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6. 冒険の幕開け①

「私の力で守れると、女王陛下、貴女がそうおっしゃるなら――私は力の限り守って見せましょう」



 アルヴァの力強く優しい声に、リアダン女王は心苦しそうな表情を浮かべながら顔を上げた。


「夢見の通りに……やはり貴女は、そう言ってくれるのですね……――ああ、ごめんなさい」


 絞り出すようにそう言うと、彼女は一層アルヴァの手を強く握り、祈るように額を寄せた。


「――どうかお気を病まないでください、女王陛下。騎士見習いのこの身でも両陛下の盾に剣にとなれるなら、これ以上の幸せはありません」


 アルヴァは輝くような声色で、そう言い切った。


 その言葉に嘘偽りや怖気などが一切無いことは、十三年間アルヴァの弟をしているルカには良くわかる。


 ケネスもそうなのだろう、ルカより少しアルヴァに近い位置で跪く彼の横顔には、やっぱりこうなるか、と言いたそうな呆れが乗っている。その中にちらりと、ついてきて良かった、と言うような安堵の色も覗いている。


 ――誰かのために動く(こういう)時の姉上はブレーキ壊れるから一人にはできないんだよなぁ。



 溢しそうになった言葉を飲み込んで、ルカは何とかため息を押し殺す。

 

 あんた無茶しすぎですよ、とそういう風に本人に伝えると、アルヴァは必ず『私、無茶なんかしてないよ』と目をぱちくりさせるから腹が立つ。


 他人のことには飛びぬけて敏感なのに、自分のこととなると途端にぼんやりし始めるルカの姉は、やはり騎士になるため生まれた人なのだ。ルカはこういうことが起きるたびにそう痛感する。


 並外れた運動能力、何でも受け入れる深い懐に、眩いほどの高潔さ。


 何かを守るためならば、己の身を研ぎ澄まされた剣にも、決して倒れることのない盾にも変えるだろうことが容易に想像できて――ルカはそれが嫌だった。


 高潔な騎士を人間に引きずり戻すブレーキになるために、ルカとケネスはここにいるといっても過言ではない。 

 

「ああ、ありがとうございます……」


 リアダン女王の潤んだ声に、ルカはアルヴァから目を逸らして自分の横に目を移し――そしてぎょっとした。


 いつの間にかルカの隣に跪いていたカレンが、わたしは感動しました、とありありと書かれているような表情で、目に涙すら浮かべて、アルヴァの背中を見つめていたのだ。


「……え、いつからいたんですか」


 ルカが声を潜めて尋ねると、カレンは、ず、と鼻をすすって「少し前です」と返してきた。


 カレンは別れた時に着ていた王室魔導士長デザインの鎧を脱いで、服に着替えていた。


 濃い緑のキュロットスカートに、上はごくごく普通のシャツ。首元にまかれたループタイは、キュロットスカートと同じような緑の石がはめ込まれていた。シャツの上には紺色のマントを羽織っている。

 普段着と言うよりは学生の制服のような、少しカッチリした服装だった。  

 

 少し動揺してしまったルカをよそに、女王陛下の声は続く。


「私には、ほんの少しの追い風を起こすことしかできません。……ジュリア、お願いしていたことは、調べられましたか?」


 女王陛下はそっとアルヴァの手を離し、ゆっくりと立ち上がりながらルカの後ろに声をかけた。


「はい、女王陛下」


 この声は星花騎士団副団長だ、とルカはちらりと後ろを覗き見た。


 ジュリア副団長は大きく頷いて、持っていた紙を広げた。

 膨大な数の名前と番号がそこにある。


 なんの名前だ? とルカが眉を寄せたところで、副団長が口を開いた。


「聖都騎士団所有の竜及び翼竜を確認してまいりました。ハンナ様の手紙からの情報により、まずは黒色以外は省き確認したところ、頭数に欠けはございませんでした。その後、念のためにすべての竜を確認しましたが、聖都騎士団の――ルウェイン陛下の紋章をいただいた竜も翼竜も全てそろっていました」


 副団長はそこでいったん言葉を切って、笑みを浮かべた。

 

「――これなら、今出ているアルヴァ殿の手配書は取り消させることができます」


 その言葉にルカは目を見開いた。


 リアダン女王は、ほぅ、と安心したように笑みを浮かべてから、キッと眉をあげた。


「魔導士長はどちらへ?」

「部屋におりませんでしたので、彼の副官を執務室へ呼びつけてあります」

「ありがとう、ジュリア」

 

