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  王室魔導士長、ウィル・バークレー⑩

 灰になった手配書が風に攫われ空に散っていく。

 それを眺めるルカの横で、へたり、と尻餅をついたカレンに、レベッカがすっと手を差し伸べている。


「すまない、驚かせてしまったね」

「――ふぇっ!? あ、あの、いえっ! だ、大丈夫です!」


 そう言いながら、カレンはレベッカの手を恐る恐るといった風に取って、立ち上がった。しかしすぐに腰が抜けそうになっていて危なっかしいったらない。


「……なんで雷がいきなり……?」


 カレンがガクガク震えながら呟く。それに答えたのは、その呟きを唯一聞き取ったルカだった。


「トニトゥルスが雷竜だからですよ」


 名前を呼ばれたトニトゥルスがチラリとルカたちを目に移して、それから興味無さそうに薄金の目を逸す。相変わらずトニトゥルスにじゃれついているイグニアは、雷竜の長い尻尾で軽くあしらわれていた。


「ら、雷……竜……?」


 びくびくしながらトニトゥルスを見上げて、カレンが言う。ルカはコクリと頷いた。


「ええ。黒い体色に、スラリとした体。黄色の角と(たてがみ)。雷竜の特徴ですよ」


 言いながら、ルカはトニトゥルスの頭から尻尾まで目で落としていく。


 頭に戴くのは、耳の後ろのあたりから末広がりに伸びる一対の角と、額からまっすぐ上に生える一対の角の計四本。

 馬のような(たてがみ)は、稲光の金色。

 スラリとした体を覆うのは、雷竜でもここまで見事なのは珍しいほどの、立ち込めた雷雲よりも暗い漆黒の鱗。


 トニトゥルスはまごうことなき雷竜である、とルカは、うん、と頷く。


「――で、なんでいきなり雷がって質問の答えですけど」


 ルカはトニトゥルスの薄い金の瞳を見ながら口を開いた。


「火竜は、火の支配者であることは前に言いましたね?」


 また講義めいてきたルカの声に、カレンは、トニトゥルスの一挙手一投足にびくびくしながら頷いている。


「落ち着いて考えてみてください。そこから導き出せませんか?」

「え、えっと……えっと……あ。『火』竜、『雷』竜、そっか、竜の前につく属性が、その竜が支配できる属性――ですね?」

「その通りです」


 ルカは満足そうに微笑みながら頷いた。

 と、カレンを立ち上がらせてから、しばらく空を見上げていたレベッカがアルヴァを見る。


「――とにもかくにも、だ」


 その真剣な声に、トニトゥルスがレベッカを見る。イグニアもじゃれつくのを止めていた。


「アレコレとここで考えていても時間を浪費するだけだ」


 レベッカの言葉にアルヴァは頷く。そんなアルヴァを見ながら、レベッカは静かに言葉を続けた。


「フェロウズ東街には、手配書が貼りだされている。もう街の人間のほとんどが手配書を確認しただろう」


 そこでいったん区切って、レベッカはクッと唇を引き締めてから、口を開く。


「しかし、君たちは城に行かねばならない。手紙にそうあっただろう?」

「うん。――やっぱり、あなたは手紙の内容を知っていたんだな」


 アルヴァの言葉にレベッカはクスリと小さく笑みを浮かべた。


「まあ、これでも女王陛下のお傍に仕えさせていただく身だ。それくらいはね。――で、だ。城へ行くにはどうしたってフェロウズ東街(そこ)を通らないといけないだろう。何しろフェロウズ東街は山峡(やまかい)の街だ」

