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  王室魔導士長、ウィル・バークレー⑨

 ルカたちは、銀の甲冑の女騎士の歩みにあわせて歩く。


 銀騎士の向こうの白い人影と家よりも大きい黒い影は待ち構えるように動かない。

 一歩一歩近づくにつれて輪郭がはっきりしてきた(それ)は、家でも小山でもなく、れっきとした生き物だ。それ(・・)が何なのか、カレンも気が付いたらしい。そんな彼女に、タックルと言っていい勢いで背中に飛びつかれたものだから、ルカは盛大に咽てしまった。

 なんとか息を整えて、ルカは静かに前方を見つめる。


 ルカの瞳に映るのは、黒竜。長い首を下げこうべを垂れて、目を閉じている黒竜だ。

 その黒い巨体の隣、怯えひとつ見せずに静かに佇む人影は、ルカたちに背を向けていた。 


 サァァッと草原に春の風が抜ける。


 白地に金の糸で『祈る乙女と星型の蘭アングレカム』が刺繍されたマントが、裏地の青を覗かせながらはためいている。

 と、その白い人影は、柔らかな金髪を空に遊ばせながら、春風に呼ばれるように、ルカたちを振り返った。

 

 騎士団の白い制服を金の飾緒(かざりお)肩章(エポーレット)が彩っている。

 黒いブーツは、長い脚を膝の少し下あたりまで包んで、その長さを強調しているようだ。

 金のまつ毛に縁どられた細いたれ目の奥、薄い金の眼がついっと動き、その中にアルヴァを収める。

 

 彼女の顔がはっきり見える距離まで近づいた時、銀の甲冑の騎士は足を止めた。


「レベッカ団長、アルヴァ殿をお連れしました」

「――ありがとう」


 落ち着いた声でそう言葉を返し、彼女はゆっくり動き出す。

 銀の騎士は一礼して、きた道を戻っていく。この場にいるのは、ルカたちと、黒竜と、それから白い制服の女性だけ。

 ルカは、目の前の女性を見つめながら、肩から力を抜いた。


 ――ああ、この人が率いる隊だったのか。


 ルカはホッと息を吐きながら、自分の背後に意識をやる。そこでルカの白衣にしがみついているカレンは、先程にもましてワナワナと震えている。

 と、そんなルカたちの前で、レベッカ団長と呼ばれた女性はにこやかに手をあげた。

 カレンがビクリと姿勢を正し――。


「やぁ、アルヴァ。久しいね、変わりはないか?」

「ああ! レベッカも元気そうで何よりだ」

 

 ――ガクリ、と転びそうになってルカの背中に頭突きする。


「いてっ……どうしたんですか、もう」


 ルカは眉を寄せてカレンを睨む。それを睨み返すカレンは、今にも叫びそうに震える唇を、小さく開く。


「ど、どうしたもこうしたも……! あのお方は、星花騎士団の現騎士団長――レベッカ・ロードナイト様ですよっ!? なんでアルヴァさんはあんなにフランクにっ……!?」


 近くで聞いたルカが思わず眉を寄せるくらいの声量で、カレンが言う。本人は声を落としたつもりなのだろうが、全く意味をなしていなかった。

 と、カレンの声に、騒ぎが起きたと思ったのだろうか。黒竜が閉じていた目を開けたのだ。


 ぎょろり、と金の目が動いてカレンを映す。ぐるぐる、と雷をはらんだ雲が唸るような音を出して、黒竜が首をもたげてルカの方――つまりは、カレンに顔を寄せてくる。


「ひぁっ!」


 カレンが息を引きつらせながら仰け反る。

 そのまま金縛りにあったように後ろに倒れそうになる彼女を、ルカは細い腕でなんとか受け止める。


 カレンの短い悲鳴に気が付いたらしい女性――レベッカ・ロードナイトは、アルヴァから目を動かして、ルカのほうを見た。


「――ああ、すまないね。トニトゥルス、その子は……カレンは竜が苦手だ。やめてあげなさい」


 黒竜――トニトゥルスは、ふーっと鼻から息を吐きだしてカレンから顔を離してその長い首をスッと伸ばした。当のカレンはと言えば、ルカの腕に縋りつきながら「な、名前を覚えていただけるなんて……!」と泣きそうになっている。感動で泣きそうなのか、それともトニトゥルスへの恐怖で泣きそうなのか、ルカには判断がつかなかった。


 ざぁ、と再び風が吹き抜けた。


 レベッカが煽られる髪を押さえながら口を開く。


「本当はもう少し、世間話をしたいところなのだが……」


 ふいに、レベッカの周囲だけ風が止まった。

 見れば、トニトゥルスがその大きな翼でレベッカへの風を遮っている。レベッカはトニトゥルスを見上げて甘い声で「ありがとう」と言ってから、胸ポケットから折られた紙を取り出した。


