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  大切なものを賭けて③


 自分の背後で、カレンが一口サイズのサンドイッチをせっせと口に運んでいることになど全く気付かずに、ルカは小首を傾げながら、アルヴァとケネスを見つめ続けた。

 どちらが先に動くかな、と眺めていたルカの手から、メモとペンが取り上げられる。取り上げた本人であるケネスは、アルヴァに背を向けると床を机にしてメモにガリガリと何か書き込み始めた。


 ふぅ、とため息をついて、それでも怒りを忘れたのは一瞬なんだからな、という思いを込めて姉をしっかり睨みつけてから、ルカは振り返って――欠片も考えていなかった事態に口をポカンと開けるほか無かった。


 ルカの目に映るのは、サンドイッチを頬張るカレン。

 リスか何かのように頬を膨らませている彼女は、ルカと目が合うと気まずそうに瞬きして、サンドイッチに伸ばした手を引っ込めた。


 モゴモゴ動く口を見て、ルカは目を覆って大きな大きな溜息をついた。それから重たそうに顔を上げ、彼はカレンの前にしゃがんでハクハクと大きく唇を動かした。

 

 何で食べてるんですか。


 音にせずにそう問いかけると、唇の動きを見ていたカレンがバツの悪い顔で口の中のものを飲み込んだ。


「だ、だってお腹減っていて……」


 なんの警戒もせずに食べるのは危ないかなぁ、とは思いませんでしたか。


 少し長い言葉も、カレンはしっかり唇の動きを読み取ったようだった。彼女はムッと唇を尖らせている。

「お、王様に世話を仰せつかっているのにまさか危険なものなど出さないはずです!」


 その自信はどこから来る、とルカはこめかみを押さえてうつむいて、それからサンドイッチに手を伸ばした。極力触らないように、爪で上に乗ったパンを摘み上げたルカは、それを鼻に近づけて、手で仰ぐようにして匂いを嗅いだ。


 香辛料に混じって、嫌に甘い香りがする。これに関しては、広間の香が鼻に残っている可能性があるので、ルカは摘んだパンを目の前に持ってきた。


 表側、裏側、と観察してから、ルカはそれを皿に戻した。次は挟まれていたものを、と彼は皿に顔を近づける。


 サンドイッチの中身は、何かの肉と、葉物野菜だった。

 ルカは、頬を引きつらせて、しんなりした野菜を見つめた。


 レタスの下、隠されるように挟まれたピンクの葉脈。

 ルカには見覚えがあった。

 実験で使ったことだってある。乾燥させて熱を入れてから火の魔力を少量加えると、冷え症に効く良い薬になる。


「ペンノプシス・カリブンクルス……」


 思わずため息に乗せて呟いてしまった言葉――その植物の学名に、一番に反応したのは、普段からルカに「良いですか、たとえ親友からもらっても、この葉っぱだけは食べないでください」と口を酸っぱくして言われているアルヴァだった。

 

 アルヴァはルカが声を発したことを咎める前に立ちあがって彼のもとへ寄ってきた。

「ピンクプルムのことだったよな、そのペン何とか」

 葉脈がどギツイピンクの……と続けたアルヴァが、ルカが開いたサンドイッチに目を落として言葉を切った。ああ、とため息とも似た呟きが兜の奥から聞こえる。


 学名ペンノプシス・カリブンクルス。

 ピンクプルムと言う一般名で親しまれるそれは、綺麗なピンクの花を咲かせる。花言葉は『(ほとばし)る愛』。

 火の魔力が多いところに分布し、燃える火の中で開花する植物だ。種子も高濃度の火の魔力に晒されるか、一定の時間、一定温度――一定で三十度以上ならば何度でもいい――に晒されなければ発芽しない。

 使い方さえ誤らなければ、有用な薬を作れる。



 そう、使い方さえ間違えなければ。



「食べたのは……カレンか。ルカ、解毒薬持ってきてないか?」

 アルヴァの作った低い声に倣って、ルカは高い声をなんとか絞り出して答えた。

「んな局所的解毒薬なんざ持ってきてません」

 んふ、と笑いを溢すように咽てからアルヴァが咳払いしてカレンを見た。


 彼女は何が何だか、と言う顔でエクエス姉弟を見ている。


「な、なんです(れふ)か……あ、あれっ?」


「あー、吐き戻させようかと思いましたけど、もう駄目ですね」

 冷静なルカの声に、カレンが目を見開く。

「なんなんです(れふ)か、(にゃ)にが……ふへっ!?」

 

 ルカは予想していたように出した腕で、ぐらり、と傾いだカレンを受け止めて、適当に彼女を床に寝かせて彼女の頬に手を触れた。


()あれ(はりぇ)、から()に、ちか(りゃ)がはい(りゃ)(にゃ)い……」

 うわ言のように不明瞭に発するカレンの頬は、燃えるように熱かった。


 はぁー、と言うルカのため息に被るように部屋の扉が勢いよく開いた。その向こうにいるのは、にまにまと笑う獣人が数人。

 カレンを庇うように立ち上がった姉弟を避けるように首を動かして中を覗いた獣人が、不思議そうに首を傾げた。


「なんだ、一人だけか……」

 ぼそりと溢された言葉と自分にも向く瞳に、真顔になったルカが、すす、と姉の背に隠れる。


「まあいいか。そこの金髪のお嬢さん、具合が悪そうじゃないか。王さまに面倒を見るように言われたし、私が看病してやろう」


 先頭の獣人の言葉に、アルヴァが大きく首を振る。

「いえ、お気になさいませんよう。自分たちで看病します」

 彼女はそう言ってからサンドイッチにちらりと目をやって、さらに続けた。


「どうも()()()で、ピンクプルムの葉が生で入れられてしまったようです。一晩寝れば治りますので、どうか」


 お構いなく、と堂々と言い切ったアルヴァに、獣人たちが一瞬たじろいだような気配を見せた。

 追撃してやろうか、とルカは姉の背中から半分だけ顔を出すと、んん、と喉を整えて口を開いた。


「……ピンクプルムは生で食べればけっこう強めの催淫効果を示します。気を付けたほうがいいですよ、この辺りは炎狼の縄張りに近いから、他所より火の魔力が濃いでしょう。ピンクプルムの生息地域の一つですからね」

 一息で言い切って、ルカはジト、と獣人を睨むと姉の背中に引っ込んで、それから今の説明を聞いていたであろうカレンを見下ろした。




 ――学名ペンノプシス・カリブンクルス。一般名はピンクプルム。


 花言葉は『迸る愛』


 生で刻んで、ゆっくり火の魔力を与えながら低温で抽出すると、完成するのは『惚れ薬』。

 もしも生で食べてしまったら、その人の脳内は薄っすらピンクに――この花が咲かせるようなピンク色の霧に包まれて、軽度の麻痺と、催淫状態に陥ってしまう。


 恋の時期になると、惚れ薬に解毒剤に、と精霊薬学の学徒は大変な()()()になって追い掛け回される。

 ルカも例外ではないのでこの花には毎年苦労させられているのだ。



 ルカは、ピンクプルムの葉っぱを生で食べて、徐々に症状の出始めたカレンにいたわるような目を向けた。いかに自業自得とはいえ、可哀想なものは可哀想だ。そう思ったルカは、なるべく軽く済むように、と心の中で天に祈りを捧げてあげながら、口を開いた。


 

 そういうことです。効き目は人に寄るので、まあ……頑張って。

 


 口パクでそう伝えると、ちゃんと唇の動きを読めたかどうかはわからないが、彼女は赤くなったり青くなったり忙しない様子でルカを見上た青い瞳を潤ませていた。




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