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  目指すは聖都イグナール北門⑤

 白馬車が去っていく。

 それをじっと目で追いながら、ルカは不愉快そうに眉をひそめた。彼の脳裏に浮かぶのは、白馬車に乗っていた青年の、探していたものを見つけた時のような表情。

 輝くオニキスの瞳がどうにも引っかかって、ルカは小さく呟く。


「目が合った……なんだあの表情……?」


 そんなルカの言葉と重なるように、アルヴァが口を開いた。


「なあ、さっきの……代理人ではないんじゃないかな?」


 ルカは、向かいに座る姉に目を向ける。アルヴァは、車窓から覗き込むようにして、エレミア領紋のついた白馬車の背中を見つめていた。


「なんでそう思うんです」


 ルカがそう聞き返すと、アルヴァは腕を組んで席に腰かけた。


「んー、どこかで見たことがある気がするんだ。乗ってた人のこと」


 かたん、と竜車が動き出す。

 入都を待つ馬車の列に加わったのだろう、竜車は少し進むと再び止まった。

 静かな社内で、ルカはゆっくりアルヴァに尋ねる。 


「見たことあるって、どこでですか?」

「わからん。……んー、エレミア騎士団との合同訓練の時かな……あの時は領主様も見学に来てらしたし。なぁケネス、さっきの男性見たことないか?」 


 腕を組んだまま小首を傾げたアルヴァが、ケネスを見る。ケネスはというと、肩をすくめている。彼は足を組みかえながら口を開く。


「悪いな、俺は白い車体しか見えなかった」

「うーん……」


 思い出せなくてもやもやしているのか、アルヴァはしばらくウンウン唸っていたが、やがて諦めたらしい。彼女は、顔を窓のほうに向けて、外の景色を眺め始めたようだった。

 ルカも、先ほどの青年の不思議な視線のことは忘れ、遠い景色を眺め始めた。


 竜車はゆっくりゆっくり、牛のように進んでいく。

 時々、イグニアが後ろ足でよたよた歩きながら車の中をのぞき込んで、それに驚いたカレンが短く悲鳴を上げる以外は、静かだった。

 ルカは窓の向こう、ほんの少し下に目を向ける。彼の視線の先で、イグニアが、リズムをとるようなコミカルな動きで、窓のすぐ傍を歩いていた。

 ルカは、滑りの悪い車窓を開けた。


「んー?」


 その音に気が付いたイグニアは、不思議そうに小首を傾げている。可愛い妹分に、ルカは優しく声をかけた。


「ねえ、イグニア。車輪にしっぽとか足とか巻き込まれないように気を付けるんですよ」

「ん!」

 

 そのまま、ルカは窓から右手を垂らして、イグニアの頭を撫でる。グルグル喉を鳴らしているのが、手のひらを震わせる振動でわかる。


「ふふ。良かったな、イグニア」


 アルヴァの声に返事をして、イグニアは俄然楽しそうな様子でリズムよく竜車についてくる。

 周りの馬車を牽く馬は、訓練されているのか、属性竜の子供であるイグニアが歩いていても、そこまで動揺した様子を見せてはいない。窓から身を乗り出してすぐ後ろの馬車を確認したルカだったが、その車体を牽く馬も、ほんの少しだけそわそわしてはいるものの、いななきをあげたりはしていなかった。


 ルカは、イグニアを撫でるのをやめても、しばらく、窓からだらしなく腕を垂らしていた。そうしながらルカが濃琥珀で見つめるのは、自分の隣。

 ルカの隣に座るカレンは、またスヤスヤと夢の国へ旅立っていた。


 よくもまあそんなに眠れるよな、と素直に感心しながらカレンの閉じた目を見つめる。と同時に、ルカは気絶同然でなければ乗り物で眠れない自分の乗り物嫌いを恨んだ。どんなに暇でも眠れない。

 じっと見ていると何となく眠いような気持ちになるくらい、カレンは気持ち良さそうに眠っている。


 と、カレンを観察していたルカは、向かい側から視線を感じて、そちらに目を向けた。向けた先で、アルヴァがケネスに身を寄せて、何やら耳打ちをしている。ルカは、猫のように大きな目を、静かに眇めて二人を見た。

 ケネスがニマニマ笑っている。

 おそらく、アルヴァも微笑ましそうな笑みを顔に乗せているに違いない。ルカは、姉の脛を軽く蹴って窓の外に目を向けた。

 

 

 ――しばらく風景を眺めていたルカは、ふと進行方向を見てアルヴァに声をかけた。


「姉上、もうすぐですから準備を」

「ん、もうか」

 

