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  出会い③


 町を出てから、手配した馬車で揺られる間。

 ルカは鞄から出した本を読みながら、目の前に座っている少女を改めて観察していた。あくまでも不躾にならないように、こっそりと、だ。

 そこにある少女の顔がまるで人形のように整っていることが、ルカの興味をそそるのだ。


 色白の肌に乗る、くっきりした目鼻立ちの美しい顔。

 中でも、今は流れていく景色を見つめている大きなタレ目がちの青い瞳には目を惹かれる。まつ毛の金に彩られたサファイアのような青は、まるで宝飾品のように美しい。

 その容姿は、金髪なのも相まって、グラディシア地方ではあまり見ないタイプだ。


 と、そこまで観察して、ルカはそれなりに満足したので、本に目を落とした。


 馬車に揺られ始めてどれくらい経っただろうか。

 ルカの体感では、もうすぐシレクス村に着くのではないか、という頃、一言もしゃべらなかった少女が突然口を開いた。


「……平原がっ! 燃えてる!」


 慌てたような声に本から顔をあげて少女の目線の先を見ると、確かに遠い平原に炎のようにちらちら動く赤が見えた。


「ああ、あれは――」


 通称、動く炎原と呼ばれるそれは、炎狼フレイムウルフの群れが移動している様をさしている。彼らのまとう炎は魔力を帯びていて、彼らの意思なしに他の物へと燃え移ることはない。グラディシア地方では有名な光景で、ルカには見慣れたものだった。


 だが、少女にとっては違ったらしい。


「か、火事っ、早く火を消さなければっ!」


 説明しようとしたルカの言葉を遮って、少女がベタリと馬車の窓に張り付きながら叫ぶ。と、馭者ぎょしゃの老人の「なにかあったかねー」というのんびりした声に、ルカは少女がもう一度叫ぶ前に答えを返した。


「なんでもありませーん!」


 少女がクワッと目を大きくしてルカを振り返る。そんな彼女に、ルカはほんのり苦笑の混じった微笑みを浮かべ、口を開いた。


「……ええと、あの燃えている平原はこの辺では『動く炎原』と言いまして……」


 炎狼のことを説明し終えると、少女は見開いていた目を閉じ、そしてついっとそっぽを向いた。こちらに向けられている頬が、リンゴのように真っ赤に染まっている。きっと、ゆるゆると地面に近付き始めている夕日に照らされているせいだけでは無いだろう。


「そ、そうなのですね」

「ええ。だから安心してください」

 

 かたんかたん、と馬車の揺れる音に満たされた馬車の中に、少女の小さな咳払いが響く。


「わたしとしたことが、自己紹介がまだでしたね」


 そういって、少女は居住まいを正してルカのほうへ、ほんのりと赤さの残る顔を向けた。ルカはしおり代わりの紙切れを挟んで本を閉じる。


「わたしはカレン・アルケミアと申します。見ての通り、星花騎士団所属!」


 少女――カレン・アルケミアは心なしか胸を張ったように見えた。


「……の、騎士見習い……『扱い』です」


 小さく何でもないように付け足された言葉も、馬車の中では聞き逃すこともない。


「騎士見習い扱い?」


 聞こえた通りを聞き返すと、カレンは心なしか唇を尖らせて窓の外に視線を逃がした。


「じ、事情があるのです! 言えませんけど!」

「ああ、そうなんですね。詮索はしませんから安心してください」


 ルカは改めてカレンを見た。

 さっきまではただ整った顔立ちだとばかり思っていたが、よく見ればまだ幼さの抜けきっていない顔だ。

 騎士見習い扱い、ということは彼女はまだ騎士学校を出ていないのだろう。

 というのも、任務に就くことができる騎士見習いになるには最低十六歳、つまりアングレニス王国で、就労や論文が正式なものとして認められる半成人でなければならない、というのをルカは良く知っていた。

 騎士になるには騎士学校を出るか、傭兵や冒険者として一定の活躍をしなければならない。目の前の少女は、どう見ても十六歳を超えているようには見えなかった。ましてや、手練れの傭兵や冒険者には到底見えない。

 だとすれば、カレンの言う『言えない事情』により、まだ学生の彼女に何らかの任務の命を与えるために、騎士見習いの待遇を一時的に与えているということなのだろう。


「――しかし、『扱い』とは言え、騎士見習い……」


 ルカは、ふむ? と首を傾げて、彼女の身に着けているアーマーに目を向けた。


 基本的に、騎士見習いの鎧には、所属騎士団の紋章は入らないはずだった。特に、王族直属の騎士団である聖都騎士団と星花騎士団は厳しく管理されている。

 しかし、カレンの着けている草摺タセットには星花騎士団の紋章が入っている。ルカの視線に気が付いたカレンは、自慢げに胸を張った。


「特別に、許可をいただいて貸していただいているのですよ! るお方から!」


 然るお方って、とルカは苦笑する。

 一般的に、女王直属騎士団の関係者の言う『然るお方』と言えば、女王陛下か星花騎士団の騎士団長のどちらかしかない。

 加えて、ルカの知る限り、星花騎士団の団長は体格がいい。仮にカレンが彼女の鎧を借りたのならブカブカでしっかり着装することはできないだろう。ということは、見習いから騎士へと昇格する誰かの鎧を、女王陛下の許可を得てカレンに貸し与えている可能性が高い。


