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  大切なものを賭けて④


 ルカたちに何か言い返そうとしたのか口を開いた獣人たちは、かすかに聞こえてきた足音にびくりと肩を揺らして扉をバタンと閉めると、一目散に逃げていった。


 扉の向こうで話し声がする。どうも、誰かが見張り――ましな部屋に移されたところで、ルカたちは客ではない――に立っている獣人を追い払おうとしているらしい。しばらく話し声がして、最終的には見張りは頷いたようだった。

 見張りの獣人も立ち去って直ぐ、控えめにノックがされる。


「あの……入っても、いいですか」


 聞こえてきた可愛らしい声は、フランキスカのものだった。ルカとアルヴァは顔を見合わせて、それから内側から扉を開けた。



 静かに部屋に入ってきたフランキスカは、未だに、ルカが譲ったパステルカラーのワンピースを身に纏っていた。

 彼女はパンの乗ったトレーをそっと床に置くと、その隣にあったサンドイッチたちとカレンを見比べて、申し訳なさそうに眉を寄せた。サンドイッチを部屋から出して、ぱたり、と静かに扉を閉めると、フランキスカは、消えそうな声で、ごめんなさい、と囁いた。


 それが、『媚薬入りサンドイッチ』についての謝罪だと察して、ルカは『声を出してもいいですか?』と言う確認を込めて姉を見上げた。彼女はコクリと頷いた。


「気にしないでください。あの葉っぱ、そこまで強い効果もないし」


 ルカは高い声を出さないかわりに、静かにゆっくりそう言って微笑んだ。フランキスカがグシグシと目元を擦って、それから自分が持ってきたトレーを持ち上げてルカに差し出した。


「これ、ご飯……私が作ったから、変なものは入ってないです」

 美味しいかはわからないけど、と付け加えて、フランキスカが続ける。


「お腹減ってたら、明日の決闘……」


 モゴモゴ、と言葉を飲み込んで、彼女は上目にルカを、アルヴァを見ている。兜の下で笑んだような空気を纏って、アルヴァがフランキスカの頭を撫でる。気持ちよさそうに耳を寝かせるフランキスカに、アルヴァは声を低くせずに「ありがとう」と言った。


 背後のケネスが体を起こしてこちらを睨んだ気配にアルヴァが一瞬後ろに気をやって、それからフランキスカに目を合わせるように膝を曲げた。


「ありがたくいただくよ。――君は、広間でも庇ってくれたね。姉君(コルセスカ)の前で、嘘をつくのは気持ちの良いことではなかったろう」


 ありがとう、ともう一度そう言って、アルヴァは彼女の手からトレーを受け取った。


 フランキスカは照れたように頬を染めて、それから小さく小さく「明日頑張ってください」と言うと、足早に部屋から出ていってしまった。



 アルヴァの受け取ったトレーから、香ばしい香りがただよっていて、ルカの腹の虫が小さく鳴いた。


「とりあえず、腹ごしらえ――」

 低い声を作ってそう言ったアルヴァの肩を、ケネスが掴む。


 ケネスは、アルヴァの兜の物見の前にメモを突きつけた。それを彼女が受け取ると、彼は機嫌悪そうにどかっと床に胡座をかいて、そしてアルヴァをじっと睨んだ。


「――……をしながら、これからのことを話し合おうか」



 アルヴァの言葉を皮切りに、筆談を交えた会議が始まった。

 ケネスとアルヴァの間に座って二人を交互に見上げるのに忙しいイグニアと、うんうん唸りながら横たわっているカレンを除いてた四人が顔を突き合わせて座っている。男二人は声を出さずに、メモにカリカリと言葉を書いては相手に見せていた。


 ――と言っても、四人で相談し合ったのは最初だけ。

 今や、アルヴァとケネスの二人の話し合いになっているので、ペンを折りかねない筆音で書きなぐるケネスを時々たしなめる以外、ルカはフィオナとともにカレンの様子を見ていた。


「な、なん()、なん()広間()街道で(かいろうれ)のこと言わ()かっ()です(れふ)か……」

 うわ言のようにそう言ったカレンに、ルカと返答をメモに書き込もうとして、やめた。

 

 グズグズに潤んだ瞳で細かい字が読めるとは思えなかったから、ルカは寝そべるカレンにほんの少しだけ顔を寄せ、言葉を落とす。


「あそこは彼女たちの(縄張り)の外だったから、男がいても見逃された可能性があるんです。それに――あそこでそんなことを言えば『嘘つくな』って周りの獣人に流されたでしょうしね」


 声が聞こえてるのかいないのか、よくわからない顔のカレンにため息を吐いて、ルカは目じりの赤く染まった彼女の目を手で覆った。


「んんぅ、な、なに……」

「寝たほうがいい。ほら、おやすみなさい」


 有無を言わさないルカの声に、カレンは彼の手の下でしばらく瞬きを繰り返していたが、やがて大人しく眠りについたようだった。



 アルヴァとケネスの様子を見ていたフィオナを振り返って、ルカはサラサラとメモに文字を書き込むと、彼女に差し出した。


『決着つきましたか?』

 ルカの文字に、フィオナは小さく首を振って、二人の方に目をやった。


 ケネスはそっぽを向いて壁に背を預けていて、アルヴァは彼の横に腰かけて何か考えているようだった。

 二人の前に散らばる、ほとんどケネスの字で埋められているメモを一枚拾い上げて、ルカはため息を吐いた。


 ケネスの怒りと焦りが滲むような字の隙間、産まれてから幾度となく見た姉の字は、いつもよりもほんの少し筆圧を強くして『それでも私が戦った方がいい』と言う文章を形作っていた。


 結局、決着はつかなかった。フィオナの「とりあえず、今晩はもう寝たほうがいいと思います」という彼女にしては若干語気の強い言葉で、一行は就寝することとなった。


  

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