 思ったより早いな、とアルヴァがウエストバックを漁る。

 丁寧に取り出された茶封筒から、質の良い紙が一枚出てきたところで、ルカは口を挟んだ。


「身分証も」

「そうだったな」

 

 入都許可証と傭兵証を取り出したアルヴァは、丈夫な茶封筒をウエストバックに戻す。と、その様子を腕を組みながら見つめていたケネスが口を開いた。


「――お前の名前は?」


 口元にほんのりと笑みを浮かべたケネスは、赤紫の瞳でアルヴァを見ている。当のアルヴァは、キョトンとした様子でケネスの方に顔を向けた。


「名前? アルヴァ・エクエス――」


 ばっちり自分の名前を名乗って、それからアルヴァはハッとした様子を見せた。


「――じゃなかったな。んん……アル・キャンベルだ」


 アルヴァの低音の声にどうしても笑ってしまうルカは、フェロウズ東街でそうしたように、小さく口の端をあげた。と、そんなルカの前で、会話は続く。

 気をつけろよな、とケネスが笑みながら口を開く。


「お前、時々肝心なところで抜けてるからな」

「うん、気を付ける。ありがとうな、ケネス」

 

 ケネスが、どういたしまして、と笑みを深くした後で、馭者台の小窓が開いた。


「次だからよ、用意しておいてくれよ」


 馭者の声に低い声で返事をして、アルヴァはほんの少しだけ居住まいを正した。

 がたんがたん、と竜車が揺れて、窓の向こうは風景から石積みの壁に変わった。


 しばらくゆっくり進んで、竜車は止まる。


 ちょうど窓の向こうに、監視台があった。

 その横に掲げられているのは、『剣を(いだ)く竜』――聖都騎士団の紋章だった。


 それにひとまずホッと息を吐いて、ルカは担当の騎士が来る前に手早く白衣を脱ぐと、眠るカレンにそれをかける。


 ――これから来る騎士が、カレンを知らないとも限らないし。


 そんなふうに考えながら、ルカはカレンを見る。丁度いいことに、彼女は反対側の窓の方へ顔を向けて眠っている。彼女の身に着ける鎧は、白衣の下にすっかり隠れている。

 これなら――とルカはカレンから目を逸らす。


 何かの拍子で着ている星花騎士団の鎧が見えてしまわなければ――都の中で、もしもルカたちの偽造証明書の使用(していること)がバレてしまっても、彼女だけは言い逃れができるかもしれないだろう。

 カレンは、ルカが考えていることなど気づきもせずに、クウクウ眠っている。


 ――一行がほんの少し緊張しながら窓の外を見つめていると、北門の入都管理担当の騎士と思しき男が面倒そうにやってきた。


「えー、書類をこちらへ」


 その言葉に従って、アルヴァが入都許可証と傭兵証を取り出した。

 男はざっと書類に目を通し、顔をあげた。


「ふむ……貴公の名と、入都目的を」

「……アル・キャンベル。入都目的は、騎士団への入団試験を受けること、だ」


 ほう、と言いたそうに男が片眉をあげた。その目はすぐに書類へと戻る。

 何事かをサラサラと手持ちの書類にメモした男は、入都許可証に判を押すとルカたちの方へ目を戻した。


「同乗している者らも同じか?」

「ああ。パーティのメンバーだ」


 車内をのぞき込んで、男はうんうん頷く。

 それから男は、書類に目を落としてから車体の横に行儀よく座るイグニアに目を向けた。


「えーそれから……そこの仔竜は?」


 ああ、とアルヴァが一瞬の間を置いて答えた。


「……道中、迷子になっていたのを見つけたので、こちらへ。騎竜部隊で有名なので、何とかなるだろうと、立ち寄った村の騎士に言われて」


 母親であり元星花騎士長であるハンナに勧められた言い訳なので、丸ごと嘘ではない。

 丸ごと嘘ではないからか、それともアルヴァの受け答えが嘘と思えないほど堂々としたものだからかはわからないが、男は「ふーん」という顔で頷いて、紙にメモを行った。


「ふむふむ……良し、聖都への入都を許可する。入都許可証と……あと竜の扱いについて、一応貴公の従獣ということで仮の許可証を発行した。後こちらは、聖都騎士団の騎竜隊長――レベッカ様への紹介状だ。これを城の受付で見せると良い」


 男は諸々(もろもろ)の書類をアルヴァに渡すと、笑みを浮かべた。


「ようこそ聖都へ。すまないな、時間を取らせてしまって。入団試験、頑張るといい」


 呆気なく終わった入都手続きにほんの少し驚きながら、ルカは監視台が十分すぎてから肩の力を抜いた。


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