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  冒険の幕開け⑥

 アルヴァたちが長い時間をかけた道のりを、宵の口の空を飛ぶ雷竜は、雲を裂いて風を引き連れぐんぐん遡っていく。


 最初の頃は微かに聞こえていたカレンの悲鳴も今は聞こえない。

 ルカは、雷竜に体をぴったり沿わせて、なるべく負担にならないようにしていた。


 風よけの付与がされた鞍に座っているので、周りも見回せるし息苦しさも皆無だった。流れゆく景色から、もうすぐシレクス村に着くのがわかる。


 ルカは雷竜の長い首をよけるようにして前を見て――息が止まった。


 遠く向こう、そびえるマグニフィカト山が、火を噴きあげたのだ。


 先頭を飛んでいたトニトゥルスがスピードを上げる。その手に抱えられて楽しそうに翼を広げていたイグニアが、サッと翼を折りたたむ。

 ルカの乗っている雷竜もトニトゥルスに合わせて翼を羽ばたかせた。ルカは渇く喉と早くなる鼓動を何とか落ち着かせようとしながら、雷竜の手綱を強く強く握りしめた。


 

 倍の速度で景色を流した雷竜は、シレクス村の手前、草原に着地した。焦げた匂いの風が吹く。ここまで熱気が届いているのか、風はほんの少し熱さを孕んでいた。


 雷竜の背から跳ぶように降りて、ルカは自分より先に、それこそまだ雷竜が地に足を着けていないにも関わらずその背から飛び降りたアルヴァのもとへ駆け寄った。


「姉上!」

「レベッカ、ここまでありがとう!」


 アルヴァはそれだけ言うとわき目も振らずに駆け出してしまう。おい! と手を伸ばしていたレベッカが、そばに駆けてきたルカに目を落とした。


 そのまま脇をすり抜けようとしたルカの腕をとって、彼女はほんの少し身をかがめてルカと目を合わせた。


「レベッカさん、大丈夫です。火を噴いてはいますけど、火竜たちの制御下です。じゃなきゃ今頃平原は火の海だ」


 真剣な顔のレベッカが何か言う前に口早にそう言って、ルカは続ける。


「レベッカさんは雷竜たちと聖都へ戻ってください。村には、王室魔導士が来てたんです。まだいたら、きっと面倒事になる」


 その口が開く前に、ルカは彼女の目をまっすぐ見つめ、それから精一杯の笑みを見せた。

 レベッカは難しい顔をして口を開きかけていたが、そのまま閉じて頷いた。


 彼女の手から自由になったルカは弾けるように駆けだした。

 背中に、周辺で待機しているから、と言うレベッカの言葉を受けながらルカはアルヴァが向かったのとは別の方向に全力で駆ける。


 その後ろに、カレンがついて来ていた。


 それをちらっと確認したルカだが、声をかける余裕はなくて、すぐに前に目を向けて街道を外れて森の中へ駆け込んだ。


 しばらく駆けてようやく足を止めたルカの目の前には、清浄な泉があった。


 薄闇の中で静かに揺蕩う泉に、ルカは跪いて息を整える。

 しばらく俯いていたルカは顔をあげ、勢いよく息を吸い込んで、水面に両手を差し入れた。


 脈動するように泉が輝く。


 いつかのように、カレンはルカの後ろで息をのんで固まっていた。

 

 泉の輝きに誘われるように、周囲に青い燐光がぽつぽつと浮かび上がり、さながら地上に現れた星のように煌いている。

 その星の海で跪くルカの背中には、カレンの視線が刺さっている。


 周囲の雑多な魔力が泉に吸い込まれて、純粋な水の魔力に変換されるのを肌で感じながら、ルカは小さく口を開く。額からは、汗が一筋流れ落ちていた。


「フォンテーヌ、今の僕のありったけを受け取って……!」


 声に応えるように一層泉が輝いて、ざざ、と持ち上がるようにさざ波を立てる。その囁きに混ざるように、柔らかい声が聞こえた。


『あらまぁ、これだけ籠めてもらえれば、しばらくは余裕で一緒に居られるわねぇ』


 周囲の温度がガクリと下がり、泉から霧が立ち上り始めた。

 盛り上がった清らな水が、水の精霊の(うつわ)を作り上げる。


 やがて形作られたフォンテーヌは、麗しい青のマーメイドスカートの裾をふわり持ち上げて霧を打ち払うようにくるりと一回転すると、小さな体で水のクッションに乗りながらフワフワとルカに近付いた。


 翼竜騒動の時と同じく人形のような等身だが、身にまとう輝きと内に秘めた魔力濃度はけた違いだった。


「またすぐ召喚して(喚んで)くれてありがと、ルカ」


 フォンテーヌはそう言いながら小さな鼻をひくつかせると、ほんのり眉を寄せてシレクス村の方に顔を向けた。


「――火の魔力が濃いわねぇ。火竜様たちがいるのはわかってるけど、火事でも起きたら嫌だわ」


 もう行けるかしら、とルカを見ながらフォンテーヌが言う。ルカは肩で息をして汗まみれだったが、笑顔で頷いた。


「じゃあ、行きましょうか。……そっちのルカの彼女さんも来るんでしょう?」


 クスクス笑うフォンテーヌに、カレンは、必死な様子で息を整えて、それから前と同じように「違います!」と返して、それから慌てたように口を開いた。


「彼女ではないです、でも、ついては行きます! だって、私は学生だけど騎士を目指してるんだから! この身で役立てるならなんだって手伝います!」


「……どっかで聞いたようなセリフ吐きやがって」


 ルカは眉を寄せて、ぼそっと吐き捨ててからシレクス村の方へ駆け出した。


 もう姉上は村に着いた頃だろう、とルカは険しい顔で森を駆け抜けた。

 無茶しなきゃいいけど、と思いながら、彼は姉の背をすぐに追いかけていたケネスの姿を思い出して、幾分か心を落ち着ける。

 

 枝を避け、躓きそうになりながら、ルカはアルヴァに追いつくために、足を動かし続けた。

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