表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/201

  ナナカマドの庭の淑女②

 特に誰に呼び止められることもなく、ルカたちはイグナール城の前に辿り着くことができた。


 ルカたちの目の前にそびえる内壁は、その中にイグナール城を抱えている。

 そこにポカリと口を開けた城門の前には、いくつか列が出来ていた。ルカたちはその中の、入団試験参加者の列の真ん中あたりに並んでいる。


 ルカは特にすることもなく、ぼんやり城を見上げたり周りを眺めたり。正直、それしかすることがない。

 そんな彼の前に並んでいるアルヴァとケネスは時々見知った顔を見つけるのか、二人して同じような方向を見ながら、ぽつぽつ会話をしていた。その会話から漏れ聞こえる単語から、ルカは、ここには傭兵や一般市民のみではなく、地方都市からきた騎士も並んでいることを知る。

 へー、と思いながら人混みを眺めていると隣のカレンが欠伸をしたのが目に写った。


「まだ眠いんですか」


 ほんの少し驚きを混ぜた声でルカが声をかけると、カレンは慌てた様子で口を閉じて、ほんのり頬を赤くした。


「ね、眠くは無いです!」

「ああ、退屈なんですね」

「ぐむぅ……た、退屈というか、えっと」

「退屈なんでしょう?」

「……はい」


 カレンが眉を下げて白状する。


「わたしだって、騎士を目指すものとして……こう、常にシャキッとしていたいんですけど……」


 ほんの少し落ち込んだ声で言いながら、カレンの視線は、前に立つアルヴァの背中に向けられている。それを見つけたルカは、カレンの言葉を遮るように口を開いた。


姉上(アレ)と自分を比べないほうがいいですよ。あの人は、騎士になるために生まれてきたような人間です。僕が、もし――」


 そこでいったん区切って、ルカもアルヴァの背中を見つめる。


 いつ見ても、アルヴァはスッと伸びた背すじで立っている。服に隠れたしなやかな筋肉は、肉食獣のように無駄無く彼女を形作っている。

 どうやっても目立つ麗しい(かんばせ)を兜で隠していると言うのに、その玲瓏(れいろう)とした雰囲気が周囲の目を集めてしまっていた。


「――僕がもしも、あの人と同じところを目指してたら……早々に心が折れて、腐ってたでしょうから」


 心構え。

 しなやかに力強く動く体。

 そして性格。


 騎士になるために必要な要素の全てを持って産まれたのがアルヴァ(姉上)だと、ルカはそう信じて疑わない。


「――騎士、目指したことがあるんですか?」


 カレンがルカの顔を覗きながら言う。ルカは眉を寄せて大きく首を振った。


「目指すわけ無いでしょう、僕、痛いの大っ嫌いなんです。それに、僕は産まれたころから精霊魔術と精霊薬学の虜ですから」


 そう嘘偽りなく言い切って、ルカは周囲に目を向けた。


 代わり映えのしない景色に、目に映る人々は男も女も似たような雰囲気で筋骨隆々といった様相。ルカとカレンの前に立っているアルヴァとケネスだけが、美しすぎて異質だった。


 ルカたちの周りの人間は「アレはどこの誰だろう」とアルヴァとケネスを見て話すから、さほど退屈では無いだろう。特に女性たちの目は、ねっとりと二人を見つめている。


 アルヴァもケネスも見飽きるほど見てきたルカにとっては、二人がどんなに美しく目立っていようとも、普段なら「へぇー」でしかない。


 まあ状況が状況だけに、アルヴァに衆目が集まることに焦燥を感じないでもないが……と、ルカはそれを隠してカレンに目を戻した。


「それに、君だけ退屈なわけじゃないです。僕も退屈ですよ、流石に立って本読むわけにもいきませんしね」


 こんな状況じゃなかったら、ここに騎士見習い二人置いて、珍しい薬草が売ってないか市場を見に行ったり、大図書館で新しい論文を溺れるように読みふけりたい。これがルカの本音だった。

