炎をくだす、北の森の支配者④
アルヴァの言っていた街、と言うのは、街道沿いにあるシャンブリルと言う街のことだったようだ。
ルカは、シャンブリルの街をカレンとフィオナと一緒に歩きながら、きょろきょろ周囲に視線を走らせていた。すれ違う人々――主に男性の視線がルカたちに集中するが、彼は仕方のないことだとあきらめていた。
なんたって、可憐なエルフの少女と、愛らしい顔立ちの金髪少女が一緒に居る。
ルカはちらりと、自分の左右を隣を歩くフィオナとカレンに目を向けた。
膝よりも少し長い丈のワンピースの裾から伸びるフィオナのほっそりとした足は、赤みがかってきた太陽の光に照らされて輝いている。
高い位置でくくった癖のない金糸を、歩みのたびに揺らすカレンの、うなじの白いこと。西日の中でも輝く白は、一つのくすみも見られない。
そりゃ視線も自然と集まるというものだ。
ルカはそっと前に視線を戻して小さく頷く。
自分に視線が来るなどとはかけらも思っていないルカの、普段のようにハーフアップのお団子にしていない柔らかな茶髪を風がなびかせる。顔にかかる髪を押さえながら、ルカはすれ違いざまに集まる視線を無視して、とある店を探していた。
あ、とフィオナがルカの肩をトントンとたたいて、右前にある店を指さした。
「あそこじゃないですか? ほら、看板に『武器防具』ってありますよ」
指の先を見れば、確かに目当ての店があった。おあつらえ向きなことに、隣には服屋もある。
「あの、私……やっぱり、必要だと思うのです」
フェロウズ西街に王室魔導士があふれていたことが気にかかっているらしいフィオナが、不安そうに、心配そうにルカを見ている。自分の身を案じてくれている相手に対して無下に首を横に振ることもできなくて、ルカは曖昧に笑いながら頷いた。
フィオナが服屋に入っていくのを見送ってから、ルカは口から出そうになるため息を飲み込んで、武器防具専門店に足を向けた。
らっしゃい、と声をかけてきた女店主に、ルカは壊れた革の兜を差し出した。女店主の目がそちらに向く。
「すみません、ここって修理、受け付けていますか?」
「ああ、受けてるけど……これは無理だね」
ちろりと目を上げた女店主が、あんたら旅の人だろう? と続ける。
「これ、直すとなれば時間がかかるよ、留具以外もガタが来てるし。しばらくここにいるって言うんなら、できないことも無いけど……武器防具のプロとしては、新しいもんを買うことをおすすめするね」
「そうですか。そしたら――」
ルカはショルダーバッグから財布を取り出し、銀貨を数枚掴みだした。
「これくらいで、買えるものってありますか?」
「銀貨四枚か。そうだね、その値段だと新品は売れないけど、中古で良ければいくつか見繕ってあげるよ」
どうだい、と女店主が笑みを浮かべる。もともと新品で買うつもりなど無かったルカは頷いて、彼女に革の兜を渡した。
「よろしくお願いします。サイズとかよくわかりませんので、この兜と似たような大きさの物を見繕っていただけますか?」
流石に、顔が隠せれば何でもいいです、とは言わずに、ルカは小首を傾げて女店主を見上げて返答を待った。女店主はルカと兜を見比べて、それから口を開いた。
「採寸した方がいいと思うよ? サイズの合わないものを着けると危ないから」
懐から巻き尺を出しながら女店主が言う。その言葉に首を振って、ルカは「自分のではないので」と断った。
「あら、そうなのかい。あたしはてっきり、嬢ちゃんが使うのかと」
嬢ちゃん、と言った女店主の目はルカにしか向いていない。彼は乾いた笑い声を上げながら、口の端をひくりとさせた。
「アハハ、チガイマスヨー」
引き攣った声で『お嬢ちゃん』という言葉を否定するルカだったが、女店主は『私が着けるのではありません』と受け取ったらしい。彼女は、難しい顔をしながら中古品の棚の方へ歩き出した。
