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  冒険の幕開け④

 千切れんばかりに振れる犬の尻尾でも見えそうな様子のラフに、アルヴァが「とりあえず……」と呟きながらソファを見た。

 ルカも釣られてそちらを見たが、そこにあったのはソファのど真ん中に腰を下ろしたままテコでも動きそうにないケネスの姿だ。ルカが半笑いを浮かべている前で、アルヴァは苦笑を浮かべながらラフにケネスの右隣を勧めて、それから遠回りしてソファの左端に腰掛けた。


 ラフはその顔を親しみやすい笑顔で崩しているが、歩き方一つ座り方一つ、どこをとっても気品が漂っていた。

 赤を基調にした部屋に、引き締めるような濃紺の正装がよく映える。


「いや、まさか君がエレミア領主ご子息とは思わなかった……ああ、口調を改めたほうがいいかな。世が世なら、皇太子殿下でしょうから」


 ラフは勢い良く首を振って眉を下げている。


「そんな、今までどおりで構いませんよ! 貴女は僕の大切な人ですから!」


 ぶ、とカレンが吹き出して、慌てたように口をふさいだ。

 まあ、という表情でフィオナが両手で口元を抑えた。


 ――おっと告白まがいの言葉を口に出したぞ。


 ルカはそう思いながら対面で起きかけている修羅場を注視する。


 ケネスが不機嫌な顔でラフを睨んでいるが、当のラフは全く気が付く様子も見せず、褐色の頬をほんのりと赤く染めて嬉しそうに笑んでいる。

 アルヴァが柔らかく目を細める。女の子はこれで堕ちる、それこそ、彼女の対面に腰かけている真っ赤な顔のカレンのように。


 半目でそれを見ていたルカは、ツイっと視線を動かして姉を見た。


「光栄なことだ。それなら、ご厚意に甘えさせてもらうとするかな」


 彼女は、緩く弧を描いた薄い唇でそう言った。


 はい、と頷くラフの嬉しそうなこと。

 それと反比例するようにケネスの眉間の皺が深くなる。


 それに気付いているのかいないのか、アルヴァは普段通りの様子を見せていた。


 ふと、アルヴァは笑みを引っ込めて伺うような視線をラフに向けた。


「……そういえば、君のところ(エレミアの街)には手配書は行ってないのか?」


「手配書? ……ああ、アルヴァさんの」


 数段声を低くした彼は、先程の騎士たちに向けていた冷たい顔を取り戻して、ゆっくり口を開いた。


「あんなもの、全て廃棄させました。よく燃えましたよ、真冬なら良い燃料になったでしょうね」


 黒い瞳は黒曜石の鋭さをもって光っていた。


 ケネスは寄せていた眉からほんの少しだけ力を抜いて、うんうん頷いている。きっと彼も同じことをしたかったのだろう、と思いながらルカは小首を傾げた。


「そんなことして大丈夫なのか?」


 ルカが思ったことをアルヴァも考えたようで、彼女は若干眉を下げながら尋ねてくれた。

 心配そうなアルヴァの声に、ラフは笑顔に戻って頷く。


「はい、これでもエレミアは独立権限を持つ都市ですから。ある程度自由は効きます」


 ところで、と彼は不思議そうな目をアルヴァに向けた。


「どうして指名手配なんてされていたのですか?」

「んー、説明が長くなるからなぁ……まああれだ、もう少しで取り下げてもらえそうだから心配しなくていいよ」


 アルヴァさんがそう言うなら大丈夫ですね! と『貴女に全幅の信頼を寄せています』と言うのがありありと見える声でそう言うラフに、アルヴァは何か思いついた顔で彼の方に身を乗り出した。

 彼女と距離が近くなったケネスの機嫌が少し良くなったのが手に取るようにわかって、ルカは笑い出しそうになるのを咳払いでごまかした。


 乗り出したまま、アルヴァが言う。


「なあ、ラフ。エレミア地方には、『地竜』の住まう山があったと思うんだが」

「『地神竜さまの寝床』のことですね。それがどうかしましたか?」

「そこって、誰でも入れるかな。そう、例えば……地竜の長に会いたいと言ったら、会えるか?」

 

 どうだろう、と首を傾げるアルヴァに、ラフは身を乗り出して首を傾げた。


「会いたいんですか?」


 その言葉に、アルヴァはゆっくり頷いた。


「詳しくは言えないんだが、事情があってな。誓って後ろ暗い事情ではない。……どうだろう、無理かな」


 ケネスの眼下で顔を突き合わせて話す二人は、彼の眉が吊り上がるのに気づかない。

 

「……『地神竜さまの寝床』は、山みたいな形だけど、本当は遺跡なんです」


 内緒ですよ、とラフがアルヴァに更に顔を寄せて言う。ケネスが貧乏ゆすりをし始めた。

 

 がたがた動くケネスの膝に押さえるように手を置いて、アルヴァはラフの言葉に深く頷いている。


 皆さんも内緒にしてくださいね、とラフはほとんど静観している状態だったルカたち一人一人を見つめて囁いた。

 その時やっとケネスが剣呑な目で自分を見ていることに気が付いたらしいが、彼はきょとんと眼を大きくして数回瞬きすると、再びアルヴァの顔に目を戻した。


「地竜さまたちは、砂の中の道を通って遺跡に行けるんですけど、人間は正面の切り立ったところからしか入れなくて、しかも、エレミア領主の血筋の者の魔力でしか扉が開かないんです」


 それで、と彼はほんの少し体を起こし、胸元に手を入れて、手のひらほどの厚紙を取り出した。


「あ、蓄魔紙(ちくまし)


 よく実験で使うものが出てきたもので、ルカはつい呟いてしまった。静かな部屋では小さな呟きもよく響く。


 蓄魔紙(ちくまし)と言うのは、読んで字のごとく魔力を貯める性質をもった紙である。

 魔力を蓄える性質をもった草から作られるそれは、薬品に属性を持たせるときや、条件付けした結界の解除などに使用されるものだ。


 どんなものにも等級はあるが、ラフの出したそれはどう見ても最高級の物だった。


「よくご存じですね、弟くん。それでですね、これに――こうします」


 ぽわ、と蓄魔紙が輝いて、それから表面に波紋のような模様が現れた。


「ふう。これで、この蓄魔紙には僕の魔力が入りました。これさえあれば、遺跡に入れます。持っていってください、アルヴァさん」


 どうぞ、と蕩けるような笑みを浮かべたラフは、紙を恭しく差し出している。差し出されているアルヴァは、真剣な顔をして口を開いた。


「いいのか? 血筋の者しか入れないということは、かなり重要な場所なのでは?」

「いいんです。だって、アルヴァさんは僕の大切な人だから!」


 二度目の『大切な人』発言に、ピクン、とケネスのこめかみが動く。ついでに歯のきしむ音が小さく聞こえてきた。


 

「――ありがとう、ラフ。君の信頼を裏切らないことを誓うよ」


 ケネスの様子になど気づいていないだろうアルヴァは、凛とした声と顔でそう言って、それから深い笑みを見せた。  


「本当は僕も一緒に行きたいんですけど……最近、忙しくて」


 そう言いながら、彼はアルヴァの手を取って蓄魔紙をそっと握らせて、そのままその手を包むように握りこんだ。


 ケネスの口の端がヒクっと引き攣ったところで、控えめなノックの音がイグニスの間に響いた

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