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  ナナカマドの庭の淑女⑥

 扉をくぐったルカたちを迎えたのは、淡く光の灯った階段だった。

 地下へと伸びる階段の壁を光る花が飾っている。

 ルカは、その美しい花にそっと手を触れながら、感動に震えていた。


 ――アルベリア地方のエルフの森に生息する花だ……。

 

 この種の花は、程よい暖かさと深い森に満ちるのと同程度の魔力濃度の中でのみ、淡く輝く花を咲かせる。それゆえ、研究者(ルカ)の手元に来る頃にはこの暖かい光は失われてしまっていることが殆どで、植物に精通するルカですら、これほど美しく光を放っている様子を見たのはこれが初めてだった。


 この場所にまるで森の中にいるような静謐で柔らかい魔力が満ちていることが、ルカの感覚だけではなくて花の光として目に見えてわかる。

 と、そんな風に花を観察していたらレベッカがカツカツと階段の方へ歩を進めてから振り返ったようだったので、ルカはそちらを見た。


「さて、ここからはしばらく降りるのだが――イグニア、君はここで待っていて欲しい」


 イグニアは残念そうな顔をしてから、素直に頷いた。


「確かに、ここはイグニアが降りるには狭いな。――いい子にしているんだよ、イグニア」


 アルヴァが慰めるようにイグニアの首元をポンポンと擦っている。イグニアは、小さく「んー」と鳴いて静かにお座りした。

 レベッカは翼を小さくたたんで尻尾もシュルリと足元に巻き付けるようにしてコンパクトに座ったイグニアの頭を撫でて、それから階段を降り始めた。

 その後を追って三人も階段を降りる。

 コツコツといい音を響かせる階段は、宝石でも砕いて混ぜたのか、かすかな光を反射してまるで発光しているかのように煌めいている。


 漂う魔力に、まるで森を歩いているような気分、と言いそうになったルカは、見えてきた階下の様子に目を見開いて開きかけた口を閉じる。


「“まるで”どころか……これ――」


 思わず漏れた声に、先に階段を下りきっていたレベッカが振り向いて面白そうに笑みを浮かべた。そんなことにも気が付かず、ルカは最後の一段を降りた。彼の足を受け止めたのは、奥まで等間隔に並ぶ飛び石だった。


「これは……すごいな」


 アルヴァの静かな驚きの声に、ルカは一も二もなく同意して頷いた。


 階下には――森が広がっていた。


 多種の植物がそこにあった。花だけではなく、木々さえもがそこで生きている。

 鳥などの広いところを生きる物の姿はないが、蝶などの虫はちらほらと姿を見せている。

 ここに広がるのは、外の森と変わらない――生きた森だった。


「ナナカマドの庭へようこそ」


 周囲を見回すルカたちに、レベッカがそう声をかけた。


「女王陛下はこの先でお待ちだ。はぐれない様についてくるんだよ」


 遭難してしまうからね、とレベッカがイタズラっぽく笑みを浮かべる。そんなレベッカの背を追って、三人は歩く。そうしながらルカは、確かにこれは遭難する可能性だってあるな、と感じた。


 まず、入口へ戻るのに目印に使えるのは下の飛び石のみ。周囲にある植物たちは大きな特徴を示すことなく、ただ森の一部として佇んでいる。

 一応、植物に詳しいルカならば入り口まで飛び石を辿らずとも戻れる可能性はあった。しかし、どうしてもという状況でなければ石に沿って進むのが賢明だろう。


 それから極めつけが――と、ルカは上を見上げた。


 室内のはずなのにどこからか吹く風が、木々の葉を揺らすその隙間。


 そこから零れ落ちる光は、()()()()()()()木々を照らしていた。 


 ルカたちがここに入った時には、太陽は真上ではなくかなり傾き始めていた。もうすぐ夕暮れに差し掛かるだろう、と言う時間だった。

 それなのに真上から光が。

 どう考えても西日とは思えない燦々とした光が落ちてくるということは、地下(ここ)まで鏡などで光を持ってきているのではなく、魔力を糧に動く道具などで人工的に光を生み出している、と言うことになる。

 これでは、東西南北なんて無きに等しい。


 ――きっと、ここにあるのは昼と夜のみなんだろうな。


 ルカはそんな風に推測しながら前を向いた。


 森の心安らぐ香りを感じながらしばらく歩いたところで前方に大きな木が見え始めた。

 その木の下に、人が立っている。


 いち早くその人影に反応したアルヴァが、歩きながら兜を外し、剣帯から鞘ごと剣を外して手に持った。乱れた髪を整え、彼女は背すじを伸ばして歩いている。次に反応したのはケネスで、彼も剣帯から剣を外している。


 ルカはしばらく人影の上の木を見つめていた。

 灰褐色の樹皮のその木は――


「――ナナカマド……」


 ルカはぽつりと呟いて、と言うことは、と身なりを正して背すじを伸ばす。もう、ナナカマドの巨木の下に佇む人影の、その横顔が見えるくらいの距離まで来ていた。


 木漏れ日に輝くプラチナブロンド。

 そこから覗く、長い耳。

 そっと伸ばされた細い白い指には、美しい青い蝶が翅を休めている。


「リアダン女王陛下。お連れいたしました」


 レベッカの静かな声に、女性はゆっくりと顔をこちらに向けた。


 ふわり、と青い蝶が飛び立って、青く輝く魔力の鱗粉の筋を空に残し、触れ合う葉の隙間に幻の様に消えていく。けれど、ルカはの目はそれを追うことはなく。もう、女性から視線を逸らすことなどできなかった。


 深いブラウンの瞳がルカたちを映している。


「――ああ……お待ちしておりました」


 薄い唇は柔らかな声を発して、そして緩やかな弧を描く。


 アングレニス王国王妃、リアダン。


 竜歴四百四十年(・・・・・)に即位したルウェイン陛下を、時に厳しく、時に暖かく八十年間(・・・・)支え続けている、彼の妻である。


 出身はアルべリア地方、エルフの森。

 もともとはルウェイン陛下の家庭教師として聖都に呼ばれた彼女は、森の賢者たるエルフだった。


 齢百歳に達した王妃そのひとは、妙齢の女性のように皺ひとつないその花のような(かんばせ)に落ち着いた淑女の笑みを浮かべて静かにルカたちを見つめていた。

   

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