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  火神竜イグニスの空ろの祠③

 呼吸を止めて、炎の中へ。

 アルヴァの視界は赤に染まって、向かう方向にはこちらに手を振るケネスがぼんやり見える。彼女の肩口に顔を埋めているカレンは、声も出せないらしくただ硬く小さくなっているだけだった。


 やがて、二人は赤の膜を突き破る。肺にいれた空気は、すっきりと冷えて心地よかった。


 炎の結界を走り抜けたアルヴァは、肩口に押さえつけていたカレンの頭を自由にしてやって、そのまま姫抱きに抱えなおす。


 ――意外とあっけなかったな。


 とはいえ、そのように考えたのはアルヴァだけのようで。


「あ、わ、わた、ひっ、わたし……い、生きて……」


 カレンはヒッヒッと引き攣りながら、うわごとのように言葉を溢している。

 アルヴァにしっかりと抱かれながら、カレンは胸の前で両手を固く固く握りしめていた。炎の赤を反射した彼女の大きな青い目は極限まで見開かれて、薄い胸はしきりに膨らんだり縮んだりを繰り返している。

 

 ――何か一声かけてから炎に突っ込むべきだったな……。


 アルヴァは兜の中で眉を下げて、赤子をあやす時のように体をゆすった。


「すまない、驚かせたね。大丈夫大丈夫、君は生きてるとも」


 落ち着かせようと静かに声をかけるが、アルヴァの声は彼女に届いていないようだった。

 この状態で降ろしても地面に崩れ落ちてしまうだろうから、アルヴァは彼女を姫抱きにしたまま、ルカがこちらに来るのを待った。


 そう置かずに炎の中から出てきたルカは、未だにアルヴァの肩を殴った手をフルフルと振っていた。 


「フォンテーヌ、ありがとう」

「お安い御用よ」


 ルカは、アルヴァの腕の中のカレンを見つけたようだった。濃い琥珀色を呆れたように細くする。それから彼は仕切り直すような声色で「さて」と言った。


 その目はひぐひぐと泣きだしそうになり始めたカレンから逸れて、空を見た。アルヴァとケネスもそれにつられて目をあげた。


 煌く星々が時々消える。


 よく目を凝らせば、火竜が飛んでいるのだとわかった。


 ――成体の火竜が数頭……哨戒で飛んでいるにしては顔の動きがゆっくりだな。


 アルヴァは彼らの視線の向く方角に目を動かしてみるが、地上からは何が見えるわけでもない。


「これはあれか、結界を通ったから警戒して出てきた感じか」


 ケネスが腕を組んでルカを見た。ルカは、んー、と顎を擦って首を傾げている。


「いや……。あの結界、構造からしてそういう機能はないはずなんですけど……何か、探してますね」


 ルカはしばらく目をくっと細くして火竜の姿を追っていたが、やがてアルヴァの方に顔を向けた。


「姉上、とりあえずマグニフィカト山に向かいましょう。ほら、見てください」


 視線を追ってアルヴァは背後の火山を見る。彼女の目に映ったのは、徐々に火が収まりつつある山の姿だった。


「ああ、エシュカ様は山に戻ったみたいだな。もう噴火は心配しなくて大丈夫だ」 

「はい。この状態で村のみんながいるとしたら、多分、山の周囲じゃない。火竜の住処の傍です」

「そうだな……」


 ちょっと急ぐか、と思いながらアルヴァはカレンの状態を確認した。彼女はまだ自分で立てそうには見えなかった。


 ――この子は見かけ通り軽いから、抱えて走ってもまったく負担にならないし……このままでいいかな。


 アルヴァは、ふむ、と頷いてカレンを抱えなおした。

 その揺れにカレンはやっと周囲を見回し始めたようだが、時すでに遅し。兜をかぶって視界の悪いアルヴァは、彼女が自分を取り戻したことに気が付かなかった。


「よし、行こうか」


 その声とともに、アルヴァは駆け出した。ケネスとルカがついてくるの足音で確認して、アルヴァはスピードを上げる。


「え、なになになにっ!」


 ちらりと確認すれば、カレンは目を白黒させて身を固くしていた。 


 アルヴァは彼女の方へ顔を寄せた。カレンの混乱の色にあふれた目が自分を見たことを確認してから、アルヴァは足を止めずに言う。


「絶対に落とさないから、安心してくれ! 心配なら、首に腕を回すといい」

「えっ! えっ!?」


 ほら、と促すと、カレンは目を白黒させたままだったが、それでも素直にアルヴァの首に腕を回した。それを確認したアルヴァは、更にスピードを上げた。


 そうして息切れ一つせずにマグニフィカト山の麓まで走ったアルヴァは、ルカとケネスが追いつく前にカレンを地面に降ろした。おそらく足元がふわふわしているのだろう、彼女がよろけたので、アルヴァはとっさにその腰を取って支えてやった。


