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  大切なものを賭けて②


 自分の姉と、王の腹心であろう獣人(カトラス)が決闘を行うことになってしまって、ルカはアルヴァを睨みながら、彼女の手の甲に指を走らせた。


『話がある』


 そう短く書くと、アルヴァは頷くように俯いて、それからコルセスカに「少し時間をもらいたい」と伝えた。

 ふむ、と顎を撫でるコルセスカだったが、ちょうどその時響いた腹の虫の鳴く音に目を丸くして、それからカラカラ笑いだした。

 ルカが斜め後ろに目をやると、顔を赤くしたカレンが小さくなっていた。


 コルセスカは楽しそうに笑いながら、決闘は明日行う、と高らかに宣言して、何人かの獣人にルカたちの世話を言いつけてから天蓋の向こうに帰っていった。




 広間から連れ出されたルカたちは、最初に閉じ込められていた部屋より幾分かましな部屋に入れられた。先に移動させられていたらしいフォンテーヌが檻の中でぐったりとしている。彼女に駆け寄ろうとしたルカを獣人が捕まえて、縄を解いた。再度駆け出しそうとしたルカの腕を獣人がつかんで離さない。


「おい、このお嬢さん方に腕輪をつけろ」


 獣人が呼ばわると、わかりました、と男の声が聞こえてきた。


 この集落、男がいるのか。


 そう考えたのはルカだけでは無かったらしく、彼が振り向くのと同時に横のフィオナが後ろに目を向けて、それから赤茶の目を見開いた。


 帰らない男は殺されたものだとばかり思ってた。そう考えながら振り返ったルカは、思わず叫びそうになって口の中を噛んだ。

 目の前にいる男は、険の一つもない、穏やかな――見方を変えれば気力の一つもないような顔をして、その手に持った鈍色の腕輪をルカに見せている。


 何がそんなにルカを驚かせたのかといえば、その穏やかな顔の男が、胸元に銀の糸で『機械の翼と王冠』が刺繍された黒い制服を身につけていたことである。

 幾分かヨレているが、見紛うこともない、王室魔導士の制服だった。


「エルフのお嬢様と……それからそちらのお嬢様は精霊を連れていたということで、こちらの(アンチ)精霊魔術――ええと、精霊魔術を使えないようにするための腕輪をお付けいたします」


 男の指が器用に動いて腕輪をいじると、ピ、と高い音がして、腕輪がぱくりと二つに割れた。

 失礼いたします、と断った男がルカの手首にそれを付けて、ぱちり、と閉じる。途端、ルカの背中を逆なでされたような感覚が走った。呼吸出来ているはずなのに息苦しい感覚に、ルカは隣のフィオナを見る。

 彼女も同じ感覚を味わっているようで、不安そうな瞳でルカを見ている。


「こちらの腕輪ですが、精霊魔術を使えなくするだけではなく、装備者と契約状態の精霊様が精霊魔法を使った場合には装備者に電流が流れる仕組みになっております」


 男の少し張った声は、恐らくフォンテーヌに向けられたものだ。フォンテーヌもその声に反応して顔をあげた。


「その腕輪があれば檻の鍵は開けられますが――精霊魔術のご使用はお控えくださると幸いでございます」


 男はそう言って頭を下げてから、ルカの手を掴んでいる獣人を見上げた。獣人は優しく微笑んで男を撫でる。表情を蕩けさせる男を伴って、獣人は去っていった。

 

 彼らが去ってから、ルカはすぐにフォンテーヌを檻から出してやった。

 ぐったりしている彼女を座った膝の上に乗せながら、ルカは目の前の光景を――と言うよりアルヴァを睨んでいた。


 壁に背を預けて座りながら、今まで縛られていた腕を擦るアルヴァの前に、ケネスが陣取って真っ向から彼女を見つめている。その赤紫の目は堪えきれない怒りに燃えて、いつもより赤く光って見えた。


 ストールの奥、口から漏れる音は、怒鳴りつけないように我慢して噛み締めた歯の軋む音。


 耳の良い獣人に、男がいるとバレては事なので、ルカもケネスもしゃべることができない。だから、今感じている怒りを表現するには、怒気を瞳に込めて相手を――アルヴァを睨むしかなかった。


 兜の奥、彼女がどんな表情なのかはわからない。だから、何とかルカもケネスも怒りを抑えていられると言っても過言ではなかった。もしも彼女が『自分の身で済むのならオールオーケー』とでも言いそうな表情を晒していたら、恐らくルカは彼女に殴りかかっていた。

 不穏を感じ取ったのか、カレンとイグニアがそわそわとルカとアルヴァを見比べている。


 そんなギリギリな、下手したら広間にいた時よりも緊張した空気を破ったのはアルヴァの声だった。

「何とかするさ」

 あっけらかんとした声に、壁を殴る音が被った。


 フィオナが目を丸くして口を押えている。カレンが座ったままビクンと跳ねて、イグニアが二人のもとに駆け寄った。


 怒りを燃やしていたルカでさえ、一瞬すべてを忘れるほどの怒気を放って、ケネスは壁に手をついてアルヴァを囲うようにしながら彼女に顔を寄せていた。


「そう怒るなって。大丈夫だ、勝てばいい話だし、負けても隙を見て逃げる」

 アルヴァの手がストール越しにケネスの頬を宥めるように撫でている。イグニアが二人の隙間に頭を突っ込んで、「んー」と不安そうに鳴いた。

 それでもケネスはアルヴァから目を逸らさず、強い瞳で彼女を睨む。


 彼がああやってアルヴァに怒りと憤りをぶつけてくれたおかげで少し冷静になったルカは、ショルダーバッグに手を入れて、小さな植物図鑑と一本のペンを取り出した。ちょうどその時、勢いよく扉が開いた。


 おい煩いぞ! と部屋に入ってきた獣人たちの手には、食事がのせられていた。


 彼女らはそれを置くと、「食え」と短く言って嫌にニコニコ笑ってから部屋を出て行った。


 ルカは手に持ったペンで眉間を掻いて、植物小図鑑をパラパラとめくって、自分が挿し込みっぱなしにしていた走り書きのメモをいくつか抜き出した。フォンテーヌを優しく持ち上げて床に寝かせてから、彼はそのメモにさらさらと小さく字を書きこみながらと姉のもとに向かった。二人の様子が心配なのか、フィオナもがあとをついて行く。


 アルヴァが顔をあげた。

 ケネスはしばらくじっとりとアルヴァを睨んでから、追うように目をあげた。


 ルカは二人がメモを読みやすいようにしゃがんでやりながら、自分の書いた字をペンで指し示した。

 ルカの横から顔を出したフィオナがメモをのぞき込んで、肯定するように頷いた。


『この後のことについて、みんなで少し筆談しましょうか』


 二人が文字を読み切るだけの時間を十分にとっていたルカは、自分の後ろで、腹ペコのカレンが獣人の持ってきたサンドイッチにかぶりついていたことになど、まったく気が付くことができなかった。


 


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