9. シャンセルからフェロウズ西街へ①
「すまない、これを一式いただきたいのだが」
アルヴァの作った低音に顔をあげた男性店員は、一瞬眉を寄せてから、ニッコリ笑顔を取り繕った。
大方、幼女と手をつないだ皮の兜の傭兵の男が、女を四人も侍らせていやがると、そう不快に思ったのだろう。ルカはそう考えながら、眉間に深く刻まれていた皺を更に深くした。
大通りを歩いて、この服屋に来るまでどれほどの視線を感じたことか。
今だって、ちらちらとこちらを見てくる好奇の視線が痛いくらいに肌に刺さっている。
ふわふわガーリーワンピースで薄い体を包んでいるルカは、なるべく周囲を見ないように地面に目を固定してそれをやり過ごす。普段はズボンに覆われている足が寒い。黙って俯いて眉を寄せているルカのわき腹を、カレンが肘で小突いた。
そこに面白い物があるんです、と言い張っても通る勢いで地面を見つめながら、ルカは「なんです」と言った。
「――もう少し足を閉じないとだめです」
ルカはついっと濃琥珀の瞳を動かして、カレンを見つめた。すっと目を細めて睨んでも、彼女は一瞬怯むだけでじっとルカを見つめ返してくる。
十秒ほど見つめあって、ルカはため息を噛み殺してじりじりと足を閉じた。
「何で君は、こう、僕を完璧な淑女にしようとするんですか」
ルカとケネスがワンピースを着て茂みから出てきた時から、カレンはこうだった。
ルカが適当につっかぶっただけのワンピースのリボンなんかのヨレを直し、やれ歩幅が大きいとか、腕組みするなとか、横で小うるさく世話を焼いてくる。
淑女なんか目指してませんけど、店員に聞こえないように小さく言い放つと、カレンはほんの少し口ごもって、手をモジモジさせながらルカを伺うように見て口を開いた。
「だって、物語に出てくるお嬢様みたいに可愛いから」
後頭部をハンマーで殴られたほうがましなくらい脳が揺れた気がして、ルカは過去最高の深さに到達した眉間の皺を揉み解して大きな大きなため息を吐いた。ルカの右隣りに立つフィオナが、心配そうにルカを見て何か言おうと口を開く。それを手で遮って、ルカは諦念を大いに含んだ笑みを浮かべて見せた。
「よし、買い物は終わったぞ……あれ、どうした?」
紙袋の中身を確認しながら近づいてきたアルヴァに、ルカは死んだ魚の目を向ける。
「いいえ、なんにもありませんよ。ねぇ、さっさと着替えたいんでシャンセルを出ましょう」
カレンを挟んだ向こう側で、ケネスがこくこく力なく同意している。彼は、無駄なく筋肉のついた体を濃紺色のワンピースで包んで、短髪と肩幅を隠すようにストールを巻いてできる限り小さくなっている。見目の美しさも手伝って、遠目に見れば病弱な令嬢、近くで見てもちょっと背の高い女性にしか見えない。
アルヴァは、今にも死にそうなほど元気のないケネスと、悟ったような笑顔を浮かべるルカを交互に見つめて、大きく頷いて歩き始めた。
なるべく人の少ない道を歩くアルヴァに、ルカは黙ってついて行った。時折横から挟まれる小言を無視して、ルカはずんずん、普段通りに歩く。
そう、普段通りに。
見慣れている人ならば、ルカだとわかる歩き方で。
ルカでは少し手を出せないお値段の薬草や実験用の触媒を取り扱う、グラディシア学校の教員御用達の店の前を、ずんずん歩いて通り過ぎる。その店の前を少し行ったところで、後ろから声がかかった。
「あれ……ル、ルカくん……?」
少し離れたところからかけられた馴染み深い声に、ルカは思わず足を止めて、ほとんど反射でそちらへ体を向け、ぎくりと表情を硬くした。
「せ、教授……」
ひくっと頬を引きつらせたルカに、購入した薬草をばさり、と取り落とした精霊薬学研究室の室長が駆け寄った。