「ごめんね、結界を通るときも走り出す時も確認を取るべきだった」


 そうやって至近距離で見つめながら謝ると、カレンは顔を真っ赤にして首を振った。


 ――ああ、近すぎた。


 そう思いながら、アルヴァはゆっくりカレンの腰から手を離す。彼女がしっかり立てていることを確認して、アルヴァは小首を傾げた。


「大丈夫か?」

「は、はい! と言うか、ありがとうございました。恥ずかしながら、一人では炎に向かって走れなかったと思うので……」


 気にするな、と笑んでも表情はカレンに伝わらないことを思い出して、アルヴァは彼女の肩をポンポンと叩く。そうやっていたら、ケネスとルカが追いついた。

 ケネスはアルヴァと同じように息一つ切らせていなかったが、ルカはと言うと、ぜぇはぁと荒い息を溢していた。


「ルカ、大丈夫か?」

「これが、大、丈夫に、見えるなら……けほっ、目ぇ、おかしい、ですよ」

「うん、大丈夫そうだな」


 アルヴァはこちらを睨んでいるルカから目を離し、そびえるマグニフィカト山を見上げた。

 あの、と横からカレンの心配そうな声が小さく聞こえてくる。


「この山、噴火してたんじゃ……」

 

 その質問に首を振りながら、アルヴァはほんの少し目を下ろして、山肌にぽっかり空いた洞窟に目を向ける。


「あれでも火竜の制御下だったんだ。噴火はごく小規模に抑えられてた。じゃなきゃ村は、もう目も当てられない状態になってただろうからね」


 もう大丈夫だよ、と言いながら、アルヴァは洞窟に向かって歩き始めて、それからふと足を止めて後ろを振り返った。


「なぁ、そういえばフィオナは?」


 とがった耳の少女がいないことにやっと気づいたアルヴァは、『やってしまった』と思いながら固い声でそう言った。その問いに答えたのはカレンだった。


「フィオナさんはレベッカ様と一緒に居ますよ」


 追いかける前に見ました、とカレンが言う。なら安心だな、とアルヴァは息を吐いてから前に向き直った。


 洞窟までの道は整えられている。

 だからそう時間はかからずにみんなに会えるだろう、と思っていたアルヴァに、上から強烈な風が吹きつけて、一行の前に二頭の火竜が降り立った。

 馬をゆうに超えた体躯の、成体の火竜だった。


「見つけたアルヴァ! エシュカ様が呼べってさ! ほら、乗んな!」


 鋭い牙の覗く口から、青年の声がする。

 そこまで言って、火竜は彼女の後ろにいる三人に目を向けた。


「そこの三人も! 俺とこいつで二人ずつな!」

 

 アルヴァは、一番近くで身を固くして悲鳴すら飲み込んでいるカレンに目を向けて、そして口を開いた。


「カレン、抱き上げていい?」


 同じ失敗を繰り返さないように、としっかり彼女の目を見て告げると、カレンは大きな青い目を一層大きくした。


「ひぇっ!?」

「落とさない。大丈夫。心配なら、胸に顔を当てていれば一瞬だ。私を信用してくれるか?」


 問いかけた以上、答えは待つ。

 カレンは一瞬逡巡した様子を見せたのち、涙目ながら眉をきりっとあげた顔で、大きく頷いた。

 

「ほら早く!」


 身をかがめた竜に急かされて、アルヴァは彼女の手を引いて竜に跨った。そしてカレンを引っ張り上げて強く抱きしめると、竜の首元を軽く叩いて合図を出した。


「よっしゃ、飛ぶぜ!」


 翼が力強く羽ばたいて、そして二頭は空に舞い上がった。

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