「うん、そうだな。あそこの山を歩いていくとなると、この装備ではだめだ。時間もかかりすぎる」


 レベッカは優雅に、マントをはためかせて歩く。

 トニトゥルスの脚を優しく撫でて、その前足の間に挟まれている皮の袋を掴み、彼女はそれをアルヴァへ投げた。

 危なげなく受け取って、アルヴァはレベッカに首を傾げる。


「これは?」

「君はいつも軽装だからな。多分(ヘルム)はしてこないだろうと思って、用意しておいたんだ」


 礼を言って革袋を開けたアルヴァが鼻をひくつかせて、苦笑した。


「年季が入ってるな」

「そうだろうとも、それはフェロウズの街にいた傭兵から買い取ったものだからね」


 それでも匂い消しにハーブを詰めたよ、とレベッカが笑う。ルカはアルヴァの手元を覗き見た。


 彼女の手の中には、ごくごく一般的な皮の(ヘルム)があった。金属製のそれと同様に完全に顔を覆う形の(ヘルム)は使い込まれた証として、元の色がわからないくらい深い茶色に染まっていた。


「ほら、(ヘルム)だけ新品では、いささか目立つだろう」

「確かにそうだな。何から何まで……本当にありがとう、レベッカ」

「礼には及ばないよ。においがきつかったら鼻にハーブを詰めておくといい」


 ハーブの小袋も入ってるからね、とレベッカはそこまで言って、表情を引き締めた。


「君たちが『ナナカマドの庭』に――城に着いたらまた手を貸せるだろうが……今、私にできるのは、とりあえずここまでだ」


 すまない、とレベッカが頭を下げる。そんな彼女に、アルヴァはユルユルと首を横に振った。


「十分助かったよ。それじゃあ――私たちは行くよ」


 皮の(ヘルム)に詰まっていたハーブを抜いて、頭に被って留め具で固定しながら、アルヴァが言う。


 整った中性的な顔も、赤みの強い鮮やかな髪も、金にも輝くその琥珀(アンバー)の瞳も――アルヴァ・エクエスという人間を象徴するすべてを皮の(ヘルム)の中に隠して佇む彼女は、今やただの傭兵にしか見えなかった。


「レベッカ、また城で会おう」


 ――それでも、声を出すとただの傭兵にはない、騎士独特の雰囲気が見え隠れする。


 アルヴァの言葉に、レベッカがゆっくり頷いた。


「――アルヴァ」


 風が吹いて、レベッカの髪を揺らす。アルヴァの横に戻ってきて座ったイグニアを、しばらく見つめていたトニトゥルスが、顔をあげてアルヴァを見た。


 レベッカとトニトゥルスの、あつらえたような揃いの薄い金の目がアルヴァを映している。

 彼女の唇がゆっくり動く。

 さぁぁっ――と春に染まり始めた空気の甘い匂いを乗せて、風が吹く。

  

「……――アングレカムの()の導きのあらんことを」


 (ヘルム)を被ったアルヴァの表情は見えないが、もともとスッと伸びていた背筋が、更に伸びたようだった。


 ルカの隣のカレンは目を見開いていて、その隣に立つケネスはほんの少し驚いた顔をしている。

 ルカももちろん驚いている。

 

 ――アングレカムの香の導きのあらんことを。


 この言葉を使うのは、騎士の中でも星花騎士団だけ。

 星花騎士団専用の激励の言葉だ。

 同志と認めたものにのみ使われるそれが、他の騎士団の一員に贈られたことなど、余程の大事を除けば無い。

 

 ルカですら知っているそれを、知らないアルヴァではない。

 彼女は重く頷いた。レベッカも頷き返す。

 しばらく見つめ合っていた二人だが、先に動いたのはレベッカだった。レベッカは小さく息を吐いて、唇を割る。


「――さて、それでは私は城でもろもろの用意をしなければならない。だから、先に空路で城に戻らせてもらうよ」


 その言葉と同時に、トニトゥルスが地に伏せる。

 レベッカが鞍も手綱もつけていないトニトゥルスの首元に身軽に飛び乗って腰を据えると、トニトゥルスは静かに立ち上がっる。そして、他者を威圧する黒竜はその大きな翼を開いた。


 アルヴァは静かにレベッカとトニトゥルスを見上げている。


「じゃあ、また城で」

「ああ。レベッカも、どうか気を付けて」


 ありがとう、という言葉と同時に、トニトゥルスは地面を強く蹴って空へと舞いあがった。

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