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  ナナカマドの庭の淑女④

 目に入った王室魔導士団旗に身を硬くしたのは、ルカだけではなかった。

 ルカの前、アルヴァとケネスの背中に緊張が走る。

 

 どうする、と言うようにケネスが険しい顔でアルヴァを窺う。

 その赤紫の目は彼女を映したあと、列から帰る人々を示すように見て、もう一度アルヴァに戻った。


 流石赤ん坊の頃からの幼馴染と言おうか、アルヴァはケネスの言いたい事を的確に理解して、そのうえで、首を横に振ったようだった。

 一応ルカだってケネスとは幼馴染。彼が何を言いたくて、彼女が何に否やを示したのかは理解できた。理解した上で、ルカも姉の判断に賛成だった。受付直前で列を抜けるのは目立つ行為だろう。

 しかし、だからといってここに留まり続けるのも得策ではない。


「あの、呼ばれてますよ?」


 カレンが首を傾げている。ルカは彼女にしかわからないように黒地に銀の『機械の翼と王冠』を指差して、それを見るよう無言で促した。

 カレンはルカの指先を追って青玉の瞳を滑らせ、ビクッと肩をはねさせる。


「次の者! 前へ!」


 しびれを切らしたような声で再び呼ばれると、アルヴァはケネスに目線をやってから、スッと背筋を伸ばして歩き始めた。


 すかさずそれを追うケネスはその赤紫の瞳を切っ先のように鋭くしながら、柄頭に手を置いていた。ルカは、万一に備えて、スムーズに逃げられる経路を確認しながら、二人のあとを追いかける。カレンがビクビクしながらそれに続いた。


 受付には小太りの男とがっしりした男が立っていた。

 

 どちらも黒い制服で、胸のあたりに王室魔導士団章が縫い付けられている。

 聖都騎士団の騎士は、交代のための引継ぎ中なのか、姿が見えなかった。


「呼ばれたらすぐに来い。こちらの一存で、入都許可を取り消すこともできるんだぞ」


 小太りのほうが高圧的に言いながら、意地の悪い笑みを浮かべている。どこか既視感を覚えるその笑みに、無意識にルカは眉を寄せた。

 

「……申し訳ない。書類を探していたもので」


 アルヴァが差し出す書類を、がっしりした方の男が受け取って、そして検分し始める。

 小太りの男はそれを手伝うでもなく、嫌な目でアルヴァの頭から足元まで眺めまわすと、ふん、と鼻を鳴らした。


「それにしても傭兵と言うのは本当に礼儀知らずの多いこと。俺を前にして、見下ろしてくるばかりか兜も取らないとは」


 イグニアの目に小さな怒りが灯ったが、イグニアは賢い。唸りをあげることも牙を剥きだすこともなく、静かにアルヴァの隣に座っていた。

 がっしりした男が一瞬小太りを見る。が、その目は面倒事を嫌うように再び書類に落ちた。

 

 ちゃ、とルカの左斜め前から小さな音がする。見れば、ケネスが逆手に柄を握って今にも剣を抜き放ちそうになっていた。


「……顔を見せられないのです。醜い傷がありますので……」

 

 その音を隠す様に、アルヴァが兜の頬の部分を叩いて見せた。

 

「はン。そんなの、俺の知ったことじゃない。それにお前、そのように『女』を()()も侍らせて試験に来るとはどういう了見だ? ん? 騎士団長殿が知ればさぞお怒りになることだろうなぁ」


 男はどう見てもルカとカレンの方を見ていた。

 ルカの眉間のしわが深くなる。

 怒鳴りつけて否定してやりたかったが、それをすると面倒なことになるのがわかっていたので、ルカはぐっと静かに口を噤んでいた。


 そんなルカたちの前で、小太りがそのパーマのかかった髪を指で弄んでいる。その行動に、ルカの中にある、貴族に決闘申し込み事件の時の記憶が重なった。


 ルカに『女が何しに来てるんだ』と高圧的に言いに来た少年の顔と目の前の小太りの男が重なる。男はだいぶ太ってはいるが、あの時の少年の面影を目元にほんのり残していた。


 ――あ、こいつ、あの時いたぞ。


 ルカが目を見開いたところで、アルヴァが静かに口を開いた。


「私のパーティのメンバーです」

「女が、聖都騎士団の入団試験を受けに来たと? 笑わせてくれる、なあ、ジョルジュ」


 がっしりした男が再度顔をあげた。彼は小太りの男を面倒くさそうにその目に映して、口を開いた。


「そうですね、第二部隊長殿」


 男の低いかすれた声に聞き覚えがあったのか、アルヴァがピクンと小さく頭を揺らす。 


「……第二部隊長」


 しばらく黙っていたケネスが小太りを睨みながら呟いた。


「そうとも。俺はこの国の王室魔導士団第二部隊隊長、ゲイリー・ペイン様だ。お前たちのような平民でもペイン家と言ったら、俺がどれだけすごい人間であるかはわかるだろう」


