王室魔導士長、ウィル・バークレー⑧
火竜の子が飛び立った後。
すぐに出発したルカたちは、今は街道を歩いていた。
何を仕掛けてくるともわからない王室魔導士たちを、エヴァンたちは村に引き留めてくれている。彼らが作ってくれた時間を無駄にするわけにはいかない。
しばらく黙々と歩いていた一行だったが、シャンセルの街の近くまで来たとき、先頭を歩くケネスの足がゆっくりと止まった。
「どうした、ケネス」
殿のアルヴァが声をかける。
しばらく前方を注視していたケネスは、小さく振り返ると彼女を手招きで呼んだ。
アルヴァは不思議そうな顔をしながら、ルカたちの横を抜けてケネスの隣へと立った。彼女についていったイグニアが、何やら機嫌良さそうに、ゆるりと尻尾を振っている。
と、目の上に手をかざし、前をじっと見つめていたアルヴァが小さく口を開いた。
「――あれは……」
ルカとカレンは顔を見合わせてから、前の二人に駆け寄る。
アルヴァとケネスが立っているのは、小さな丘の上。
二人とも、緩い傾斜のその向こうを見つめている。ルカも二人にならって目を凝らす。
――ゆるい丘を下ったその先には、たくさんの旗が風に煽られてはためいていた。
「なっ……!」
「ど、どうしたんですか」
絶句したルカの背中に、カレンが声をかける。
「どうしたもこうしたも……あれ、どこの旗ですか」
ルカは振り返ることも出来ず、はためいているせいで旗印の見えない旗と、そのそばでうごめく数十人の銀の甲冑を着た人間をじっと見る。何とかその人々の正体を見定めようとするのだが、吹き抜ける風が旗で遊ぶのをやめないせいで、どうにも上手くいかなくて、ルカはもどかしさに舌打ちをする。
柳眉を寄せるルカは、『アレがどこに所属する隊なのか』を特定するのは諦めたが、それでも、銀の甲冑たちの動きを注視するのはやめなかった。
彼らは街道を遮るように立ちはだかっていて、シャンセルの街の方からやってきた荷馬車を止めている。と、銀の鎧の騎士たちは何やら馭者を囲み始めた。
その流れで幌の中を覗き、しばらくすると彼らは美しく一礼して、馬車に道を開ける。
ルカは眉間の皺を深くする。
これは、とルカの脳裏に浮かんだ言葉は、彼の代わりにカレンが呟いてくれた。
「……け、検問……? でも、場所が違う……」
ルカの後ろから顔を出したカレンの口から漏れるのは、困惑の色の言葉である。
と、ルカの横でケネスが口を開いた。
「アルヴァ、アレさ、そうだろ?」
ケネスが丘の下を眺めながら、目だけ動かしてアルヴァを見る。
ルカも姉の方を見る。イグニアが尻尾を右に左にゆっくりと動かしながら、遊び盛りの犬のように前脚で足踏みしている横、アルヴァは金琥珀をぐっと細め、銀の騎士たちを見ている。
「――んん、ちょっと待て……ああ、うん。そうだな、ケネス」
その中に何かを見つけたのか、アルヴァは、ふぅ、と息を吐いてから傾斜を駆け下り始めた。
「えっ!? ちょ、姉上!?」
アレ確実にあなたを捕まえるための検問でしょうが! と叫びたいのを抑えて、ルカは、姉を追った。
駆けていくアルヴァを見送るケネスは、嫌に普段通りの顔。こういう時に一番に動いてアルヴァを止めるはずの彼が動かないことに違和感を覚えながらも、ルカは、どんどん引き離される姉の背中を追いかける。
あっという間に丘を駆け下りたアルヴァは、ルカが追いつく暇もなく銀の騎士たちのもとへと走っていく。
勢いが付きすぎて転びそうになりながら、ルカはただただ足を動かして姉を追う。
どうか姉上が見つかりませんように、と強く念じながらルカは息を切らす。――しかし、その努力もむなしく、アルヴァの足音に気づいた銀の騎士が彼女を振り返った。
アルヴァは走る速度を落として、やがてゆっくり歩き始めた。
やっと縮まった距離に、ルカは切れる息も気に留めずに速度をあげる。
――銀の騎士が、アルヴァのほうへ歩いてくる。
『祈る乙女と星型の蘭』の刺繍が施された旗を背に、銀騎士が迎えるように足を止める。
アルヴァは銀騎士に臆するそぶりすら見せずに、その眼前で立ち止まる。
やっと追いつくことができたルカの前で銀騎士が兜をとった。
薄い茶髪が空を舞う。
「――アルヴァ・エクエス殿。レベッカ団長がお待ちです」
こちらへ、と連行しに来たにしては恭しさを感じさせる動作で銀甲冑の女騎士は、アルヴァを手で促している。逆らうことなく頷いた姉が、身を翻した女騎士についていく。
「姉上っ!?」
ルカの声に振り返ったアルヴァは、小さく微笑んで、旗を指差した。
旗に描かれるのは『祈る乙女と星型の蘭』――星花騎士団の紋章。
先程はあまりにも慌てていたために気が付きもしなかったが、ここにいる騎士の鎧全てに同じ紋章が刻まれている。
つまり、とルカはゆっくりと辺りを見回しながら歩く。
「……全員星花騎士団の団員……?」
ルカが落ち着いたことを確認して、アルヴァは再び前を向く。その横にイグニアが降り立って、楽しそうに尻尾をゆらゆら揺らしながら歩き始めた。
ルカも辺りを見回しながら歩き出す。
揃いの鎧を身につけた銀騎士たちは、よくよく見れば全員女性だった。
揃いの鎧、といってもカレンが着ているような露出の激しいものではなく、守るべきところを守っているプレートアーマーだ。
落ち着いて周囲を確認すれば、鎧も、佇まいも、ルカの記憶にある星花騎士団の様相そのものだった。
「せ、星花騎士団の方々がなんで検問なんか……」
後ろから聞こえた声にちらりと振り向くと、そこにはケネスとカレン。
平常通りの様子のケネスと違い、カレンは、恐らく転んだのだろう、腹や足に土汚れを付けていた。
ルカはケネスに目を向ける。
「気付いてたのなら教えてくれてもいいじゃないですか」
飄々とした様子のケネスが答える。
「言う前に駆け出したからな、お前」
――まあ、そうだけど。
そんな風に心の中でボヤくルカは、やがて見えてきたものに、歩調は緩めず、しかし、目を瞠る。
姉と銀騎士の背中の向こう。
見えてきたのは、白い人影と――家よりも大きい黒い影だった。