「でもね、嬢ちゃん。最近は物騒だって言うよ。いつ、獣や魔獣なんかに襲われるかわからないのに、軽装で出歩く女の多いこと。理由を聞けば、髪が崩れるとかなんとか。冒険者にも多いんだ、そういう理由で兜をつけない女が」
まったく、とブツクサ言う女店主に「自分は男です」と説明するのも面倒になったルカは、終始ニコニコしながら話を聞き流すことにした。
「――でもまぁ、安全よりお洒落を選べるほど平和だって言えばそうなんだろうさ。おっと、ごめんね愚痴に付き合わせて」
女店主は見繕った兜をルカの前に並べ終えると、ペラペラ喋っていた口を押さえて誤魔化すように笑った。
ルカはニコニコした笑顔を崩す事なく、気にしないでください、と手を振ってから兜たちに目を落とした。
「そういえば、嬢ちゃんたちはどこに行くんだい? この先、街道は終わって森しかないよ」
兜を吟味するルカに変わって、カレンがそれに答えた。
「森の方にちょっと用事があるんです」
「はぁ、そうかい。詳しくは聞かないけどね、あんまりおすすめはしないよ。あそこ、最近、変な噂ばかりなんだよ。男が入ると腑抜けて帰ってくるとか、女が入ると二度と出てこないとか……」
「そ、そうなんですね……」
カレンの声が震えてしぼむ。
「どうしてもって以外なら、ここじゃなくて他の森に行くことを勧めるよ」
ちらりと目を向けると、カレンは青い顔で、声に負けないくらい震えながら、引きつった笑みを浮かべていた。その奥、入り口には、買い物を終えて紙袋を――ルカにとって悪夢のようなひらひらが詰まった紙袋を抱えたフィオナが、カレンの様子に首を傾げながらこちらに歩いて来ていた。
一応、女店主の警告を頭のメモに書き込んで、あとで姉上にも伝えよう、と思いながらルカは、再び兜に目を移した。
ルカの前に並ぶ兜と、今のアルヴァの装備を脳内で重ねて、一番違和感の少ないものを持ち上げる。指で幅を測ってみて、小さすぎないだろうことを確認してから、ルカは女店主を見上げた。
「これを――」
いただけますか、というルカの言葉は、通りの向こうで響いた爆発音に飲み込まれた。
ルカはぱっと店の入り口まで駆けて、音のした方向をのぞき込んだ。
大地がえぐれるような音と振動は、今朝早くにルカたちを襲ったものと酷似していた。
通りの向こうで土煙が舞っている。
そこから飛び出てきた赤い髪を確認したルカは、急いで女店主の元に戻った。
そして握っていた銀貨四枚に財布から追加で出した銀貨三枚を合わせて――銀貨七枚もあれば中古ならば十分買える――押し付けて、口早に礼を言うと、選んだ兜を抱えて駆け出した。
走りながらバッグに兜を突っ込んで、代わりにアクアマリンを取り出したルカは、それをリングブレスレットの台座に嵌めた。
こちらに駆けてくるアルヴァとその隣で四つん這いで走るイグニア、フワリと浮かんで二人の後を飛ぶフォンテーヌ。そしてそれに続くようにスカートをたくし上げながら走るケネスの後ろに、朝方襲ってきたのと全く同じ顔が迫っている。
ルカのしようとしていることに気が付いたフォンテーヌが、水の鎖を機械兵の足を絡ませた。機械兵の動きが空中で止まる。
足から火を吹いて空を飛ぶそれを捕捉したルカは、右手を上げて水の魔力を集めると、機械兵を覆うように水球を作り上げた。
「姉上、カレンたちを連れて先に森へ!」
ルカの近くでスピードを落としかけたアルヴァが再び全速力で駆け出したのを見届けて、ルカは魔力を操作して水球の中の水流をめちゃくちゃに動かした。機械兵の髪がバラバラと暴れているが、機械兵自体はびくともしない。それでも、水流が邪魔して、そこから飛び出すには時間が掛かりそうだった。
ルカは駄目押しで水球の外に結界を多重に構築してから、先をかけるカレンたちの背を追った。