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8. 指名手配取り下げの弊害①

 ルカは「あいたっ」と痛くなどないくせに、反射でそう溢した姉を睨みつけた。


 殴った右手が痛い。ものすごく痛い。痛みに悶えたいのを必死で抑えて歯を食いしばる。


 そのまま長々と叱りつけたいのを我慢して、ルカはアルヴァの横を抜けながら強く息を吐いた。


 ――まずは父上の怪我の程度を見なければ。

 

 アルヴァの少し後ろに倒れているエヴァンの隣にしゃがんで顔を近づける。

 ルカの隣に浮かぶフォンテーヌの淡い輝きのおかげで、エヴァンの胸が大きく上下しているのが見えた。ひとまず安堵の息を吐き、それから彼は父親に顔を寄せた。


「父上、父上。聞こえますか?」

「……ルカ」

「良かった、意識はありますね」


 冷静に、と自分に言い聞かせながら、ルカは父親の体を検分する。


 後ろからついて来ていたカレンが「ひっ」と喉を引きつらせるが、構っていられない。


 鼻を衝く鉄臭さに、ルカはまず眉を寄せた。

 鎧を纏っていない彼の、白いシャツは赤に染まっている。まずは止血をしないとまずいな、とルカは上腕を押さえているエヴァンの大きな手にそっと触れた。

 手に入っていた力がふっと抜ける。その手を両手で引き剥がす。


 ルカはショルダーバッグを漁ってペティーナイフを取り出して、(シース)をとった。血で肌に張り付いているシャツをつまみ上げ切れ込みをいれると、躊躇なく指を差し入れて力を入れる。


 血で濡れているせいか、びっ、と少し低い叫び声をあげて布が左右に分かれた。


 痛みに眉を寄せているエヴァンの表情を確認してからルカは彼の腕に顔を近づけた。

 ふっと周りが明るくなる。おそらく上で火竜が火を灯してくれたのだろう。

 火に照らされた右上腕は、鮮やかな赤でこれでもかと言う程に彩られていた。見れば、その腕の下、草まで赤に染まっている。


「……父上、水で洗いますね」


 断ってから、ルカはフォンテーヌを見上げた。


「フォンテーヌ、お願い」

「可哀想なエヴァン、少し沁みるけど我慢なさいね……」


 フォンテーヌがふわりと手をあげると、彼女のクッションの水球から水が手のように伸び始める。その水の手はエヴァンの腕を宥めるように舐めると、それを飲み込んだ。

 

 腕を包んでいる水が赤に変わる。エヴァンは深い皺を眉間に刻んで、ぐっと目を閉じていた。


「傷口からゴミを取るわよ。痛いけど、耐えられるわね?」


 赤子をあやすようなフォンテーヌの声に、エヴァンが頷く。直後、彼はびくんと肩を震わせた。


「……あら、随分大きいゴミが」


 水面にさざ波がたって、細い触手のようなものがルカの方へ伸びてきた。差し出したルカの手に落ちたのは、ひしゃげた金属の塊だった。フォンテーヌが眉を寄せる。


「鉄だわ」

「鉄でこのひしゃげ方……」


 ルカの手元が暗くなる。小さく顔をあげれば、そこには兜を取ったアルヴァと、心配そうな顔のケネスが立っていた。


 ルカの手の中の物を見たケネスが口を開く。


「それ、弾か? 銃の」

「ええ、多分。この国ではそうそう手に入らないというか……こんな形のが出回ってるのは初めて見ましたけど」


 そういってルカはかざす様に腕を持ち上げた。指でつまんだ金属を眺めて、ルカは首を傾げた。


 アングレニス王国で、主に魔獣の討伐などの用途で使われる銃に使用されるのは丸い弾丸が主だ。しかし、ルカの指の間にあるこれは、ひしゃげる前は恐らく細長い形をしていただろうという形状をしていた。

 ルカの手からそれを取り上げたケネスがじっと目を凝らしている。


 洗浄を終えたとフォンテーヌから言われたルカは、傷口からまだ血が流れ出ているのを確認して、包帯と小瓶を取り出した。フォンテーヌの使う綺麗な水で中まで洗浄が終わっているので、あとは止血するだけだ。


 止血効果のある軟膏――ルカ謹製のものだ――を乗せてから、傷の上に包帯を当てて、きつく巻いていく。じっと包帯を注視して、血が滲まないのを確認したルカは、とりあえずはこれで大丈夫だろう、と深く息を吐いた。


