出会い④
――村まで案内したのはいいものの、これからどうしようか。
そう考えながらルカは入ってすぐにある広場で足を止めた。
広場では女性たちが何やら集まって談笑している。
ここで待つのもなぁ、とルカは女性たちを見つめて、このあと起きるであろう騒ぎを考慮し頭をひねる。
家に招待して、騎士たちが巡回警備から戻るのを待ってもらうのが一番いいかな。
そう結論を出したルカが、カレンを振り返ったその時だった。
「あっ! 帰ってきたぁ!」
突然上から降ってきた楽しげな声に、カレンがビクリと空を見上げた。
釣られて見上げたルカの目に映るのは見慣れた光景だった。
声の主である少年は物見やぐらの柵から身を乗り出して、こちらに、というより広場にいた年代様々の女性たちに手を振っている。
「みんなぁ! 騎士団の人たち帰ってきたよぉ!」
女性たちが色めきたって、我先にと門の方へ駆けていく。
「あ、あの人どこから……じゃなくて、手紙! 手紙を渡さなければっ!」
カレンが駆け出そうとするのをやんわり止めて、ルカは門の外、見えてきた団旗を見つめた。
赤い布地に、金糸で『火を抱く竜』が刺繍された旗が、それを肩に担いだ騎手の歩みに合わせて揺れている。
「大丈夫です。ここ、通りますから」
早く渡したいのだろう、口をへの字にしてルカを見ていたカレンだが、やがてゆっくり頷いた。
足音と、馬の蹄の音が近づいてくる。女性たちは、きゃあきゃあと楽しそうに門の外を覗いていた。やがて、団旗を担いだ軽鎧の男が門をくぐると女性たちは――。
「お帰んなさい。お疲れ様ー」
「おかえりー」
――なんとも言えない適当さで、あしらうように男に労いの言葉をかけて、そちらを見もせずに手を振った。
がくり、とつんのめりそうになったカレンがぽかんとした顔を隠しもしないで、慣れた様子で手を振り返す軽鎧の男と村娘たちを見つめている。もう見慣れるを通り越して見飽きてしまったルカは、村娘の群れの隙間に目をこらし、目当ての人が通るのを待った。
「……あれ、本当に騎士団……?」
隣でカレンがぼそりとこぼしたセリフに、確かに見えないかも、とルカは苦笑した。
次々と村へ戻ってくる騎士たちは、一見統一感のない装備だが、しかし、よくよく見れば旗と同じ紋章が装備のどこかにあるのがわかる。
もちろん、普段から彼らを見ているルカにすれば、紋章がどこにあるか見つけるのは簡単だが、今日その姿を初めて見たカレンに同じことをしろと言うのは無理な話だろう。
「一応、国にも認定をいただいている騎士団です。ひと目見ただけだと、傭兵団か何かに見えますよね」
先ほどの言葉は声に出していないつもりだったのだろう、カレンはびくっと肩をはねさせ、ソロリとルカを見ると、それから気まずそうに視線をそらした。
気にしなくていいですよ、と言いながらルカは騎士たちに目を戻し、その姿を眺めながら、思い出す。
――ここまで小さな騎士団で高い練度の歩兵、騎馬兵が揃っているのは恐らくシレクス村騎士団くらいだろうと言っていたのは誰だったか。
そんな風に思考を巡らせながら、ルカはそばを通っていく騎士たちに笑顔で労いの言葉をかける。隣でカレンがぴんと背筋を伸ばした。
「お帰りなさい。巡回お疲れ様でした」
「おぉ、ルカ! お前くらいのもんだよ、俺達にちゃんとおかえりって言ってくれんの!」
「ほんとほんと!」
若い騎士たちは冗談めかしてそう言うと、豪快に笑いながらルカの頭をぐしゃぐしゃと撫でて広場の奥へ行ってしまった。
乱れた頭を手ぐしで直しながら、ルカは門の方へと目を戻す。
丁度そのタイミングで、女性たちの割れんばかりの黄色い声が広場に響いた。
とはいえ、彼女たちが見ているのは、きゃあきゃあという声に驚く様子も見せない馬たちの手綱を取る騎馬兵たちではない。
その視線と声の先、赤い陽の光を背負うその人は、大きな翼の生えた、馬よりも少し小さい生き物に乗っていた。
「――……竜」
カレンの呟きにルカは頷いて答えるが、金縛りにでもあったように固まった彼女の目は、その赤い竜にくぎ付けだった。
ルカはカレンの様子も気が付かず、赤い竜の上に乗る銀の兜の騎士――竜騎士を見ていた。
周囲の騎士と比べても、群を抜いた軽装備――というより、頭と首元と腕にしか鎧を身につけていないその竜騎士は、門をくぐる手前でヒラリと竜の背から地面へと降り立った。
女性たちがキャーキャー黄色い声をあげてその竜騎士を囲んだその群れの横を、慣れた様子で壮年の騎士たちが通り過ぎていく。
「おいおい、お前ら。すまんがおっさんたちも構ってはくれんかね?」
一人の騎士が冗談めかしてそう言うと、広場に騎士たちの豪快な笑い声が響いた。女性に囲まれて飲み物やらタオルやらを押し付けられている竜騎士も、笑うような素振りを見せながら銀の兜を脱いで脇に抱えた。