「……そうもいかなくなってしまってな」


 レベッカの静かな声とともに、ぱさり、と紙が広がった。

 その薄茶の紙には、アルヴァ・エクエスの名前と、彼女の似顔絵が描かれているようだ。


 ――これって、もしかして……。


 紙を凝視しながらルカが呟く。


「レベッカさん、それ、指名手配書……ですか?」


 レベッカはルカを見て、ゆっくり頷いた。

 アルヴァは興味深そうに前のめりになってそれを見つめてから、ふむ、と首を傾げる。

 その口から一番に出てきた言葉は――。


「……えぇ、これ、私か? 私、こんなにカッコよくないが……」

 

 まじまじ見つめて最初に言ったのがその言葉だったので、ルカはクワッと目をかっぴらいて、おまけに口も大きく開く。その口から出て来たのは、アルヴァを怒鳴りつける声だ。


「そっ……こじゃないでしょうが! 姉上って時々そういうこと言いますよね、状況分かってます!?」  


 その後ろでケネスが苦笑を溢す。


「わかっているが……でも、これなら見つからない気がするなぁ」


 んー、と首を傾げるアルヴァに、苦笑を納めずにケネスが突っ込んだ。


「いやそっくりだからな、アルヴァ」


 ううーん、と唸り続けるアルヴァの横で、イグニアがそわそわと足踏みをしながら彼女を見上げていた。


「んー」


 こらえきれない、というような声色で鳴いたイグニアに、アルヴァは首を傾げて顎を擦りながら目を向ける。


「ん? ……ああ、行っておいで、イグニア。トニトゥルス、少しかまってあげてくれるか?」


 待ってました、とばかりに勢いよくトニトゥルスに体当たりしたイグニアと、それをいなすトニトゥルスをしばらく眺めて、アルヴァが「――それで」と口を開いた。


「レベッカ、あなたがここでこれを持って待っていた、ということは……」


 アルヴァの真剣な声に、ああ、とレベッカが重く頷く。


「この先の街……フェロウズ東街は、このビラがびっしりだ。壁という壁に貼り出されている」


 まじかよ、とルカは息を飲む。

 レベッカは続ける。


「フェロウズ東街だけじゃないんだ。どうも、魔導士たちが街という街に貼って回っているようでね。……君、魔導士団長のウィル・バークレーと何かあったか?」

「いや。私も本当に不思議なんだ。ここまでされるような心当りが、全く無い」

「彼の愛人の心を奪ったとか」

「おいおいレベッカ、ルカみたいなこと言わないでくれ」


 アルヴァは肩をすくめるが、レベッカは真面目な顔で首を振る。


「いや、本気で言ってるんだ、私は。アレはどうにも好色な男らしくてね。そこの、カレンの着ている鎧があるだろう」


 視線が集まったカレンが顔を染める。


「あれは彼がデザインしたものだそうだ」

「ほぉ……」


 難しい顔でアルヴァが頷く。

 いかに精霊魔術で付与がされていようが、がら空きの急所をさらしながら戦うなど、彼女からしたら考えられないことだろう。

 

 それを下のものに、わざわざデザインして渡すのか。


 そんなふう思っているんだろうな、とルカは姉が静かに眉を寄せているのを見て、推測する。


「バークレー魔導士長は、予算を使って女性を侍らせている、というのは城では有名でね。そのうちの誰かがアルヴァに惹かれているのでは、と」

「いや……もしそうだとして、たかがそれだけで指名手配されるというのは少し考えにくいんだが」

「執着心の塊のような男だ、ありうるかもしれない。――まぁ、それだけってことでもないんだが、ね」

「他にも、その魔道士長には疑惑があるのか?」


 アルヴァの質問に、レベッカは手の中の指名手配所をびりびりと小さく破りながら、ため息を吐いた。


「――バークレー(あいつ)が主導で、精霊魔術師団を城から追い出し始めたころから、色々がおかしくなり始めたんだ。あの頃からだ、陛下の様子が変わったのは」


 不甲斐なさを飲み込むような顔で、レベッカはアルヴァを見た。


「――……どうも、最近の魔導士たちは前にも増してきな臭くてね。頻繁に手紙を送るようになったんだ、城からマキナヴァイス帝国にね」


「マキナヴァイス帝国へ?」


 アルヴァが固い声で言う。レベッカは無言で頷いた。

 ルカは思わず声をあげる。


「まさか、彼らはスパイですか?」

「無きにしも非ず、と言ったところだ。私が勝手にそう感じているだけかもしれないから、何とも言えないよ、ルカ」


 レベッカは、再びため息を吐いて紙片を風に舞わせた。


「トニトゥルス」


 名を呼ばれるだけで、何をしてほしいのか察したらしいトニトゥルスが小さく吠える。

 と、次の瞬間。

 空に散らばった指名手配書は、稲妻に撃ち抜かれて灰になった。

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