表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/201

7. 火神竜イグニスの空ろの祠①

 村の入り口に人気はなく、火の爆ぜる音もない。


 門の前で足を止めたアルヴァは努めて冷静にあたりを見回していた。


 ルカのように魔力を肌で感じることには長けていないアルヴァでも、周囲に満ちるのがけた違いに濃い火の魔力であることはわかる。


 ――肌がひりつく……、みんなは無事だろうか。いや、それより先に……。


 アルヴァは、鼻にしわを寄せて空を見上げているイグニアへと視線を移した。


「イグニア、先にマグニフィカト山に行ってくれ。そのままそこでしばらく待機を。あと、できたらエシュカ様に――君の母君に、私が会いたいと言っていたと伝えてほしい」


 イグニアは抑えた声で返事をして目立たぬように飛び立った。


 何が起きているのかわからないこの状況だと、火竜の仔で、生まれながらに熱や炎に対する高い耐性を持つイグニアは火竜の(火を噴きあげる)住処(マグニフィカト)にいるのが一番安全だ。そのついでに火竜の長に話が通れば一石二鳥である。


 ――とりあえず、イグニアの安全と祠についてはこれで何とかなるだろう。


 アルヴァはそう考えながら再び駆け出した。


 次にすべきは、と考えを巡らせているところでアルヴァは肩を力強く引かれた。

 彼女はその力に逆らわず、冷静に警戒しながら体を反転する。その勢いのまま握りこんだ右手を繰り出すが、相手はそれを想定していたようにアルヴァの手首を掴んでそのまま物陰に引っ張り込んだ。 

 マグニフィカト山の火のおかげで普段より数倍明るい闇の中、くすんだ金髪が煌くのが見える。

 それを見て、アルヴァは強く短く息を吐いてから腕の力を抜いた。 


「――っケネスか。すまない、てっきり敵かと」

「このバカ、真正面から入る奴があるか!」


 ベチ、と兜越しに頭を叩かれる。謝罪に被せるように小声で叱られて、アルヴァは一瞬首をすくめてからもう一度、小さく謝った。


「……で、だ。お前はこの状況をどう見る?」

「んん、そうだな……」

 

 アルヴァとケネスはそれぞれ物陰から広場の方をのぞき込む。まだ日が沈んだばかりだというのにどの家の窓も黒く染まっていて、住人がいないのは明白だった。


 耳を澄ませてみても、聞こえるのは風の音と、火山の唸る音のみ。


 もし王室魔導士とひと悶着あったならこんなに静かなはずがない、と思いながらアルヴァはケネスを伴って物陰から出た。

 

「――とりあえず、山の方へ行かないと何とも……」


 言えないな、と彼女が言おうとしたところで爆発音が響き渡った。

 咄嗟に腰の物に手を添わせたケネスに、アルヴァは公衆浴場の方へ伸びる道を睨んで言う。


「向こうからだ、行こうケネス!」


 アルヴァは勢いよく地面を蹴って駆け出した。


 ******

 

