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  炎をくだす、北の森の支配者⑥


 腕をピタリと身体につけた状態で縄でぐるぐる巻きにされたルカたちは、森の奥深くに築かれた集落の一室に閉じ込められていた。日も落ちて、蝋燭の淡い光源しかない部屋の中、身動ぎするたびに縄が鳴く。


 ルカから離れた部屋の端、小さな鳥籠のような物に入れられたフォンテーヌが、何とか脱出しようと藻掻いては、ふらっと脱力してへたり込む。何もできずにそれを見つめるルカの唇は悔しそうに歪んでいた。


 そんなルカの側には、アルヴァの指示でフィオナとカレンが張り付くように寄り添っている。その指示を出した本人は、イグニアとともに、ケネスに身を寄せていた。

 

 縄で縛られてさえいなければ、仲睦まじく微笑ましい光景だったことだろう。しかし、六人とも微笑み一つ浮かべない。イグニアの金の目も、不安そうに揺れている。


 彼らが隙間なく身を寄せ合っているのは、彼らを捕えた獣人の、良く利く鼻への対策だった。


 ルカとケネスが男と気づかれてしまわないように、カレンとフィオナはその身にまとう柔らかい香りでルカの性別を誤魔化し、アルヴァは逆に、ケネスのシャツを纏って寄り添うことで、彼に向くはずの目を自分に向くよう仕向けている。


 ルカたちの目の前、寄り添うアルヴァたちの縄が小さく軋む。

 先程から、アルヴァとケネスはやっと沿わせた手に、お互いに指で字を書いて会話していた。


 ルカの方を向いているケネスの、唯一ストールで隠されていない赤紫の目が怒りを孕んでアルヴァの方を睨んでいる。

 アルヴァの手の文字が書き込まれたようで、彼女はぴくりと肩を揺らし、兜をかぶった頭をゆっくり俯けた。それから彼女の指が、ケネスの手にそっと触れるのが見える。しかし、彼は「もう聞かない」とばかりに身をよじってアルヴァの指を避けた。

 

 ちょうどそのタイミングで、扉が開く。射し込む光に、ルカは目を細めた。

 薄暗いのはこの部屋だけらしく、外は松明や街灯で、それなりの明かりが保たれている。


「王さまのところへ連れて行く。暴れたら、怒るからな」


 背の高い女が、くっとアルヴァだけを睨んで言う。その言葉を合図に、後ろに控えていた獣人たちが、ルカたちを引っ立てた。




 絢爛、と言う言葉の似合う広間に連れ出されたルカたちは周囲を見回した。沢山の獣人が、値踏みするように彼らを見つめている。

 集まる視線に眉を寄せたルカの前で、アルヴァが幾重にも重なる天蓋の前に、突き飛ばされるように跪かせられた。ルカは姉を突き飛ばした獣人を睨みつけて、それから怒鳴りつけたいのを堪えるために唇を噛み締めた。

 それを、後ろから伸びてきた手が、(たしな)めるように撫でる。


「そう怒らなくてもいいじゃないか、可愛らしいお嬢さん?」

 耳に直接流し込むように囁かれて、ルカの背中の産毛が逆立った。


 まごうこと無き、女扱いだ。

 しかも、色を含んだ女扱いだった。


 いかに女に間違われることの多いルカでも、初めての経験だった。

 引き攣る頬を隠しもせず、ルカは獣人の女性を振り払って、姉の隣にしゃがみこんだ。くつくつ喉を鳴らす音が背中に降りかかって、ルカはアルヴァの腕に縋りつく振りをしながら、そこに「まじ無理」と書いた。

 その手に、なだめるように優しくアルヴァが触れる。そうしている間に、全員がアルヴァの周りに固まって跪いたようだった。


 

 天蓋の傍に控えていた獣人が、サッと跪いて凛とした声で言った。


「王さま、失礼いたします。先ほど申し上げた男と、女五人を連れてまいりました」


 しゃらり、しゃらりと天蓋が揺れて擦れる音がする。重なった天蓋を、内側から持ち上げて道を作ったのは、整った体を惜しげもなくさらす、美しい人間の女二人だった。

 ルカとケネスが、ほぼ同時に目を伏せる。


 天蓋の奥から、甘ったるい香の匂いが漂ってくる。


 ちらり、と目をあげると、幕の向こうから歩いてくる足が見えた。健康的に焼けた色の足は、スラリと筋肉を纏って、素足で床を踏む。

 香の甘い風を纏って奥からやってくる、彼らの言う()は、獣人たちが用意した座り心地の良さそうな玉座に腰を据えると足を組んだ。



「其の方ら、(おもて)を上げよ。今日の余は機嫌がいい。ことによっては、逃がしてやらんこともない」



 歌うように言うその()()()()の声に聞き覚えのあったルカは、小さく息を飲む。隣のアルヴァもこの声に聞き覚えがあったようで、床についた手をゆっくり握りこんでいる。


 動かないルカたちにしびれを切らした獣人が、アルヴァの兜の物見に指を引っかけて無理やり顔をあげさせた。アルヴァが慌てたように兜の下を掴んで、兜がすっぽ抜けないように引っ張った。

 獣人が鋭い牙をちらつかせて怒鳴る。


「貴様、王さまが面を上げよと慈悲をくださっているのだぞ! さっさと上げんか!」


 アルヴァが兜を脱がないのが気に食わないらしい獣人たちが、それに続いて吠え立てる。


「王さまの前で兜を脱がぬなど、このお方を誰と心得るか!」


「炎を(くだ)す偉大なる森の王さま、『リィカ族の姉妹(リィカ=アデルフェ)』の王さまだぞ! 強いんだぞ!」

 すっと空気が動いた気配がして、喧喧囂囂(けんけんごうごう)と騒がしかった広間が、水を打ったように静かになる。


 ルカはゆっくり、ゆっくりと顔をあげて、玉座を見た。




 すらりと伸びた足。


 ほとんど裸同然の、下着のようなズボンに、腰のあたりを彩る煌びやかな装飾。


 腹筋の割れた腹に、ズボンと同じく衣服の態をなさない布で隠された控えめな胸。


 ふわりと肩にかかっている毛皮は、恐らく炎狼の物だろう。赤い光沢と交わるように、黒と黄褐色の髪が触れ合っている。




 まさかまさか、と思いながら目をあげるルカをよそに、落ち着いた声が広間に響く。



「我らの王――コルセスカ・リィカ=アデルフェ様の(めい)である。王が寛大であるうちに、面を上げることを勧める」


 意を決して、くっと顎をあげたルカの濃琥珀の瞳に映ったのは、玉座に腰かけ興味深そうにルカたちを――と言うよりアルヴァを見つめてピコピコと大きな丸い犬耳を揺らす、黒と黄褐色の混じった外はねの髪の女性だった。黒い瞳がきらりと輝いている。


 そして、その玉座の後ろには、二人の獣人が控えていた。


 一人は、長いポニーテールを後ろに流す、薄褐色の肌の女性。彼女は静かにルカたちを見つめていて、位置的に、先ほど静かにルカたちを促したのは恐らく彼女だろう、とルカは固まりかけている頭でぼんやり思った。


 それから、もう一人。


 嫌と言う程に見覚えのある、ふわふわガーリーでフリルとリボン特盛のパステルカラーのワンピースを身に纏い、目を見開いて固まる少女の黒い瞳は、ルカをまっすぐ見つめていた。



  

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