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  冒険の幕開け③

 振り返って誰がいるのか確認したらしいアルヴァは、ゆっくり立ち上がってソファの隣に立った。そのまま扉の方を見つめ、イグニアを宥めて牙を収めさせると、彼女はぎこちない動きで胸に手を当てて頭を下げた。


 それを視界の端に見て、騎士の礼をしそうになったなあの人、と思いながら、ルカは領主ご子息様から目が離せなかった。


 なんてったって、穴が開くほど見られている。気味が悪くて目を逸らせない。

  

「貴様、所属は。誰に許可されてここにおるのだ!」


 時代が時代なら王族であるエレミア領主家の手前、ピリピリしているらしい聖都騎士は、剣の柄に手をかけている。


「――まずは非礼をお詫びいたします」


 アルヴァが低い声を作ってそういって、ゆっくりと頭を垂れた。


「私たちは――」


 彼女が頭をあげつつその手をポケットに滑らせたのを見つけた騎士が剣を抜く。

 恐らくレベッカの銀時計を出そうとしていただろうアルヴァは、ピタリ、と動きを止めた。彼女の横、まだソファに座っていたケネスが静かに剣の柄を握った。


「動くな。誰がここに入れたのか、それだけを述べ……」

「やめよ」


 静かで鋭い声が騎士の言葉を叩き切った。

 その若い声は、騎士の後ろ、領主ご子息様の口から放たれたものだった。

 

 年齢はアルヴァと同じくらいに見える彼は、しかし、その声に十代とはとても思えないほどの威圧を宿していた。

 そのオニキスの目はいまだルカを見ているが、そこに驚きの色はなく、スッと冷たく細められている。

 彼は、ぴん、と張りつめた空気を揺らして続ける。


「その者らは、私が護衛として雇った傭兵です。剣を下ろしていただきたい」


 口調だけは柔らかく、その声はナイフを突きつけるように鋭かった。ルカは彼の言葉に「えっ」と溢しそうになった口を慌てて閉じる。


 騎士はご子息様の表情を見るや否や慌てて納刀すると、ぴしりと背すじを伸ばした。


「し、失礼致しました!」

「――今日の協議はいささか疲れるものでした。私は早く休みたい」


 その言葉に騎士二人は慌てて敬礼し、スッと下がって扉を閉めた。


 引き絞った弓弦のような空気で、だれも口を開くことがないまま、数十秒が経った。

 ご子息様は何かに耳を澄ませるように目を閉じて立っていたが、突然パッとその目を開いた。


 ルカはソファの右端、中途半端に腰をあげた状態で、何することもできずにご子息の動きを目で追っていた。

 そのままツカツカと靴を鳴らして、ご子息様がやってきたのはルカの目の前。


 ――なんなんだ、なんで僕の方に。


 困惑するルカの心中など知りもしないご子息様は、柔らかい絨毯に勢いよく両膝をついて、彷徨うように浮いていたルカの両手を包むように掴んだ。


 ご子息様のオニキスの瞳が、近い距離で嫌にキラキラ輝いている。


 ルカの頬が引きつったのと同時に、彼は大きく息を吸って、満面の笑みで口を開いた。


「ああ、お久しぶりですっ! お変わりないようで何よりですっ!」


 さっきとは打って変わって明るい年相応の声でそう言って、ご子息様は嬉しそうに目を細めている。

 あまりのことに一瞬思考停止に陥ったルカは、とりあえず距離を取ろうとのけぞった。

 ご子息様は更に距離を詰めてくる。


「お元気でしたか? 直接会うのは何年ぶりでしょう、ああ、沢山沢山、話したいことがあるのです!」

 

 その勢いに押されて訳も分からず頷きそうになったルカだが、気を取り直して、引きつる笑顔で口を開いた。


「は、初めましてだと思うんですけど……」


 はた、と動きを止めたご子息はパチパチとその黒瑠璃を瞬かせ、ルカをじっと見つめている。


「えっ? あ、あれ? でもそっくり……あれ? そう言えば七年経ったにしては、当時のままと言うか――」


 エレミア領主ご子息様は、こてん、と小首をかしげている。ソファの背もたれにぴったり背を寄せているルカにほとんど覆いかぶさるようにしながら、彼は困ったように眉を寄せていた。


 七年経った、と言う言葉。

 それから、ほんのり垂れた目元と、八の字の眉毛。


 目の前の光景が、ルカの頭の中である場面と重なった。


 七年前、貴族に決闘申し込み事件の、あの日。

 数人かで固まって謝りに来た子どもたち。

 その先頭に立っていた少年も、目の前の彼と同じ褐色の肌に、申し訳なさそうな八の字の眉を乗せていたのではなかったか。

 

 記憶の中で幼い少年のオニキスがキラリと輝いて、ルカは「あ、思い出した」と呟いた。その言葉に、ご子息様も記憶を辿ることができたようで。


「――あっ! もしかして、君、アルヴァさんの弟くんかな?」


 彼がそう言いながら笑みを浮かべたところで、驚いたような声が扉の方から聞こえてきた。 


「君、もしかしてラフ(・・)、か?」


 素の声でそう言って、アルヴァは小首をかしげている。


「おい、声!」


 ケネスの叱責に、しまった、と言いながら口元を押さえるアルヴァを、目を見開いたご子息が振り返った。


「家族以外でそう呼ぶのは、アルヴァさんだけ……と言うことは、貴女が……!」


 たたっ、と子犬が主に呼ばれた時のように素早く駆け寄るご子息に、ケネスが剣呑な表情を向けながら立ち上がった。


「わー! アルヴァさん! 兜かぶってるからわかりませんでした! お久しぶりです! わかりますか、()です、ラフです! 弟くん、昔の君に似てますね! あ、でも髪の色はよく見れば違いましたっ! 君は――」

 

 アルヴァは言い逃れできないと知って、兜を脱いだ。乱れた赤髪を直しながら、アルヴァは困ったように笑っている。


「――そう、綺麗な赤髪ですものね! わー、わー、本当にアルヴァさんだ! 元気でしたかっ?」


 最初の威厳はどこへやら。

 褐色の肌に乗った整った顔は、笑みで大きく崩れている。


「それから、それから」と興奮したように質問を放ってくるご子息様――ラフに笑みを向けてから、アルヴァはその後ろに目をやって苦笑した。


「とりあえず落ち着こうか、ラフ。それから、――ケネス。そんなに怖い顔しなくても彼は信頼できるよ」


 アルヴァは眉を下げながらケネスを見ている。

 多分そういうことで機嫌が悪いんじゃないと思うけどなぁ、と中途半端に上げていた腰をソファに落として、ルカは面白くなさそうな顔をしていまだに柄に手を置いているケネスに苦笑を向けた。 

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