 小太りの男――ゲイリー・ペインは、その張った腹を突き出すように立っている。


()()ペイン家ですか……」


 ルカの冷えた呟きを畏敬のこもったものだと勘違いしたゲイリーが、にんまりといやらしい笑みを浮かべる。


「ああ。何なら愛人にしてやってもいいんだぞ。これからペイン家はさらなる飛躍の時を迎える。この、俺の手柄でな! お前が懇願するなら、使()()()やってもいい」


――ペイン家飛躍の時? 凋落真っ最中だろうが。


 ゲイリーの猫なで声に、ルカは冷笑を冷笑と気づかれないように上がった口の端に忍ばせ、その言葉を受け流す。

 

「……第二部隊殿、こちらの書類にサインを」


 書類の検分が終わった男がかすれた声で言いながら、静かに書類を差し出した。するとゲイリーは、内容も見ずにサラサラと署名をしていく。


「全く煩わしいことだ。このようなことは下々の者がやるべきことだ、そうだろう?」


 彼のねっとりした声にがっしりした男は言葉を返す。


「ウィル王室魔導士長様のたっての願いです。それだけ期待されているのでしょう」


 ゲイリーは機嫌良くサインを続けていったようだが、最後の一枚で眉を寄せた。


「騎竜隊長への紹介状ぅ? 俺はあの女が大嫌いなんだ。女の癖に俺と同じ隊長などと……」


 まるで汚物でも触るように紙の端をつまんだゲイリーは、その目をアルヴァの方へやって、にまぁ、と笑みを浮かべた。


「このような紙切れは無かった、そういうことでいいだろう?」

「……それは、困ります。私はこの仔竜を預かってもらわねば……」


 ゲイリーは冷たい目でアルヴァを見ながら近づいてきた。

 近くで見る彼は、思いのほか背が小さい。背か高く手足がスラリと長いアルヴァと並ぶから、なお小さく見えているのだろう。

 そんな風に考えるルカの前、アルヴァを見上げるゲイリーがねっとり口を開く。


「あんな女のもとへ送るためのサインなど、したくない……と、そうはっきり言ってやらねば傭兵の哀れなおつむでは理解ができんか? ん?」


 こんなもの、と紙を掲げて、彼が両手でそれを掴んだ瞬間、凛とした声が受付に響いた。


「それは私への紹介状と見えるが――貴公、何をしようとしている?」


 カツカツと靴の音を響かせながらこちらにやってくるレベッカは、静かな圧を纏っていた。


「……レベッカ・ロードナイト……」


 忌々しそうにゲイリーが呟く。レベッカは、そのスラリと長い脚でどんどんこちらとの距離を縮めながら口を開いた。


「今、呼び捨てにされた気がするが、まさかそんなことはないだろうな」

 

 レベッカの冷たい声が空を裂く。


「他者の礼儀に人一倍厳しい貴公が、まさか、同じ隊長だからと……君たち各隊長クラスの上に立つ騎竜部隊を預かる人間を呼び捨てにするわけがない――そうだろう? 第二部隊長殿」


「……ご機嫌麗しゅう、聖都騎士団騎竜部隊長レベッカ殿」


 気持ち悪い笑みを浮かべたゲイリーが振り返る。その手から紹介状を奪い、レベッカは彼の横を素通りした。

 打って変わって柔和な笑みを浮かべたレベッカは、アルヴァの肩に労うように手を置いた。


「不快な思いをさせてしまったね、君。申し訳ない」


 いえ、とアルヴァは首を振る。レベッカはそのままアルヴァの肩を抱きながら、来た道を戻るように歩き始めた。


「侘びと言っては何だが、城の案内を買って出たいと思う。受け入れてもらえるだろうか」

「直々に案内していただけるとは、うれしい限りです」 


 忌々しそうにレベッカとアルヴァの背中を睨んでいるゲイリーの横を通って、ルカは二人を追う。

 チラリと見れば、ケネスはゲイリーに、そのまま切り殺しそうな目を向けていた。ゲイリーの横を通り過ぎ、それまでずっと握りっぱなしだった柄から、ようやくケネスの手が剥がれる。


 それに少しホッとしながら、ルカは、擦れ違いざま、がっしりしたほうの男に目がいった。ほんの少し歩きが遅くなる。

 男はケネスを注視して、それから怪訝そうに眉を寄せていた。

 何だあの表情、とルカが首を傾げそうになったところで、男がこちらを向くような気配を見せた。ルカは何でもないように目を逸らし、アルヴァたちの方へと駆け出した。

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