 公衆浴場周辺は、火に飲まれていた。


 ――いや、と言うよりは、これは……。


 アルヴァはこの炎の燃え方に、見覚えがある。もっと近くで確認しようとした時に炎の方に人気(ひとけ)を感じた彼女は、家の影に素早く身を隠してそちらを伺った。


「炎の結界……やぁっかいよねぇ、なんでコレ(・・)で消えないのかしら、ねぇ!」


 蕩けたような甘い声の女がそう言った。直後、再び爆発音が響く。

 アルヴァは耳鳴りのする耳を庇いながら、その女を注視した。


 若い女だった。

 ともすればアルヴァと同じかほんの少し年上、と言うくらいの年齢だろう。

 その女は、暗闇でも目立つショッキングピンクの髪を二つに縛ってツインテールにしていた。


 女の手に何か小さな物が乗っているのが見える。炎の結界にまかれて溶解しつつある黒い破片と女の手の物を見比べて、アルヴァはその二つが同じ種類の物であろうと推測した。


 ――先ほどの爆発音は、恐らく、投げられたそれが爆ぜたことで起きたものだろう。


 女はこちらに気づくこともなく、いらいらと爪を噛んでいた。


「ああ、もうほんとイライラする! ほんっと、精霊魔術って気持ち悪いわね!」


 彼女はヤケクソのように叫んで、その手にあった物を炎の手前の地面に叩きつけるように投げた。爆発音とともに飛び出した粉末は、噴き出した炎に食われて消える。

 アルヴァたちの耳まで届くほどの舌打ちが響く。


 女が睨み上げているのは、壁のようにそびえる炎の上、彼女とその後ろに控える魔導士たちを睥睨する巨大な赤い竜だった。


「エシュカ様……」


 ケネスが驚いたように呟く。

 その呟きをかき消すように、静かな女性の声が空から降ってきた。


「――気は済みましたか、異邦人」


 炎の上でゆっくりと羽ばたきながら、憐れむような声で赤竜が言う。


「気持ち悪いったらないわ、ほんと。射撃許可、撃ちなさい」


 ショッキングピンクの女は心底気分悪そうにそう言うと、くいっと顎で赤竜を指した。


「了解いたしましたアニエス様」


 嫌に静かな声で魔導士の一人が言い、刹那、銃声が響き渡った。


「っ!」


 飛び出しそうになったケネスを押しとどめ、アルヴァは炎の膜を見つめていた。


「――ああ、哀れですね。それは私に届かないと、学びませんか」


 たわんで盛り上がった炎の結界は、銃弾を飲み込んで何事もなかったように炎壁に姿を戻す。

 アニエス、と呼ばれた女性は苛立たしそうに頭を掻きむしって、それからその横顔をにっこりと歪めて口を開いた。


「ねぇ、わかってるのよ。そこに匿ってるんでしょう? 竜騎士。ソレを出してくれれば、私も退けるの。ね、そしたらもう手は出さないわ。(あんたら)にはね。そもそも、最初の一匹だって村人を変に庇うから撃っちゃっただけだもの。ね?」


 いいでしょう? と猫なで声で言うアニエスに、赤竜はピクリと瞼を震わせたように見えた。

 それに気づいているのかいないのか、アニエスは畳みかけるように言葉を続けている。


「ねぇ、いいじゃない。どうせここはもうマグマに飲まれるんでしょう? 庇ってどうなるの? ねぇ、だって、犯罪者よ? 指名手配されてるの、わかる? 私たちは、国の偉い偉ぁーい人に頼まれて、ソレを連れて帰らないと怒られちゃうの。ね、いいじゃなぁい犯罪者の一人や二人、差し出したって」


 甘ったるい声を遮るように、美しく牙の生え揃った口から静かな言葉が流れ出す。


「アルヴァはそんな子ではありません。あの子は賢い。善悪の区別もつきますし、()()()王から命を受けてもそれが義に反するならば声をあげられる子です。手配などされようもないのですよ、陥れられたのでもない限り」


 赤竜の周囲に火球が現れ始める。それと同時に火の魔力濃度が更に濃くなって、アニエスたちの足元に火種もないのに炎が姿を現す。彼女は舌を打って後ろに飛び退いた。そんな彼女を守るように、魔導士たちが立っている。

 炎の結界が激しく燃え上がる。と同時に、赤竜の背後にそびえるマグニフィカト山がこれまで以上の激しさで火を噴きあげた。 


「……これだから嫌だったのよ……!」

「――良いですか、お前たち。お前たちは、私の愛し子たちに牙を剥けたのですよ」


 属性竜の中で最も愛情深いのは赤竜――火竜だ。

 仔竜や仲間に危害が加わるとなれば、牙を剥けてきたものには情け容赦をすることもなく噛み砕いて灰にするのが彼らだ。

 故に、それを本能で知る野生動物たちは決して火竜には手を出さない。


 その愛情深い火竜の中でも、長たる彼女――エシュカの愛は、広く深く、同種だけでなくシレクス村の人々をも包み込む。仔竜にそうするように、彼女はシレクス村に降りかかる火の粉すらも全て打ち払う。


 アルヴァは、空を見上げて、彼女の怒気に息を飲み込んだ。

 エシュカの金の瞳が静かに怒りを燃やしている。


「簡単に逃げられるとは、(ゆめ)、思わぬことです」


 そこまで言うと、彼女は鋭い咆哮をあげた。

 火竜の長、エシュカの周囲を飛んでいた火球が、一切の容赦もなくアニエスたちに降りかかる。


「本当に本当に嫌! もう! 消火弾は役立たず、(アンチ)精霊魔術の設備もない!」


 アニエスは憎悪の燃える目でエシュカ睨んで後ろに跳んだ。


「あ、そう。ああそう! もう知らない、下等生物()と交渉なんてどだい無理だったのよ! もう、これで減給決定だわ! なんで私なのよ! こういうのはヨセフの役目でしょう!?」


 ヒステリックに叫ぶアニエスは、そのまま肉壁となろうとしている魔導士たちを睨みつけた。


「お前たちはそのままここで壊れなさい!」


 そのまま闇にまぎれて姿をくらますアニエスと対照的に、火球が迫っても焦り一つ見せないで一人一人がそれに対峙している魔導士たちは、声もあげずに火球に飲まれてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