に渡す。
足から腰へ、腰から背中へ、背中から肩へ、腕へ、しなやかに、しかし力強く。
そうして伝わった力は、瞳に力と輝きを戻したカトラスの力に競り勝って、彼女を弾き飛ばした。
響いていた獣人たちの歓声が止む。
闘技場は、しん、と静まり返った。
空中で体勢を整えたカトラスが、危なげなく着地してアルヴァを見上げている。
アルヴァは剣を構えなおし、確かめるように柄を握りしめ、そして口を開いた。
「どうした、遊んでくれるんだろう」
声を低くするのも忘れ、アルヴァが言う。獣人の聡い耳は、その挑発の言葉をしっかりとらえたらしい。観客たちが、一瞬の後に怒号をあげる。
観客席に届くのだから、ほんの数メートルのところにいるカトラスに届かないはずがない。
彼女は大きな犬耳をぴくぴくと動かして、舶刀を持つ右手をだらりと下げて、立ち上がった。
目の良いアルヴァには、物見の隙間から、彼女の表情がよく見えていた。
声援と怒号の雨の降る晴天の下、光に照らされたカトラスは、笑っていた。
煽情的に、蠱惑的に、獲物を見つけた獣の瞳で――しかし、仔獣のように無邪気に笑っていた。
「ふ、ふふふ……」
隠す気も無い喜色に満ちた笑い声に、アルヴァは釣られそうになりながら小首を傾げて見せた。
「何だ、君の王さまにはそう聞いたんだが、違うのか?」
「ああ――」
返事とも、感嘆の声とも取れない響きがカトラスの唇から漏れる。
クスクス笑って長いポニーテールを揺らすカトラスに剣を向けて、アルヴァは挑発するように剣先を揺らした。
「良いな、お前。やはり良い。私の目に狂いなどなかった、セスカ様に強請った甲斐がある」
カトラスは深く息を吐きだすと、舶刀の切っ先をアルヴァの左目に合わせるように斜めに構えた。
二人はじりじりと、円を描くように距離を縮める。
肌を焦がすような緊張感に、歓声も野次も怒号も、アルヴァの耳から消えた。
今感じるのは、カトラスの視線と、彼女のまとう気配の動きと、息遣いだけ。
恐らくカトラスもそうだろう、と考えながら、アルヴァは笑みを浮かべたまま柄を握り直す。
細く息を吐きだして、その時が来ることを待つ。
もう十分剣が届く距離まで来て、アルヴァとカトラスはにらみ合う。
途切れることなく息を吐きだし続けていたカトラスが、息を吸い込んだようで小さく小さく肩が揺れた。
それを合図に、アルヴァは彼女に切りかかった。
鋭い太刀筋をカトラスが受け流す。
地面に迫る剣先をぴたりと止めて、体勢を一切崩さずに、アルヴァは手首を返して次々と攻撃を繰り出した。騎士の剣術の手本のような美しさに、カトラスは笑みを深くしてその一筋一筋を交わしながら隙を縫って舶刀を振るう。
「随分と綺麗な剣を使うじゃないか」
カトラスは攻めの手を緩めることなくアルヴァに近付くとからかうように囁いた。
剣の腹で、時には腕で舶刀の腹を弾いてアルヴァは兜の下で生き生きと笑う。アルヴァの力を利用して、身軽に距離をとったカトラスが、地面を強く蹴って再度アルヴァに駆け寄った。
人間には出せない初速で身を低くして駆けてきたカトラスは、ぐっと伸びあがって舶刀を振り上げた。
どうあっても、もう止まれない速度で迫り来るカトラスに、アルヴァはタイミングを見計らう。
近距離。
足の届く位置。
――剣の振るい方をほめてもらったところ申し訳ないが。
アルヴァは、に、とほくそ笑んで、突っ込んできたカトラスをひょいっと避けると彼女に足を引っかけた。
足を引っ掛けて転ぶなど、実戦ならほぼ起こりえない事だ。
しかし、だ。
カトラスは今、アルヴァと遊んでいる。
騎士然としたアルヴァが、そんな手を使ってくるなどとは考えてもいなかったのだろう。彼女は簡単につんのめってくれた。
うあ、と素っ頓狂な声をあげたカトラスが、何とか体勢を整えようと身をよじる。
しかし、中途半端な高さでは、アルヴァの方へ体を向けるので精いっぱいだったらしい。
カトラスは背中を地面に強かに打ち付けながらもアルヴァを睨み上げて舶刀を振るおうとして――。
「……ふふ、ははは。ああ、負けた。降参だ」
――アルヴァの長剣の切っ先が喉元に突き付けられているのを見ると、破顔一笑してそう言った。
アルヴァはその言葉に剣を納め、彼女を引っ張り起こした。
歓声が響き渡っている。
そんな中、カトラスは心底残念そうな顔で小さく呟いた。
「惜しいな、お前が男ならばぜひとも胤をもらいたいところだ」
その言葉に咽たアルヴァに、カトラスが無邪気に笑う。
「きっとセスカ様もそう言う」
「……褒め言葉、として受け取っていいんだろうか」
アルヴァは苦笑を混ぜ込みながら首を傾げた。
カトラスはその言葉を肯定するようにアルヴァの背を叩いて、それから声を張り上げた。
「コルセスカ様! 申し訳ございません! 負けました!」
すがすがしい晴れの空を吹く風のような声に、コルセスカが呵々と笑う声が重なった。