 そんなルカの後ろで、ケネスは、あ、と声をあげた。


「――これ、見たことあるぞ。ほら、イグナールの博物館で」


 ケネスの横で、同じく目を凝らしていたアルヴァがその言葉に小さく首を傾げて、それから目を見開いた。


「竜機大戦の資料館のやつか! 確かに似てるな。ということは――」


 アルヴァがくっと目を細めて闇の向こうを睨む。


「王室魔導士はマキナヴァイス帝国と通じているのか……」


 彼女の言葉を継いだのは、ゆっくり体を起こしたエヴァンだった。


「父上、起き上がって大丈夫なんですか」


 アルヴァがルカの隣にしゃがみ込んで、エヴァンの顔を心配そうに見つめた。彼はまだ脂汗を浮かべてはいるが、それでも笑んでいた。


「ああ。アルヴァ、助かった」


 ありがとう、と言いながら、エヴァンは無事な左手をあげて彼女の頭を撫でた。そのブラウンの目が今度はルカに向く。


「ルカも、ありがとう」

 大きな暖かい手がルカの頭を撫ぜる。


「応急処置ですから、日が昇ったらシャンセルの街の病院に行ってくださいね」


 ルカの言葉に頷いて、エヴァンが立ち上がる。それに合わせてルカもアルヴァも立ち上がった。


「父上、私たちが城に向かった後、何があったのですか」


 アルヴァが固い声で言う。 

 エヴァンは剣を拾い上げて鞘に戻してから、ルカたちを振り返った。


「詳しい説明は、後で。今はハンナを追わないと」


 ******


 ルカは、空を飛ぶ火竜に乗っていた。前に座るエヴァンに叫ぶように声をかける。


「母上は、どちらに!」


 エヴァンはルカと同じように声を張って答えた。


「王室魔導士の野営地に!」


 くん、と火竜が高度を落とす。眼下に広がる草原は、焼けた匂いを立ち昇らせていた。

 着地した火竜の背から飛び降りて、エヴァンが周囲を見回す。

 ルカも視線を左右に巡らせて、それから大きく唇を歪めた。


 元はテントでも張られていただろう野営地は、凄惨な状態をさらしていた。


 夜風に混じって、バチバチ、と火花の散る音が響いている。

 生物の気配一つなく、そこかしこでボヤが起きている。その一つ一つをフォンテーヌに消してもらいながら、ルカはしゃがみこんだ。草地に似合わない金属片がいくつも落ちている。


 ざり、と言う足音に、ルカはパッと顔をあげて、それから肩の力を抜いて立ち上がった。


「母上!」


 奥から姿を現したハンナは鎧を着こんでいて、大きな怪我もしていなかった。その手には剣が握られている。ハンナはルカたちを見つけてほっとした顔をしてから、きりっと眉をあげた。


「あなた、これを」


 彼女がエヴァンに差し出したのは、――切り離された人の腕だった。

 アルヴァと一緒に火竜に乗っていたカレンがちょうどルカたちに駆け寄ってきたところで、彼女は青い顔を更に青くして、ぺたん、と尻もちをついた。

 カレンの肩を抱きながらアルヴァが母の手の中にあるものを見つめてゆっくりと口を開いた。


「母上、それは……人の腕ではありませんね」


 彼女の冷静な声に、カレンが「へ?」と間抜けな声を出す。


「ええ。ヒューマノイド……機械兵の腕です」


 ハンナはそれだけ言うと、腕を地面に落として、強く踏みつけた。金属がひしゃげる音が響く。


「竜機大戦で嫌と言う程壊しました。――ねぇ、あなた」


 怒り心頭、という表情でハンナが口を開いた。


「信じられますか、ここにいた魔導士全て、機械兵でした」


 吐き捨てて、ハンナは顔をあげる。優し気な母の顔を消したハンナは、『野薔薇の君』の表情で笑っていた。


「あの裏切り者ども。マキナヴァイスと繋がっていたのですよ、王室魔導士団は。これを宣戦布告とせずに、なんとするのでしょうね」


 美しく、しかし鋭いとげを持つ野薔薇の笑顔。


 その苛烈さを、夫として、そして元聖都騎士団長としてよく知るであろうエヴァンは、なだめるように彼女の肩に左手を置いた。


「落ち着け。まずは今後の話をせねば。いったん山に戻ろう」


 ハンナは気持ちの高ぶりを押さえるように息を吐いて、それから頷いた。

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