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  シャンセルからフェロウズ西街へ②


 一体何を言われるだろう。頭でも打ったか、とか……あとは徹夜のし過ぎを心配されるか?


 そんな風に身構えていたルカは想定外の柔らかな衝撃に、ぐらりとよろけた。けれど倒れることはなく、室長のぷにぷに柔らかい体に包まれたルカは、驚きに目を見開きながら、わぷわぷ、と顔をあげた。


 室長は、ぽろぽろと――まるで乙女のように――涙をこぼしていた。

 これにはルカもぎょっとする。


「せ、教授(せんせい)? オリバー教授? ちょ、どうしたんですか」


 精霊薬学(ルカが所属する)研究室の室長――オリバー教授を宥めるようにルカが背中を擦ると、彼は涙を拭いながら口を開いた。


「無事だったんだね。学校に王室魔導師が来て君のことを聞いていったから、何かに巻き込まれたんじゃないかと心配で……そ、それに――君のお姉さんの指名手配のビラが配られてるし……」


 何か大変なことに巻き込まれたのかと、と言うオリバー教授の涙声に、ルカはほんの少し首を動かして、自分の斜め後ろにいる姉を見た。兜の下で口を開きかけているだろうアルヴァに聞こえるように、ルカは言う。


「巻き込まれたんじゃなくて、飛び込んだんですよ」


 ふん、と笑いながら言うと、やっと落ち着いたオリバー教授がルカをプニプニから解放して心配そうに眉を寄せた。


「飛び込んだ?」

 教授はオウム返しにしながら、祈るように胸の前で手を組んで小さく首を傾げている。


「ええ。それから、姉上の指名手配ですけど、取り下げられました」


 その結果、マキナヴァイス帝国の機械兵の襲撃を受けたことは言わないでおいた。優しくて涙腺の弱いこの教授に教えたら、また泣かれてしまう。

 ルカの言葉を聞いた教授が、ぱっと表情を明るくした。


「そうかそうか。ならよかったよ。アルヴァさんが手配されるなんて何事だ! って騒ぎが起きて、しばらく試験準備が滞ったんだから」


 よかったよかった、と頷くオリバー教授が、やっとルカの格好に気が付いたようで、ぎょっと二度見してからルカの顔を覗き込んだ。


「な、なんでワンピースを着ているか聞いてもいいかい? 罰ゲームか何か?」

「まあ、いろいろありまして。……ところで教授、王室魔導士が来たのって、いつですか?」

「つい先ほどだよ。おかげで僕、動揺しちゃってさ、在庫あるのに薬草買っちゃって」

「つい先ほど……ですか」

 ちらり、とアルヴァを見る。細い物見の奥で、金の目がルカを見た。


 朝早くに襲ってきたあの機械兵からの情報で動いたのだろう。早いなんてもんじゃない。


 ルカは小さく眉を寄せる。


 ――認めたくないけど、女装して正解だったか。


 自分の体を覆うパステルカラーをルカは見下ろした。その様子を見ていて何か気づいたのか、オリバー教授が大きな体を丸めて、小さな声で尋ねた。


「――それで、飛び込んだって何に飛び込んだの? その格好も、それから周りにいる人たちも……それに関係するの?」

 心配に満ちた声だった。


 どこまで説明したもんかな。

 

 ルカは、むぅ、と唇を軽く噛んでアルヴァを見た。

 アルヴァは顎を擦って首を傾げてから、フィオナを見た。つられてルカも彼女に目を向ける。フィオナは、一瞬目を伏せてから、小さく微笑んで頷いた。


 それを確認したアルヴァが、周囲を確認してからおもむろに兜をとった。

 オリバー教授が大きく目を見開いて、それからアルヴァに一歩近づいた。

「ご無沙汰しています、オリバー先生」

 薄っすら浮かぶ汗を拭って一礼したアルヴァは、依頼の話や、ここに来るまでに起こったことをぼかして手短に説明した。話を聞くにつれて、オリバー教授の表情が険しくなる。


「――そうか、そんなことが……」

 話を聞き終えた教授は、低く唸ってしばらく考え込んでいたが、ぱっと顔をあげた。


「誰からの依頼なのか、とかは詮索しないよ。ただ、いくつか聞かせてほしいんだ」


 アルヴァが頷いて彼を促す。


「――王室魔導士が、君たちを追ってるんだね? そして、君たちは国内を巡らなければいけない、そうだね?」


 ルカもアルヴァもそろって頷いた。オリバー教授が深刻な顔で口を開く。

「そしたら、君たちはフェロウズ東街へは行ってはだめだ」


 もしかして、とアルヴァが眉を寄せる。

「検問でも行われているのですか?」

 教授が大きく頷いた。

「そうなんだよ。しかもかなり大規模らしくてね。ルカくん、君の友人のマーヴィンくんが言ってたから確かだよ」

 

 脳裏を気だるげな友人の顔がよぎる。確かに彼は嘘はつかない。


 ルカは忌々しそうに口を歪めてアルヴァを見た。

「姉上、どうします? あそこを通れないとなると、山越えるしかないですよね。でも、どうせその山の中には機械兵が待機してますよ」


「うん、イグニアに一人ずつ乗せてもらうにしても、時間がかかりすぎるし……こんなに明るいとすぐにばれるから駄目だな」


 いつの間にかアルヴァの隣に並んでいた、深窓の令嬢、もとい、ケネスが口を挟む。

「だからって夜もダメだろうな。村の空を照らしてたあの光でどうせ照らされる」

 オリバー教授が彼を二度見したが、この格好について追及されたくないケネスは、それを何とか気にしないように視界から追い出したようだった。

 しばらく沈黙が満ちる。

 イグニアが、くあ、と欠伸をした。 


 三人が難しい顔を突き合わせていると、考えを巡らせていた教授が、ふ、と顔をあげた。

「……僕、それ以外で街を越える方法を知ってるよ」

 オリバー教授が小さく、しかし自信に満ちた声で満ちた沈黙を絶った。



 


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