中性的な顔に、夕日に照らされて燃えるように輝く赤の強い茶色の髪を一つに縛るその姿。
キリッとした眉の下、ゆっくりと開いた目は、黄色味の強い、狼の目にも似た琥珀色で、なんとも目を惹く爽やかな色気をはらんでいた。
ルカがちらりとカレンに目を向けると、少し前まで金縛りにでもあったように固くなっていた彼女は、あてられたように、ほぅ、と息をついていた。その見慣れた光景に彼は、ああまたか、と肩をすくめてから竜騎士の方へと視線を戻した。
その先で、汗で額に張り付いている髪を、竜騎士は空いている手でかきあげる。
なんとも艶やかで、しかし全くキザっぽくない。その姿は、ルカの目から見ても切り取れば絵画の一枚になりそうだと感じるような、そんな自然な美しさだった。
そんな中、しばらくポーっとしていたカレンは、はっとした顔をして騎士たちが集まっている方へと駆け出そうとしている。
それに気づいたルカは彼女をやんわり引き止めて、竜騎士の方を指差した。
「うちの村の騎士見習いはあそこにいる赤髪の竜騎士と、その後ろの金髪の騎士です」
それを聞くなり、前髪を整えてそちらに駆け出そうとしたカレンをルカは再び引き止めた。
「待っていればこちらに来ますから」
と、その言葉が聞こえたのか、赤髪の竜騎士がルカの方に顔を向けた。そしてそのまま女性たちの間を縫って大股に歩み寄って来る。それを見たカレンが忙しなく身繕いをして、ぴしっと背筋を伸ばした。
一方でルカは、カレンの赤い頬は照る夕日のせいだけでは絶対無い、と思いながら、こちらに向かって来ている、自分の待ち人でもあった赤髪の竜騎士に視線を移して笑みを向けた。
「おかえりなさい、巡回警備お疲れ様です。変わりはありませんでしたか?」
自分よりも背の高い赤髪の竜騎士を見上げて、ルカは笑みながら小首を傾げた。
「ただいま。いつも通りだったよ」
その姿によく似合う爽やかな中音の声で、赤髪の竜騎士が言う。
そして、しばらくルカを見つめていた赤髪の竜騎士だったが、あ! という顔でベルトに挟み込んであった袋を抜き取ると、甘い笑みを見せた。
「忘れるところだった。ルカ、頼まれていた薬草を摘んできたんだが……これ、あってるかな?」
ルカは待ってました、と竜騎士が差し出す袋を受け取り、中を見分すると小さく眉を寄せた。
「違いますよ、これ。ただのお花です」
唇を尖らせてルカがそう言うと、「えっ! 本当か!」と赤髪の竜騎士はルカと一緒になって袋の中身をのぞき込んで、がっくり肩を落とした。
「すまない、間違えて摘んできてしまったみたいだ……」
申し訳なさそうに頭を掻く竜騎士の後ろを「また間違えたのかぁ?」と豪快に笑いながら壮年の騎士たちが歩いて行く。
ルカの横で手紙を握りしめて背筋を伸ばしていたカレンがわざとらしく咳き込んだ。と、静かに近づいてきていた赤い竜が不思議そうに鼻を鳴らしながらカレンの顔をのぞき込む。
「ひっ」
短く息を飲んで身を硬くしたカレンにやっと気がついたらしい竜騎士は、赤い竜の首を諫めるように撫でながら、彼女に目を向けた。赤い竜はカレンに謝るようにひと鳴きすると、赤髪の竜騎士の手に甘えるように頭を擦り寄せてから村の向こうに見える山へと飛んでいった。
「すまない、驚かしてしまったな。シレクス村へようこそ」
赤髪の竜騎士がカレンの方へ近寄ると、カレンは「いい香りがする」と隣に立つルカがやっと聞き取れるくらいの声で小さく呟いてから、気を取り直すように咳払いをして、頬を赤く染めながら口を開いた。
「シレクス村騎士団へ、しょ、書状を届けにみゃいりました」
小首をかしげる竜騎士の微笑みにやられたのか、それとも言葉を噛んでしまったからなのか、顔から首まで真っ赤に染めたカレンの手元を覗いて、竜騎士は眉をあげた。
「書状? この封蝋は……父上宛かな」
竜騎士が呟くと、その後ろを通りかかった金髪の騎士が赤髪の竜騎士の隣に立ってカレンの手元をのぞき込んだ。こちらもまたかなりの美丈夫で、赤髪の竜騎士と同じくらいの年齢に見える。そのせいか、カレンの顔は更に赤くなっていた。
それを一瞥して、ルカは二人の騎士見習いへ目を向けた。金髪が腕を組みながら口を開く。
「かもしれないな。エヴァンさんはもう行ったぞ」
「あ、あの、これは――」
カレンが緊張に震える声で見習い宛だと告げると、赤髪と金髪は顔を見合わせた。
「騎士見習いは……俺達だけだよな」
赤髪の竜騎士はその言葉に頷いて少し思案する素振りを見せてから、口を開いた。
「……まあ、遠いところを来てもらって立ち話も何だ。家へいらしてください」
微笑む竜騎士に言われるがままに付いていくカレンの後を追うように、ルカも歩き出した。