炎をくだす、北の森の支配者③
嵐のような獣人たちを見送ったルカたちは、街道を歩いていた。
目指すのは、砂漠都市エレミア。
獣人たちを見送った後、歩きながら話し合って、そこに決まった。アルヴァの文通友達のラフ――しかもエレミア領主ご子息である――がいることが大きかった。さわりだけでもこちらの事情を教えてあるから、助力を請いやすい。
とはいえ、エレミアの街へ到着するには橋を二つ渡らなければならないし、その際は聖都の近くを通ることになる。だから、ルカたちは、まずは街道の交点――フェロウズ東街から聖都へ伸びる街道と、フェロウズ西街から北へ伸びる街道の交わるところを目指していた。
そこは小さな町のように整えられていて、旅人なんかが情報のやり取りをする場になっている。『どこで、どの部隊が検問をやってた』なんていう話はそこらの大きい街よりも手に入りやすいから、まずはそこで情報収集することになった。
「――あの、さっきの……耳の生えた方たちは」
一番後ろを歩くルカに、その隣を歩いているカレンが声をかけた。ルカは、周囲の植物を眺めていた目を彼女に向けて、それから、「さあ」と首を傾げた。
「少なくとも、この辺では見ない種族の女性でした。ねぇ、姉上」
植物の分布なら諳んじられるルカだが、『人を含めた動物の、どんな種族が国のどこに住んでいるのか』に関しては姉の方がはるかに知識量が多い。もともと生き物が大好きな上に勤勉なアルヴァが、シレクス村騎士団の定期巡回や遠征にほぼ毎回参加してアングレニス王国を見て回ったからこそついた知識である。
先頭を歩いていたアルヴァが、歩きながらルカを振り返った。
「ヘクセルヴァルト公国の更に向こうに獣人の国があると、本で読んだことがある。多分、彼女たちはそこからアングレニス王国へ来たんだろう」
はあ、そんな遠くから。
ルカは、ほお、と顎を擦る。観光に来たのか仕事で来たのかはわからないが、とアルヴァは表情を曇らせた。
「これでアングレニス王国を嫌いになってしまわないといいんだけど……」
「きっと大丈夫ですよ、アルヴァさん」
フィオナが優しい声で言う。彼女のバッグの肩紐にくくられた、壊れた皮の兜が揺れている。
アルヴァは、そうだといいんだけど、と言いながら前を向いた。
伸びる街道を歩いているのはルカたちだけだった。
馬車が端を歩くルカたちの横を抜けていった。時折、窓からルカたちに目をやる者もあったが、特に興味もなさそうにすぐに景色に目を移して通り過ぎていく。呼び止められることはまだなかったが、やはり街道を歩いているのは少し目立つ。
「交差点の町で、乗り合いの馬車でも見つけよう。あれは、物によっては身分証がいらないから」
アルヴァの声に頷きながら、ルカは前に目を凝らす。町はもうすぐそこだった。
小さいながら活気のあるこの町は、東西南北に延びる街道に沿った不思議な形をしている。そのまま素通りしていく馬車もあれば、馬を預けて町をぶらつく旅人もいた。
人混みを歩くルカの耳には、様々な情報が入ってくる。
『シレクス村が火に飲まれている』
『エレミアで結婚を祝う祭りがもうそろそろ始まる』
『王はご病気らしい』
『近々、処刑があるとかないとか』
などなど、飛び交う噂の中で、ルカたちの耳をひいたのは、昼食をとるために入った酒場で耳に入ってきた言葉だった。
『この先の橋で、王室魔導士が検問をしている』
酒場のマスターにその話をしていたのは、旅装の男だった。彼はくたびれた顔で、マスターに、橋の検問で追い払われた、と愚痴っていた。どうも、橋の向こうの村に向かっていたらしい男は、身分証がないために橋を渡らせてもらえなかったのだそうだった。
そういう情報を得られたので、ルカたちはその交差点の町から西へ行くことなく、そのまま北上することを決めた。昼食をおえて早々に彼らは、馬車を借りることもなく再び街道を歩き始めた。
このまま北に行って、エレミアに行けるのか?
カレンの疑問は、ルカも不思議に思っていたところだった。
その疑問への答えを歩きながら説明してくれたアルヴァとケネス曰く、北の森を抜けた先にも橋が架かっているとのことだった。そこを通って砂漠方面に行けるのだそうだ。
それを言い出したケネスの歯切れが悪かったことと、アルヴァがほんの少し浮かない表情だったのが気にかかったルカだが、それを指摘しようとしたところで話が変わってしまった。
「そうだ、もう少し行くと街があったと思うんだ。そこで兜だったり服だったり、調達しなければな」
アルヴァの明るい声に、ルカは先ほどの話を蒸し返すこともできずに相槌を打つほかなかった。