 ソワソワしているのも本当だし、退屈なのも本当だ。

 それでも竜車に乗ってるよりはましですけど、とルカはそう締めくくって口を閉じた。


「本……ルカさんは、普段どんな本を読むんですか?」


 カレンが尋ねる。ルカは彼女に目を向けて、一瞬言い澱んでから「ルカ」と言った。


「えっ?」

「いや、僕だけ『カレン』って呼ぶのもアレなんで、僕のことも敬称とかつけずにルカと呼んでください」


 何となくつっけんどんな言い方になってしまったので、ルカは唇に、ほんの少し笑みを乗せた。こてん、と首を傾げていたカレンがぱちぱち瞬きして、それからこくりと頷いた。


「わ、わかりました。……えっと、ルカ」

「はい」

「わー、何か変な感じ……男の人を名前で呼び捨てにしたの初めてです……」


 そう呟いたカレンは、むず痒そうに自身の唇に手を触れている。そんなカレンの言葉を「そうですか」の一言でさらっと流して、ルカは首を傾げた。


「で、何でしたっけ? 僕が読む本の話でしたっけ」 

「あ、はい。やっぱり難しい本ですか、普段読んでるの」


 何をもって難しい本と定義するのかわかりませんが、とルカは指折り数えて記憶をたどりながら上を見る。


「直近で読んだのは、学校の図書館の本ですね。宗教から国の成り立ちを学ぶ本でした。その前は――ああ、最新論文集ですね。その中で精霊薬学に関するもの一通りと、あとは興味あった物だけさらっと。で、その前は、神話全集」


 難しい顔でルカの言葉を聞いていたカレンだったが、最後の神話全集という言葉に目をぱちくりさせた。


「神話全集って……あれですか、子供向けの」


 絵がいっぱいあるやつ、とカレンが言う。列が少し進んだので、ルカは歩きながら頷いた。


「そうですよ、ふとしたところから研究のアイデアって湧きますし……」

「わたし、あの本読んでみたいと思ってたんですよ。面白いですか?」


 カレンが目をキラキラさせる。


「まあ、面白いですよ。竜の聖女様と神竜様のお話なんか、ラストシーンの挿絵がすごい豪華で印象的でした。女性狙いでしょうね、ほら、女の人って『運命』とか好きでしょう?」

 

 竜の聖女様と神竜様、とカレンがオウム返しにする。あれ、と思ってルカは首を傾げた。


「知らないですか、内容」

「えっと……はい」


 珍しいですね、と言いながら、ルカは口を開く。


「ざっくりいえば、竜の聖女となった少女が運命の相手である神竜様と出会い、様々な苦難を乗り越えて、神竜様と同じく神となり、彼と同じ時を歩み、国を見守り続ける……と言う神話です」


 へぇ、とカレンが興味深そうに瞳を輝かせる。


「どうやって神様になったんですか? その竜の聖女様は」


 やっぱりこういう話って女性人気あるよなぁ、と思いながらルカはゆるく首を振った。


「それが、文献によってバラバラなんです。なので、いろいろ読んで自分の好きなものを選ぶといいですよ」

「どんなのがあるんですか?」

 

 読み聞かせを待つ幼子のような顔に、ルカはつい微笑んでしまいながら、左上に目線をやって、(そら)んじる。


「そうですね……ド王道なのは口付けで、これが一番多かったかな。後は、血を混ぜたとか、体ごと混ざり合って二つに分かれたとか。本当に多岐にわたるんですよね」


 へー、と夢見る乙女のような顔をするカレンに、ルカはクスクスと笑いを溢した。


「脚色多めで挿絵も多い小説が出ているはずですから、本屋で見てみるといいですよ」

 

 と、ルカは視線を感じて前を向く。すると、アルヴァとケネスが慌てて前を向いた。二人の肩が若干震えていて、ルカは冷えた声色で二人に声をかける。


「なーんですかねぇ、二人とも? 何笑ってんですか?」


 ルカが半目で二人の背中を睨む。 


「い、いや……こほん、何でもないとも」


 こういう時、直ぐに笑いを引っ込めるのが得意なアルヴァが、咳ばらいをして低い声で言った。ケネスはいまだに肩を震わせて明後日の方向に顔を向けていた。


「ルカ、もっと何か話をしてくれないか? 私たちも流石に気を紛らわせたくなってきた」


 アルヴァの言葉に、ルカはにべもなく首を振る。


「もうできる話、無いので。それより、あなたが何か話してくださいよ。トンデモ体験たくさんあるでしょう」


 ルカが、つん、と顎をあげて言えば、アルヴァは苦笑ののち、喉の調子を整えて「そうだなぁ」と空を見上げた。


「何がいいかな」

()()()()()()()()()()()がいいです」


 ルカが間髪入れずに言うと、ケネスがついに声をあげて笑い出した。


「あー、あの話か。いいな。俺も久々に聞きたい」


 ケネスの言葉に、アルヴァは兜の後ろを撫でて苦笑する。

 カレンは何が聞けるのか、と期待にほんのり頬を染めていた。


「じゃあ、ご要望に応えるかな……」


 ――あれは私が九つの時のことだ、とアルヴァはゆったり話し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