 女王陛下はそう言うと、再びアルヴァに目を向けた。


「私にできるのは、せめて貴女にかけられた疑いを晴らすことくらいです。事実無根である、と言う確固たる証拠がある以上――王の代理として、女王の力をかざしましょう」


 王の代理、と言う言葉に、ピクリと動いたのはアルヴァだった。その表情を見て、彼女が何を気にしているのか分かったのだろう。リアダン女王は悲し気な笑みを浮かべている。


「陛下は今……正気を無くしておられます。自分を失っておられるのです」

「そ、んな……」


 思わず、と言った様子で溢されたアルヴァの声に、女王は、しかし、と力強く言う。


「私が、陛下の代理としてここに君臨する(いる)以上、王室魔導士(あの方たち)に好きにはさせません。陛下も、城も、必ず守ります。貴女が――」


 そこまで言って、女王陛下の目はルカとケネスと、カレンを映す。


「あなた方が、帰る場所を守り抜いて見せます。だから――どうか無事にお戻りください」


 女王陛下はどこまで見えているのだろうか、とルカは思う。

 ルカやケネスがアルヴァについて行くのは見えたのだろう。


 ――ではその先は?


 女王の悲痛さを隠したその表情から察するに、順風満帆な巡礼の旅(・・・・)にはならないだろうことは明らかだ。

 不安の雲が心に湧き上がる。


 しかし――


「お任せください、女王陛下」


 ――春風の吹き抜けるような明朗なアルヴァの声が、その雲をひとかけらも残さずに拭い去る。


 女王陛下は、微笑みながら頷いて、そして思い出したようにナナカマドの方に振り向いた。


「――ああ、そうでした。夢見の内容や、祠の場所については、そこにいる――神樹の巫に残さず伝えました。この子も連れて行ってください」


 女王陛下の後ろに控えていた少女が柔和に笑みながら、アルヴァたちに近付いて、そしてぺこりと頭を下げた。

 近くで見ると、少女は大人びた表情をしているが背格好はルカとそう変わらないように見えた。

 

 薄茶のワンピースに緑の丈の長いマントを羽織り、斜め掛けにバックを下げる少女は、プラチナブロンドの髪を耳のあたりで一つに結わえて前に流し、赤みがかったブラウンの瞳でルカたちを見つめて口を開いた。


「神樹の巫の末妹(まつまい)、フィオナ・ベートゥラと申します」

「この子は精霊魔術師としても十分力がのあります。皆様の足を引っ張るということもないでしょう」


 少女は、はにかみながらルカたちを見ている。

 アルヴァはそれを見て、女王に感謝の意を述べてから頭を下げた。ルカも真似して頭を下げる。


「では私は――女王としての務めを、果たしてまいります。また再びここで会える時を待っておりますよ」


 そういうと、女王陛下は歩き出す。

 そのあとを追うレベッカが擦れ違いざまに足を止めた。


「アルヴァ、一度村に帰るだろう?」

「うん、そうするつもりでいたよ。父上と母上に報告してから出ねばな」

「女王陛下が言うには、マグニフィカト山にも祠はあるという話だ。帰りは送るから、そうだな……」

 

 レベッカはちらりと女王の背中に目をやって、それから銀の懐中時計をアルヴァに押し付けた。

「アルヴァ、君、客室へは行ったことがあったね?」

「あるが……」


 押し付けられた銀の懐中時計とレベッカを見比べて、彼女は不思議そうに瞬きをしている。

 

「これを警備の者に見せて、客室に入りなさい。あそこは今、その全てがエレミア領主の婚姻協議で貸し切られていて警備には聖都騎士しか立たない」


 筆頭貴族様が魔導士を嫌っていてね、とレベッカは早口に続けた。


「部屋は、そうだな……この時間なら『イグニスの間』は空いているはず」

 

 いいね、とレベッカは念を押した。


「イグニスの間だよ。君の指名手配を取り下げさせてから、迎えに行く。それまで客室で待っていてくれ」


 その言葉に頷いて、アルヴァはそっと懐中時計を受け取った。

 レベッカは頷きを返すと、身を翻して足早に女王を追って森に姿を消した。

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