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  指名手配取り下げの弊害⑦


 青い瞳を見開くこともなく、その――人を(かたど)った何かは、ルカを見ながら傾いでいく。

 やがて、どっと相手が倒れた。

 ルカは、感触を確かめるように右手を開閉しながら姉のもとへと駆け寄る。


「――お前が躊躇なくいったから、()()()とは思ったが……人じゃないな、これは」

 

 アルヴァは油断なく、倒れ伏した相手をじっと見つめながら静かに呟いた。


 何事もなかったように開かれている青い目が、アルヴァとルカを映している。さっくりと切れた右腕と右足の切断面は、肉の赤のひとかけらも見せずにパチパチと小さい火花を飛ばしていた。漏れ出る液体は、薄っすら橙色に染まっていて油臭い。

 

「これ、何でしょうかね」

 空中に水の球を作って、手品師が指を慣らすような動きでそれを弄びながら、ルカは真剣な表情で強襲者(それ)を見つめて姉に問いかけた。アルヴァは黙したまま首を振る。

 ルカの左手が顎を擦る。もちろん右手は水の球を弄び続けている。

 相手はガラスのような目にルカたちを映したままピクリとも動かない。


 死んだのか――いや、生き物でないなら、壊れた、が正しいのかな。


 ルカはじっと相手を観る。

 すっと細めた目は研究者のそれだった。


 ルカの腕の一振りで切り飛ばした肩口の、綺麗な切断面をのぞき込む。舞う火花と漏れ出るオレンジの液体の奥、人間の肌に似た素材の下に隠されていたのは、機械仕掛けだった。


 ヒューマノイド。

 機械兵。


 怒りに満ちた声でそう吐き捨てたハンナの顔が脳裏によぎる。

「マキナヴァイス帝国の、機械兵……」

 ルカがぽつりと呟くと、隣のアルヴァが眉を寄せて「これが……」とこぼした。


 その刹那。


『……ルカ! 足が動いてる!』

 フォンテーヌの切羽詰まった声と同時に、硬質なものを穿つ音が朝日の中で響き渡った。

「おい、まだだ!」

 ケネスの声に弾かれた様に動いたのは、アルヴァだった。目の前に倒れ伏している機械兵に、剣を突き立てる。それを紙一重で躱した機械兵は、焦げ臭いにおいをその場に残して大きく後退した。待っていたようにケネスがその体を蹴り飛ばす。奇しくも、機械兵が蹴り飛ばされた先には、ルカが叩き切った機械の足が落ちていた。


「何だ、あいつ火を噴いたぞ」

 アルヴァが剣をかまえなおす。その隣に駆け寄ったケネスは、くすんだ金の髪に落ち葉を付けながら、重そうに剣を振り払った。

 剣の先の突き刺さっていた機械の腕が腐葉土の上に跳ねて転がった。

「お前らしくもない、何油断してるんだ」

「まさかあの状態で動けるとは……面目ない、ケネス、ありがとう」

 ふっと強く息を吐いたアルヴァが、数メートル先に飛び退いた機械兵を睨む。機械兵は、切り離された自分の足を検分して、切断面にぴたりとあてがった。触手のような蛇腹のコードが切り離された足から伸びる。


 機械兵は立ち上がった。

 左足と、間違いなく切り離したはずの右足でしっかりと立ち上がって――。


「ルカ・エクエス。危険と判断、対応を行います」


 ――ルカめがけて、弾丸のような速さで跳んできた。


 迫る拳に、ルカは指揮をするように右手を振った。機械兵の横に現れた渦巻く水球が、ルカの手の動きに従って機械兵の横っ面へと突っ込んでいく。常人なら吹き飛ぶ勢いで振るわれた水の槌は、機械兵の体幹をほんの少しぶらすだけに終わる。

 まさかたったその程度の衝撃しか与えられないとは思っていなかったルカが、焦燥に眉を寄せる。慌てて飛び退いても、機械兵にとっては誤差の範囲内でしかないのだろう。拳が迫る。


 ルカは両腕を前でクロスさせて、痛みに備えた。

「させるか!」

 ぎぃ! と金属が悲鳴を上げる。ルカと機械兵の間に割って入ったアルヴァが、迫る拳を受け流して上に逸らせた。そのまま、柔らかく手首を返したアルヴァは、機械兵のがら空きの胴体を斜めに切り下ろした。


 金属を裂く嫌な音と、火花の散る音が響く。

 

 胴が真っ二つになるギリギリで飛び退いたらしい機械兵は、表情を変えることなく口を開いた。

「損傷確認……戦闘続行可能――」

 機械兵の足元に火の魔力が集中する。

 その足に小さく火が灯ったところで、くすんだ金が機械兵の後ろで閃く。


「これでも『可能』かよっ!」

 そういいながら振りぬかれたケネスの剣は、ぎちぎちと嫌な音を立てて、機械兵の首を跳ね飛ばした。 

 

 



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