 目の前の彼女が優秀で、学生にしておくのはもったいないということで特別に鎧が用意してあったという可能性もないわけではないけど、とルカは草摺タセットを見つめながら考えて、それから、少し意地悪してみようかな、と口を開いた。


「……ずいぶん重要な任務を、女王陛下から拝命していらっしゃるようですね」


 彼がイタズラっぽくクスリと笑いながら目をあげると、カレンはふふん、と更に胸を張ってから

ハッとしたように目を見開いた。真っ青な顔で、だ。


「な、なんで知っているのですか!」


 こんなに簡単に引っかかるなんて、やっぱり、他の誰かの鎧が貸し出されたんだろうな、これは。

 ルカは口元を本で隠してくすくすとひとしきり笑ってから、顔面蒼白状態のカレンに小さく頭を下げた。


「失礼しました。……星花騎士団の方が言う『然るお方』なんてそうそういませんから。あまり外では言わないほうが賢明かな、と思いますよ」


 うぐ、と苦い顔をしたカレンは再び小さく咳払いをして、ルカを見た。


「わ、わたしの自己紹介は以上です!」


 これ以上ぼろを出すまい、というように急かされて、ルカは微笑みながら答えた。


「ああ……ルカ・エクエスと申します。グラディシア学校の――」


と、その時。ルカの言葉を遮るように馬車が大きく揺れて止まった。

 何事か、と身構える――そのくせ剣の柄にはまったく手もかけない――カレンをよそに、ルカは窓の外の景色を見て、隣に置いていたショルダーバッグを手に取って本を丁寧にしまった。

 と同時に、馬車の扉が開いて、気の良さそうな老齢の馭者がひょっこりと顔を出してこちらに笑みを見せた。


「シレクス村に着きましたよぅ」


 びくっと体を固くした様子のカレンをよそに、ルカは彼にありがとうございました、と声をかけ、馬車から降りて伸びをした。代金の支払いは前払いなのですでに済んでいる。

 馭者は、二人が馬車から降りたのを見届けて馭者台に乗ると、来た道をポックリポックリと、のんびり戻っていった。


 ぐっと腕を伸ばして体をほぐしながら、ルカはカレンを振り返った。


「ええと、精霊薬学研究室所属の院生……」


 先ほど遮られた自己紹介の続きを、とルカがはにかみながら言うと、今度は前髪を撫でつけて整えていたカレンの、ふん、という鼻を鳴らす音に遮られてしまった。

 何か気に障ることを言ってしまったかな、と彼が首を傾げていると、カレンは腰に手を当てた。


「嘘を言うのはやめてください。院生などと……良いですか、院生になれるのは最低でも半成人した者からです。あなた、何歳ですか?」


 確かにカレンの言う通りだ。

 尤もな疑問であり、尤もな質問であり、ルカが生きてきた中でおそらくもっとも多く質問されたことでもあった。

 ルカは眉を八の字にしながら笑みを見せ、カレンの言葉に答えた。


「十三歳です」


 若干納得いかないような顔でルカをじろじろと眺めまわすカレンだったが、納得したのかしぶしぶと頷いた。年齢を疑われるのはよくあることだったので、ルカは半ば諦めたように目を閉じている。


「もっと幼く見えますけど、まあ、信じます。半成人まであと三年もある人が、院生、だなんて嘘をつかないでください」


 カレンの言葉に、ルカはため息をつきながら歩き始めた。村に着いた、と言っても、門まではこの木に囲まれた道をほんの少し歩かなければならない。カレンがついて来ているのを確認して、ルカは何でもないような顔をして口を開いた。


「あなたと同じです」

「え?」


 きょとん、と首を傾げるカレンに、ルカは小さく微笑んだ。


「あなたとおなじく、『扱い』なんです。院生待遇の、中等科生です」


 隣に並んだカレンが、歩きながらルカの顔をのぞき込んでくる。その近さに少しのけぞったルカをジトっと見つめながら、カレンは口を開いた。


「中等科生が、院生扱いですか?」

「ええ」


 カレンはしばらくルカを半目で見つめていたが、転びそうになって前を向いた。


 それを見て、ルカは小さくため息を吐いて村を指さす。

 説明が面倒だし、何よりそう簡単には信用してもらえないだろうから、話題を変えてしまおうというわけだ。


「あ、もうすぐ村に着きますよ」


 ルカがそう言うと、カレンは草摺の内側に手を入れて、そこから丁寧に封筒を取り出した。

 見ただけで上質であることがわかるクリーム色の封筒。縁に塗られた金色と、緑の封蝋に押された紋章から、差出人が女王陛下であることがわかる。ルカの視線に気付いたのか、カレンはマントの中にさっと封筒を隠してピンと背を伸ばした。


「その手紙は、誰に?」


 カレンは少し逡巡した後に口を開いた。


「この村の、騎士見習いへ、と」 


 女王陛下が騎士見習いに、専用の封筒と封蝋を使って、手紙?

 ルカはほんの少しだけ眉根を寄せる。

 面倒ごとの予感がする、という言葉を飲みこんで、彼は眉間のしわを気取られないように気を付けながら、カレンに微笑みかけた。


「シレクス村に騎士見習いは二人しかいません……が、この時間だとたぶんまだ巡回から戻っていないでしょうね」

「そうなのですか……」


 ルカの言葉に、むう、とカレンが小さく唸ると同時に、村の門へたどり着く。

 二人は門のそばに立つ、門番と呼ぶには少々頼りない装備の男に挨拶しつつ、門をくぐってシレクス村へと入った。

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